落語「お店のお店」
だれでも子どものころ、あれになりたいこれになりたいという夢があるものです。
アンケートをとると、男の子なら、野球やサッカーの選手が多い。ジェット機のパイロットというのもある。もっと高く飛びたい子は、宇宙飛行士。最近では、大工さんも多い。
女の子にも、大工さんになって家を建てたいという子がいます。でも、看護師さん、幼稚園や保育所の先生。また、おいしいケーキが作りたくて、ケーキ屋さん。パンが大好きで、パン屋さん。花が好きで、花屋さん。というように、お店を持ってみたい子が多いようです。
噺家の中にも、お店を持って、それに力を入れてばかりで、本職の落語のほうが、素人になった者もおります。その素人落語が受けたりするものですから、世の中わかりません。
落語というと、若い人はとっつきにくいかもしれませんが、バーチャルリアリティートークとかいうと、また新しい響きがするものです。話す言葉と所作によって、まるでそこに、もうひとつの世界ができるというものです。
バーチャルリアリティートークであるこの落語は、難しいところはひとつもありません。お客様はただ聞いているだけですから、あほの方でもいいわけでして。ちょっと難しいところがあるとすれば、聞いてそれを想像するということです。自分に想像力があるかどうかというのは、落語を聞けばわかります。落語を聞いて、何も浮かんでこない方は、根っからのあほということになります。
(道を歩いている)
「新作落語を創るにしても、何もネタがないのでは創れない。こうして、街に出てきて、あちこち見てまわるというのも、ネタ集めのひとつで。ひさしぶり出てきたが、えー、様子が随分変わったねえ。おお、五〇パーセント・オフ。半額ってことか。バーゲンなんかもいいねえ。それをネタにするのもおもしろいかもしれん。ちょっとのぞいていくか。やってる、やってる。戦争のように商品を奪い合うなんて、全く平和な証拠だ。さてと、おや、こっちの店は、店じまいかい。商売替えでもするってことだな。どれ、来たついでに、何か安いもんでも買って帰るか」
「毎度、いらっしゃい」
「毎度って、はじめてきたんだよ」
「お客さん、冗談がうまいねえ。まるで、噺家みたいだ」
「あたしゃ、噺家だよ」
「そうだと思った。どっから見ても噺家だ。入ってきたからには、もう放しません」
「乱暴なお店だねえ。それじゃあ、押し売りじゃないか? は、放してくださいよ」
「もうはなしかー!(はなしてー!)なんて泣いても放しませんよ。冗談ですよ。冗談。で、何をお探しで?」
「冷蔵庫があるね?」
「へえ、うちは電化製品を扱っておりまして。ありますよ、いいのが」
「冷蔵庫を買い換えようと思っていたとこなんだ。ちょうどよかった」
「今、お家になるのが、古くなったんですね?」
「ええ。ドアをバンッと閉めると、バンッとはねかえるんだ」
「じゃあ、そっと閉めれば」
「そっと閉めたら、そーっと開くんだ。気持ち悪くってねえ」
「そりゃあ、そんな気持ちの悪い冷蔵庫じゃ、毎晩寝付きが悪いでしょう。それで顔色悪いんですね」
「ほっといとくれ!」
「同情します。それじゃあ、これなんかどうですかね。気持ちのいい新製品の冷蔵庫ですが、お安くしておきますよ」
「それにしても、お宅も大変ですな。新製品を仕入れたと思ったら、店じまいなんだから。あたしも同情するよ」
「え?」
「同情しますって言っているんです。それで、また心機一転、商売替えでもするんでしょ?」
「商売替えって?」
「今ある商品を処分して、お店を閉めるんだろう?」
「店は、続けますよ」
「だって、表に店じまいって、・・」
「あれは、うちの屋号でして」
「え? 店じまいが店の名前とは、・・。だましたね?!」
「だまされたね?!」
(店を出て行く)
「何だね。客をだますなんて、とんでもない店だ。それにしても、屋号が店じまいとは、しゃれだね。あたしも、店を持つんなら、しゃれで名前をつけようか。在庫処分、売り尽くしとか。おや、この店の屋号は何だい。『お店のお店』って書いてあるよ。いったいどういう店なんだろう」
「あ、そこのお客さん。そんなにきょろきょろ中を見ないでくださいよ」
「きょろきょろ見なきゃあ、何のお店かわからんだろう? さっきは、だまされて気持ちのいい冷蔵庫買わされそうになったんだから」
「店の前で、うろうろされては、はっきり言って商売のじゃまなんですよ。興味がおありでしたら、どうぞ遠慮なさらず、中のほうへ」
