口演童話「涙」
涙「親父」
大学生の時、親父が亡くなった。お袋も周りの人もは泣いていて、ぼくは俯瞰してその時の様子を見ていただけで泣いてはいなかった。死に目にもあっていないし、親不孝の息子だったのだろう。帰りお袋がずっと名残惜しそうに、ぼくを見送ってくれていた。それがすごく印象になって残っている。
祖父や祖母がなくなったときも泣かなかった。親が死んでも泣かないんだから、ぼくの心は氷のように冷たいのかもしれない。悲しくはなかったけれど淋しかった。涙の出ない淋しさだ。
親父が死んで1ヶ月目のこと、夢に親父が出てきた。どうも川が渡れないらしい。ひょいと親父を背負って渡った。俗に言う三途の川だったのかもしれない。あまりの親父の軽さにびっくりして泣けてきた。
枕がびしょ濡れになって、その冷たさで目が冷めた。自分にも涙があったんだと思うと、少し嬉しくもあり、その時初めて孝行をしシたような気がした。
涙「万年筆」
家が商売をしていて、たまに手伝いをしていると、ひょっとすると継いでもいいかなと思うこともあった。でも中学高校と学年が上がるごとに、その思いは薄れていった。親父から何もかも奪って大学入ったような気がしていた。
親父が死んで形見が残った。よく請求書とかを書いていた万年筆。大事に使っていれば、天国で喜んでくれるような気がした。引き出しにしまっているより、いつも身につけていた。
ある時友人に、「万年筆を貸してほしい」と言われた。ちょっとぐらいならいいかなと思って貸したら、万年筆なんか使ったことないのか、目の前で壊されてしまった。形見だと知って何度も謝られたが、もう後の祭りだ。
幸いにもぼくは、ものに固執する質ではなかった。いつか壊れるものだと、日頃から覚悟はできていた。少し淋しい気がしたが、涙も出なかったし、買い換えようとも思わなかった。寿命が来たぐらいにしか思わなかった。
むしろ万年筆も死んで、天国の親父のもとに返ってよかった。親父の仕事は継がなかったが、「役立つ仕事につけ」と請求書を書かれているようで、人に喜ばれる仕事についた。万年筆は壊れて初めてぼくの役に立った。
涙「私」
いつも理性が邪魔をして、悲しい映画を見ても感動的なものを見て泣かなかった。それがどうだろう、あることを境にして一変した。私は脳出血で倒れ、退院して家に帰ったときのこと、何気に見ていたドラマに嗚咽した。
こんなことで泣くなんて、と自分でもびっくりした。理性がどこかへ吹っ飛んで、涙腺の崩壊が始まった。歌を聞いてもだめ、ニュースを聞いてもだめ、もちろん映画やドラマも。嬉し涙もあったし、感動を伝えようとした涙も。
初恋なんてとうの昔に終えているのに、二度目の初恋に涙して、不思議な世界迷い込む。胸が痛くて死ぬかと思ったほどだ。抑えきれない感情がいくつもの涙になった。涙は、まるで汗のように流れてくる。
後遺症で体を自由に動かせない。もう元気に働けなくなったので、心が一生懸命働くようになったのかもしれない。人間の体は90%水だというが、私の体はほぼ涙でできているのかもしれない。
参考:涙「親父」 涙「万年筆」 涙「私」
口演童話
涙「親父」
大学生の時、親父が亡くなった。お袋も周りの人もは泣いていて、ぼくは俯瞰してその時の様子を見ていただけで泣いてはいなかった。死に目にもあっていないし、親不孝の息子だったのだろう。帰りお袋がずっと名残惜しそうに、ぼくを見送ってくれていた。それがすごく印象になって残っている。
祖父や祖母がなくなったときも泣かなかった。親が死んでも泣かないんだから、ぼくの心は氷のように冷たいのかもしれない。悲しくはなかったけれど淋しかった。涙の出ない淋しさだ。
親父が死んで1ヶ月目のこと、夢に親父が出てきた。どうも川が渡れないらしい。ひょいと親父を背負って渡った。俗に言う三途の川だったのかもしれない。あまりの親父の軽さにびっくりして泣けてきた。
枕がびしょ濡れになって、その冷たさで目が冷めた。自分にも涙があったんだと思うと、少し嬉しくもあり、その時初めて孝行をしシたような気がした。
涙「万年筆」
家が商売をしていて、たまに手伝いをしていると、ひょっとすると継いでもいいかなと思うこともあった。でも中学高校と学年が上がるごとに、その思いは薄れていった。親父から何もかも奪って大学入ったような気がしていた。
親父が死んで形見が残った。よく請求書とかを書いていた万年筆。大事に使っていれば、天国で喜んでくれるような気がした。引き出しにしまっているより、いつも身につけていた。
ある時友人に、「万年筆を貸してほしい」と言われた。ちょっとぐらいならいいかなと思って貸したら、万年筆なんか使ったことないのか、目の前で壊されてしまった。形見だと知って何度も謝られたが、もう後の祭りだ。
幸いにもぼくは、ものに固執する質ではなかった。いつか壊れるものだと、日頃から覚悟はできていた。少し淋しい気がしたが、涙も出なかったし、買い換えようとも思わなかった。寿命が来たぐらいにしか思わなかった。
むしろ万年筆も死んで、天国の親父のもとに返ってよかった。親父の仕事は継がなかったが、「役立つ仕事につけ」と請求書を書かれているようで、人に喜ばれる仕事についた。万年筆は壊れて初めてぼくの役に立った。
涙「私」
いつも理性が邪魔をして、悲しい映画を見ても感動的なものを見て泣かなかった。それがどうだろう、あることを境にして一変した。私は脳出血で倒れ、退院して家に帰ったときのこと、何気に見ていたドラマに嗚咽した。
こんなことで泣くなんて、と自分でもびっくりした。理性がどこかへ吹っ飛んで、涙腺の崩壊が始まった。歌を聞いてもだめ、ニュースを聞いてもだめ、もちろん映画やドラマも。嬉し涙もあったし、感動を伝えようとした涙も。
初恋なんてとうの昔に終えているのに、二度目の初恋に涙して、不思議な世界迷い込む。胸が痛くて死ぬかと思ったほどだ。抑えきれない感情がいくつもの涙になった。涙は、まるで汗のように流れてくる。
後遺症で体を自由に動かせない。もう元気に働けなくなったので、心が一生懸命働くようになったのかもしれない。人間の体は90%水だというが、私の体はほぼ涙でできているのかもしれない。
参考:涙「親父」 涙「万年筆」 涙「私」
口演童話