「取って食ったりはしないだろうね?」
「お客様に対して、そんなことはいたしません。めったに」
「ほら、やっぱりしてるじゃないか!」
「めったに、しない!って言っているんですよ」
「だから、しているんでしょう?」
「しているんじゃなくて、しない!って言っているんですよ」
「じゃあ、しないんですね?」
「しないですよ。たまにしか」
「な、なんか、あやしいなあ。だまされているみたいで」
「だまされたと思って、中へどうぞどうぞ」
「そんなこと言って、あとで本当にだまして、だまされて元もとだろうって言うんじゃないでしょうねえ?」
「そんなに疑うのなら、どっかへ行っとくれ! 暇じゃないんだよ。こっちも」
「それにしても、看板の『お店のお店』が気になるしなあ。だまされたと思って、入ってみるか。案外こんなところに、だれも気がつかなかったネタが落ちているかもしれんからなあ。でも、お店の中を見せて、はい、おしまいということことかも。お店の中をお見せした!というしゃれで、金を巻き上げる店かも。・・」
「何をひとりでぶつぶつ言っているんだい? まるで落語でもやっているみたいに」
「しまった。あたしが、落語やっているのがばれたよ。よし、覚悟を決めた。煮るなり、食うなり勝手にしろ!」
(店の中に入る)
「おや、ここはお店じゃないのかい?」
「れっきとした店でございます」
「じゃあ、何で品物が置いていないんだい?」
「へえ、うちは、お店のお店でして」
「そりゃあ、知ってるよ。前の看板見たから。で、そのお店のお店って、どういう意味だい?」
「お店を売るってことでして」
「品物が全部売れて、店まで売ろうって魂胆かい。そうは問屋が卸しませんよ。店を買うほど、金持ってないんだから」
「そうじゃなくて、お店をしたい方に、お店をしてもらおうという店なんです」
「わけがわからないが、もうちょっと詳しく」
「例えば、レストランがしたければレストランを、本屋がしたければ本屋をお売りするということです」
「でも、店を持つなんて、そうそうできるもんじゃない。元手もかかるし」
「お金はかかりません。これで結構です(下のほうで、親指と人差指で輪を作る)」
「何ですか? それ」
「これですよ(胸の前に手を差出す)」
「お酒ですか?」
「わかりませんか? これですよ、これ(肩のあたりに手を差出す)
「お地蔵さん?」
「ちゃんと見てくださいよ。これですよ、これ!(両手で顔の前に出す)」
「メガネ?」
「もういいです。帰って下さい!」
「ただってことでしょう?」
「わかっているなら、早く言ってくださいよ」
「ははは、人をからかうのって、実におもろい。いつも笑われているから、今度はこっちの番だ。ははは」
「やめて下さいよ。それにしても、初対面の者をからかうなんて、あなたも根性ありますね。商売は根性がないとできませんから、あなた商売に向いているかもしれませんね」
「あ、そうですかねえ。で、どんな商売がいいですかねえ?」
「そうですねえ、今は車社会ですし、駐車場経営なんてどうでしょう? この書類に、サインして下さい」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。その前に、本当に元手はいらないんでしょうね?」
「はい、いりません。お客様には、一度その商売をしていただき、気にいっていただいてから、正式契約になります。支払いも、お店が軌道に乗り、出世払いということで結構でございます。もしお店がつぶれたとしても、途中で契約は破棄できますし、あとに借金が残るということもございません」
「それなら、いいんだけどね。で、その駐車場経営というのは、もうかるのかい?」
「もうからない商売はおすすめしません。考えてもみて下さい。毎年車はどんどん増えていく。しかし、それに比例して、駐車場が増えないというのが現状です」
「でも、車を買うときに、車庫証明を出すから、その車には必ず駐車場はあるでしょ?」
「車一台に対して、駐車場ひとつでは間に合いません。今日、交通渋滞は慢性化。渋滞がひどいから、きちんとした時間の約束ができない。抜け道を通って時間に余裕ができても、目的地に、これまた駐車場がないというが現状です」
「道に停めれば?」
「路上駐車はいけません。一分でも停めたら、ぽいっとレッカーで持って行かれてしまい、悪徳業者にわたると、海外に売られるか、スクラップになってしまう」
「スクラップって?」
「車がぺしゃんこになって、せんべいになるんですよ」
「おいしくなるんですね。ガソリン味がして」
「何言ってるんですか。使い物にならなくなるってことですよ。そこまでしないと、とにかく車はなくならない。しかし、駐車場があれば、安心して買い物もできるし、渋滞解消にもつながります。社会の経済論理の歯車がプラスに回りだして、経済効果も期待できます。駐車場経営は、世のため人のためになる商売です。世間が認めれば、ノーベル賞も夢ではありません」
「駐車場経営には、哲学があるみたいですね」
「みたいじゃなくて、あるんです。その哲学を持っていることが、商売をする自信につながり、成功する秘訣となるのです。じゃあ、契約しましょう。これにサインして(書類を差出す)」
「さっき、契約は、気にいってからだと」
「これは、ただの預り書です。お店をとりあえず、あなたにお預けします。一度、それを試されてから、続けるかどうか決めて下さい。この書類にサインをしてもらわないと、そのまま持ち逃げされるかもしれませんからね」
「そんな泥棒をするかしないか、顔を見ればわかるでしょう。あたしそんな顔をしてますか?」
「してます」
「客に向って失礼じゃないか?」
「私、根が正直ですから。で、書類にサインをするんですか、しないんですか?」
「しますよ、します。老後のためにも、貯えがいりますし、・・。ここですね。えー、住所と名前と電話番号。携帯電話の番号も・・・。ええーと、携帯は、と・・・」
「何、考えているんです?」
「携帯の番号考えているんです」
「忘れたんですか?」
「いいえ、何番にしようか、考えているんで」
「持っているんですか? 携帯」
「いいえ」
「それじゃあ、そこは空白にしておいて下さい」
「あ、そうですか。番号書いたら、サービスでついてくるのかと思ってました。それでと、ここを切り取ってと(書類のミシン目で切り取る)。はい、これでよろしいでしょうか?」
(店主、書類をチェックしながら)
「んー。もう一度、書いていただけますか?」
「嫁はんにうそをついても、書類にはうそは書いていませんよ」
「よく見て下さい。ミシン目のところを」
「きりとりせんと書いてあるから、一枚は預り書で、一枚は控えということですよね」
「もう一度、ミシン目のところを、よーく見て下さい」
「き・り・と・り・ま・せ・ん」
「きりとりませんだから、切り取ってはいけません」
「なるほど」
「どんな書類でも、よく読まないでサインをしてはいけません。きりとりませんの"ま"を、見逃してはいけません。間抜けになるから」
「はい。じゃあ、もう一枚預り書を書かせていただきます」
「では、これにもう一度。私は、奥の倉庫から、駐車場経営のお店を持ってきますから」
「はい。行ってらっしゃい」
(噺家、書類に書いている)
「ええと、名前と住所と電話番号。きりとりませんは、切り取りませんと」
「書けましたか?」
「はい。これで」
「では、これをお持ち帰り下さい」
「何ですか? その玉手箱の様なものは」
「この中に、駐車場経営に関する全てのノウハウが入っています」
「何です? 脳にハエが入るって? 頭の中がうるさくてしょうがい」
「ノウハウが入っていると言ったんですよ。経営に必要ないっさいがっさいが入っていると言ったんですよ。どんな耳をしているんです? あなたの耳は」
「こんな耳(右耳を店主に向ける)」
「あなた、ホモですね?」
「どうして?」
「右にピアスしているから」
「こっちもしています(左耳を見せる)」
「両方いけるんですね。器用な方だ。商売向きです。それにしても、汚い耳だ」
「ほっといて下さいよ。ところで、この箱の中から煙が出てきて、今までのは夢だったなんて、夢落ちで終わるんじゃないでしょうね?」
「なかなか鋭い読みですが、はずれています。これは、駐車場は駐車場でも、立体駐車場のノウハウが詰まっている箱です」
「立体駐車場って?」
「一言で言えば、車のアパートみたいなものです。でも、アパート経営とは全く違います。アパート経営は、人のごたごたに自分から飛び込むようなもの。ところが、駐車場経営は、そのゴタゴタイザコザには、もうこりごりという人にはうってつけの商売です。車のアパートなら、何もしなくてもお金が入ってきます。アパートなら、敷金は修理費につぎ込まれるし、いざやめようと思っても、住人がなかなか出て行ってくれない。立退き料まで払って、出て行ってもらうことだってある。全員出て行くまでは、空き室にしておかなければならない。全く非効率的です」
「なるほどね。でも、本当に駐車場って足りないんですか?」
「これから、ますます足りなくなっていきます。車は、一家に一台から二台の時代にきています。おまけに、目的別志向というやつで、通勤、レジャー、タウン用とその用途に応じた車を使うようになる。もし、駐車場が少なかったらどうなると思います?」
「さあ?(大げさに知らないしぐさ)」
「考える力がないのかい?」
「ほとんどないと思う」
「開き直ってどうするんだい。あのねえ、駐車場が少ないと、競争原理が働いて、駐車料金が上がるんですよ。駐車料金を払うより、駐車違反の罰金を払ったほうが安いという者まで出てくる。それに、違法駐車は、火事などの緊急時のじゃまになるし、凶悪犯の取り逃がしにもなる。最近、不祥事が続く警察にとっても悩みの種となる。もちろん渋滞にも拍車がかかり、高速道路が低速道路になってしまう。それらをすべて解消するのが、駐車場です」
「そこまでわかっているなら、一度行政に提言したらどうです?」
「行政もバカじゃありません。そんなことは、とっくに知っています。ただちょっと腰が重いだけ。そこでだ!」
「どこでだ?」
「ここでだ! この商売をするにあたって、いちばん肝に銘じておきたいのは、車というのは何なのかということです」
「車というのは、人や物を乗せて走る鉄の箱でしょう?」
「んー、そこが大きな間違い。特に乗せて走るというところが」
「走らなかったら、車じゃないでしょう。故障車は別だけど」
「実は車の本来の姿というのは、走らないということです。よく考えてごらんなさい。走っている時間のほうが、めちゃくちゃ少ないでしょう。停まっている時間のほうが、非常に長い。車は、走りより停まりです。走っている姿が美しい車より、停まっている姿が美しい車のほうがよく売れる。ということで、駐車場は社会の麻痺を解消すると言っても過言じゃありません。落語を聞いて、社会がよくなったって話し、聞きますか?」
「聞かない」
「でしょう。とにかくまあ、一度試してみてから決めることです。噺家の人に、この商売をすすめたのははじめてで、どうなるか興味もありますし」
「じゃあ、あたしは実験台ということですね。ところで、今までどんな人たちにすすめたんです?」
「跡継ぎがいなくなった人に、すすめたことがありました。魚屋、肉屋、八百屋とかね。内風呂が多くなって、風呂屋を立体駐車場にしたというのもありました。あとは、死んでいる土地を有効利用したりだね。死んでいる土地が生き返るので、ゾンビ商法とも言っているがね」
「ゾンビって、死人が生き返るやつですね。その土地、墓場だったんじゃあ?」
「バカなこと言っていないで、とにかく一度試しといで! ・・。行っといで!」
(乱暴に店を追い出される)
(箱を持って、帰宅する道のり)
「何だね。書類にサインしたら、急にえらそうになったね、あの店主。本当にこれ、玉手箱みたいだが、大丈夫かなあ。さっきから、すれ違う人すれ違う人みんな知らない人ばかりだし。・・・、ただいま。今帰ったよ。嫁はん、買い物にでも行ったみたいだな。では、ひとりで玉手箱をあけるとしましょうか」
(箱を開ける)
「これは、土地の権利書と立体駐車場の経営許可書だな。住所が書いてあるねえ。ここに行けということだな。・・。近所だねえ。よし。さっそく行ってみるか」
(駐車場のある場所に移動)
「いやあ、これが立体駐車場か。コンピューター管理システムだね。モニターのタッチパネルで操作するんだな。立体駐車場にもいろいろあるみたいだなあ。タワー式に、多段式。メリーゴーランド式に、エレベーター式。メリーゴーランドというのは、ぐるぐる回るやつだな。よし、この選択ボタンを押しみるか。えーと、ほかにレベルの設定もあるようだな。まずは、レベル一にしよう」
「あいてるかい?」
「え?」
「駐車場、あいてるかと言ってるんだよ」
「あ、は、はい。前に進んで下さい」
「じゃあ、頼んだよ」
「はい、行ってらっしゃい。びっくりしたなあ。もう、さっそくお客さんが来たよ。あれ、また来たよ」
「車、お願いします」
「はい、はい。お気をつけて。あれ、また来たよ」
「最近できたんだねえ。この辺駐車場がなくて、困っていたんだ。助かった、助かった」
「人に喜ばれるというのはいいもんだ。あれ、また来たよ。そのうしろにもたくさん続いているぞ。商売繁盛、商売繁盛! さあさ、前に進んで、どんどん駐車して下さい。前のドアが開いたら、車を入れて下さい。次のリフトがくるくる回って、降りてきますから」
「おおい! 赤ランプがついて、ドアが開かないぞ!」
「すみません。ちょっと調べますので、しばらくお待ち下さい。えーと、レベル一の設定はと、十台まで停められますということだな。現在、駐車しているのは、九台。おかしいなあ。もう一台駐車できるはずだが。こういうときは、ヘルプのボタンを押してと。九番目のスペースが、うまっていないようだ。故障かなあ」
「おおい! 早くしてくれよ。急いでいるんだ!」
「はい、はい、しばらくお待ちを。ええと、もう一度ヘルプボタンを押して。なになに、九番目には、停めることができません。車は九(急)には、とまれません。何だねこれは」
「まだかい!」
「もう少しお待ちを。ええと、レベルを上げればいいんだ、きっと。レベル二、と。・・・。青ランプに変わって、ドアが開いたよ。ああ、よかった。ちょっと先に調べておこう。ええと、レベル二は、一〇〇台まで駐車可能。レベル三は、え? 何だいこの数字は。八の字が横に寝てるよ。順番からすると、八は末広がりで一〇〇台以上駐車できるということなんだろう。そうだ、最初からレベル三にしておこう。おおー!(立体駐車場のビルを見上げる) レベル三にしたとたん、立体駐車場のビルが、雲を突き抜けて、無限のかなたに伸びていったぞ。これで、車はいくらでも駐車できそうだ。えーと、現在、駐車中の車は、な、なんと合計二十三万四五六七台。へへへ、こんなに繁盛しては、やめられませんね、この商売」
「どうもありがとう。ぼくの車を出してくれますか?」
「はい、こちらこそありがとうございました。しばらくお待ち下さい。すぐリフトが降りてまいりますから」
「私の車、出していただけますか?」
「はい、わかりました。その方のうしろにお並び下さい」
「急用ができたんだ。先におれの車を出してくれ!」
「しばらくお待ち下さい。順番にお出ししますから」
「まだ、出ないのですか?」
「もう、しばらくお待ちを」
「私の車は、まだ?」
「すぐに出てまいります」
「おれの車はどうした?」
「はい。すぐ出てくると思いますが、・・・。ちょっと調べてまいります。(タッチパネルのモニターを見ながら)ありゃあ、これはまずいなあ。最初のお客さんの車は、月に行っている。降りてくるのに、三日ぐらいかかりそうだ」
「ぼくの車は、いつ出るんですか?」
「三日ぐらいかかりそうです。そのころまたおいで下さい」
「私の車は?」
「一週間ぐらいかかりそうです」
「おれの車はどうした! 早くしろ!」
「誠に申し訳ありませんが、お客様のお車は、太陽近くまで行きまして、溶けて今はこの世に存在いたしません」
「何だと!!」
「リセット、リセット!」
(箱を店に返しに行く)
「一時はどうなるかと思った。ああ、よかった、バーチャル立体駐車場で」
「あの、すみません。この箱、お返しします」
「どうされました?」
「あたしには、どうも駐車場の経営は向いていないようです」
「実験は失敗でしたか。でもこれにこりずに、あなたには、あなたにあったお店があるかもしれません。もう一度探してみましょう。まず、あなたのやってみたいお店はないですか?」
「ない(意気消沈して)」
「失敗したことが、相当ショックだったみたいですね。じゃあ、あなたの好きのものはないですか? それを商売にしましょう」
「好きなものは、酒」
「それなら、酒屋をしましょう」
「できますかねえ?」
「大丈夫、私はお店のプロですから、いろいろ伝授してさしあげます」
「それで、どんな酒屋なら、繁盛しますかねえ。酒を買っていただいたお客様に、サービスに落語の一席でもやりましょうか?」
「それはだめです。商売やるには、時間がもったいない」
「小話でもだめですか?」
「それはもっとだめです。あなた小話へたですから。それより、今言った、サービスというとこに目をつけることにしましょう」
「サービスっていうと?」
「お客様の求めていることに、対応できるということが、サービスにつながります。消費者の多様化で、今は酒の品揃えがないと対応できません。日本酒、ビール、ウィスキー、焼酎、ワインと揃えましょう」
「店にそんなに酒があると、酒好きなあたしのこと、自分で飲んでしまって、商売にならないかも」
「じゃあ、こうしましょう。酒の種類を絞り込んで、お店に並べるのです。焼酎のことなら、あの店に行けば安心というような。消費者はものが過剰になると、サービスを欲しがるものです。絞り込んだ酒屋は、他の酒屋との差別化がはかれて、特殊なサービスが売り物になります」
「焼酎が流行っているときはいいが、流行らなくなったら、たちまちつぶれるのでは」
「じゃあ、こうしましょう。水物とビンのような割れ物は、消費者が運びたくないと思っているのが人情です。ただ酒屋を構えるのではなく、配達を重視した酒屋をしてみましょう。お店には、いっさい酒を置きません」
「じゃあ、どこに置くんです?」
「倉庫に酒を置いて、とにかく酒の配達に命をかけます」
「本当にそれで成功しますかねえ。他にお店はないですか?」
「まだまだ、私が手がけたお店はたくさんあります」
「え? 手がけたとおっしゃいますと、・・。もしかして、あなたがしてきたお店を、この店でバーチャルパックにして売っているということですか?」
「そうです」
「じゃあ、この店に置いているお店は、みんなあなたが失敗したというお店?」
「人聞きの悪いことを言わないで下さい。失敗は成功のもとと言って、私には合わなくとも、あなたには合うかもしれません」
「何だか、しっくりこないなあ。一度つぶれたお店を、紹介しているところが」
「正直言って、もともと私は、商売っけがなくて、店がつぶれたところがありました。数にすると、一〇〇ぐらいでしょうか」
「ええ? そんなにたくさん」
「そして、最後にたどりついたのが、このお店のお店でして、・・」
「そんなにたくさんのお店をやってきて、途中でいやになりませんでしたか?」
「商売だけに、飽きないで(商いで)やってまいりました」
上方落語かるた
音景観研究所
本体サイズ : 札:95×67mm
男女共用
対象年齢 : 10歳から
上方落語で使われる独特のフレーズをかるたに。落語作家として活躍中の小佐田定雄氏が48席の噺から選びかるたにし解説も加えた。NHK朝の連ドラ「ちりとてちん」に出演、人気急上昇中の若手落語家、桂吉弥氏による朗詠CD付。イラストは落語のイラストを多く手がける中西らつ子氏による。
参考:落語「お店のお店」
ジョークボックス
だれでも子どものころ、あれになりたいこれになりたいという夢があるものです。
アンケートをとると、男の子なら、野球やサッカーの選手が多い。ジェット機のパイロットというのもある。もっと高く飛びたい子は、宇宙飛行士。最近では、大工さんも多い。
女の子にも、大工さんになって家を建てたいという子がいます。でも、看護師さん、幼稚園や保育所の先生。また、おいしいケーキが作りたくて、ケーキ屋さん。パンが大好きで、パン屋さん。花が好きで、花屋さん。というように、お店を持ってみたい子が多いようです。
噺家の中にも、お店を持って、それに力を入れてばかりで、本職の落語のほうが、素人になった者もおります。その素人落語が受けたりするものですから、世の中わかりません。
落語というと、若い人はとっつきにくいかもしれませんが、バーチャルリアリティートークとかいうと、また新しい響きがするものです。話す言葉と所作によって、まるでそこに、もうひとつの世界ができるというものです。
バーチャルリアリティートークであるこの落語は、難しいところはひとつもありません。お客様はただ聞いているだけですから、あほの方でもいいわけでして。ちょっと難しいところがあるとすれば、聞いてそれを想像するということです。自分に想像力があるかどうかというのは、落語を聞けばわかります。落語を聞いて、何も浮かんでこない方は、根っからのあほということになります。
(道を歩いている)
「新作落語を創るにしても、何もネタがないのでは創れない。こうして、街に出てきて、あちこち見てまわるというのも、ネタ集めのひとつで。ひさしぶり出てきたが、えー、様子が随分変わったねえ。おお、五〇パーセント・オフ。半額ってことか。バーゲンなんかもいいねえ。それをネタにするのもおもしろいかもしれん。ちょっとのぞいていくか。やってる、やってる。戦争のように商品を奪い合うなんて、全く平和な証拠だ。さてと、おや、こっちの店は、店じまいかい。商売替えでもするってことだな。どれ、来たついでに、何か安いもんでも買って帰るか」
「毎度、いらっしゃい」
「毎度って、はじめてきたんだよ」
「お客さん、冗談がうまいねえ。まるで、噺家みたいだ」
「あたしゃ、噺家だよ」
「そうだと思った。どっから見ても噺家だ。入ってきたからには、もう放しません」
「乱暴なお店だねえ。それじゃあ、押し売りじゃないか? は、放してくださいよ」
「もうはなしかー!(はなしてー!)なんて泣いても放しませんよ。冗談ですよ。冗談。で、何をお探しで?」
「冷蔵庫があるね?」
「へえ、うちは電化製品を扱っておりまして。ありますよ、いいのが」
「冷蔵庫を買い換えようと思っていたとこなんだ。ちょうどよかった」
「今、お家になるのが、古くなったんですね?」
「ええ。ドアをバンッと閉めると、バンッとはねかえるんだ」
「じゃあ、そっと閉めれば」
「そっと閉めたら、そーっと開くんだ。気持ち悪くってねえ」
「そりゃあ、そんな気持ちの悪い冷蔵庫じゃ、毎晩寝付きが悪いでしょう。それで顔色悪いんですね」
「ほっといとくれ!」
「同情します。それじゃあ、これなんかどうですかね。気持ちのいい新製品の冷蔵庫ですが、お安くしておきますよ」
「それにしても、お宅も大変ですな。新製品を仕入れたと思ったら、店じまいなんだから。あたしも同情するよ」
「え?」
「同情しますって言っているんです。それで、また心機一転、商売替えでもするんでしょ?」
「商売替えって?」
「今ある商品を処分して、お店を閉めるんだろう?」
「店は、続けますよ」
「だって、表に店じまいって、・・」
「あれは、うちの屋号でして」
「え? 店じまいが店の名前とは、・・。だましたね?!」
「だまされたね?!」
(店を出て行く)
「何だね。客をだますなんて、とんでもない店だ。それにしても、屋号が店じまいとは、しゃれだね。あたしも、店を持つんなら、しゃれで名前をつけようか。在庫処分、売り尽くしとか。おや、この店の屋号は何だい。『お店のお店』って書いてあるよ。いったいどういう店なんだろう」
「あ、そこのお客さん。そんなにきょろきょろ中を見ないでくださいよ」
「きょろきょろ見なきゃあ、何のお店かわからんだろう? さっきは、だまされて気持ちのいい冷蔵庫買わされそうになったんだから」
「店の前で、うろうろされては、はっきり言って商売のじゃまなんですよ。興味がおありでしたら、どうぞ遠慮なさらず、中のほうへ」
「取って食ったりはしないだろうね?」
「お客様に対して、そんなことはいたしません。めったに」
「ほら、やっぱりしてるじゃないか!」
「めったに、しない!って言っているんですよ」
「だから、しているんでしょう?」
「しているんじゃなくて、しない!って言っているんですよ」
「じゃあ、しないんですね?」
「しないですよ。たまにしか」
「な、なんか、あやしいなあ。だまされているみたいで」
「だまされたと思って、中へどうぞどうぞ」
「そんなこと言って、あとで本当にだまして、だまされて元もとだろうって言うんじゃないでしょうねえ?」
「そんなに疑うのなら、どっかへ行っとくれ! 暇じゃないんだよ。こっちも」
「それにしても、看板の『お店のお店』が気になるしなあ。だまされたと思って、入ってみるか。案外こんなところに、だれも気がつかなかったネタが落ちているかもしれんからなあ。でも、お店の中を見せて、はい、おしまいということことかも。お店の中をお見せした!というしゃれで、金を巻き上げる店かも。・・」
「何をひとりでぶつぶつ言っているんだい? まるで落語でもやっているみたいに」
「しまった。あたしが、落語やっているのがばれたよ。よし、覚悟を決めた。煮るなり、食うなり勝手にしろ!」
(店の中に入る)
「おや、ここはお店じゃないのかい?」
「れっきとした店でございます」
「じゃあ、何で品物が置いていないんだい?」
「へえ、うちは、お店のお店でして」
「そりゃあ、知ってるよ。前の看板見たから。で、そのお店のお店って、どういう意味だい?」
「お店を売るってことでして」
「品物が全部売れて、店まで売ろうって魂胆かい。そうは問屋が卸しませんよ。店を買うほど、金持ってないんだから」
「そうじゃなくて、お店をしたい方に、お店をしてもらおうという店なんです」
「わけがわからないが、もうちょっと詳しく」
「例えば、レストランがしたければレストランを、本屋がしたければ本屋をお売りするということです」
「でも、店を持つなんて、そうそうできるもんじゃない。元手もかかるし」
「お金はかかりません。これで結構です(下のほうで、親指と人差指で輪を作る)」
「何ですか? それ」
「これですよ(胸の前に手を差出す)」
「お酒ですか?」
「わかりませんか? これですよ、これ(肩のあたりに手を差出す)
「お地蔵さん?」
「ちゃんと見てくださいよ。これですよ、これ!(両手で顔の前に出す)」
「メガネ?」
「もういいです。帰って下さい!」
「ただってことでしょう?」
「わかっているなら、早く言ってくださいよ」
「ははは、人をからかうのって、実におもろい。いつも笑われているから、今度はこっちの番だ。ははは」
「やめて下さいよ。それにしても、初対面の者をからかうなんて、あなたも根性ありますね。商売は根性がないとできませんから、あなた商売に向いているかもしれませんね」
「あ、そうですかねえ。で、どんな商売がいいですかねえ?」
「そうですねえ、今は車社会ですし、駐車場経営なんてどうでしょう? この書類に、サインして下さい」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。その前に、本当に元手はいらないんでしょうね?」
「はい、いりません。お客様には、一度その商売をしていただき、気にいっていただいてから、正式契約になります。支払いも、お店が軌道に乗り、出世払いということで結構でございます。もしお店がつぶれたとしても、途中で契約は破棄できますし、あとに借金が残るということもございません」
「それなら、いいんだけどね。で、その駐車場経営というのは、もうかるのかい?」
「もうからない商売はおすすめしません。考えてもみて下さい。毎年車はどんどん増えていく。しかし、それに比例して、駐車場が増えないというのが現状です」
「でも、車を買うときに、車庫証明を出すから、その車には必ず駐車場はあるでしょ?」
「車一台に対して、駐車場ひとつでは間に合いません。今日、交通渋滞は慢性化。渋滞がひどいから、きちんとした時間の約束ができない。抜け道を通って時間に余裕ができても、目的地に、これまた駐車場がないというが現状です」
「道に停めれば?」
「路上駐車はいけません。一分でも停めたら、ぽいっとレッカーで持って行かれてしまい、悪徳業者にわたると、海外に売られるか、スクラップになってしまう」
「スクラップって?」
「車がぺしゃんこになって、せんべいになるんですよ」
「おいしくなるんですね。ガソリン味がして」
「何言ってるんですか。使い物にならなくなるってことですよ。そこまでしないと、とにかく車はなくならない。しかし、駐車場があれば、安心して買い物もできるし、渋滞解消にもつながります。社会の経済論理の歯車がプラスに回りだして、経済効果も期待できます。駐車場経営は、世のため人のためになる商売です。世間が認めれば、ノーベル賞も夢ではありません」
「駐車場経営には、哲学があるみたいですね」
「みたいじゃなくて、あるんです。その哲学を持っていることが、商売をする自信につながり、成功する秘訣となるのです。じゃあ、契約しましょう。これにサインして(書類を差出す)」
「さっき、契約は、気にいってからだと」
「これは、ただの預り書です。お店をとりあえず、あなたにお預けします。一度、それを試されてから、続けるかどうか決めて下さい。この書類にサインをしてもらわないと、そのまま持ち逃げされるかもしれませんからね」
「そんな泥棒をするかしないか、顔を見ればわかるでしょう。あたしそんな顔をしてますか?」
「してます」
「客に向って失礼じゃないか?」
「私、根が正直ですから。で、書類にサインをするんですか、しないんですか?」
「しますよ、します。老後のためにも、貯えがいりますし、・・。ここですね。えー、住所と名前と電話番号。携帯電話の番号も・・・。ええーと、携帯は、と・・・」
「何、考えているんです?」
「携帯の番号考えているんです」
「忘れたんですか?」
「いいえ、何番にしようか、考えているんで」
「持っているんですか? 携帯」
「いいえ」
「それじゃあ、そこは空白にしておいて下さい」
「あ、そうですか。番号書いたら、サービスでついてくるのかと思ってました。それでと、ここを切り取ってと(書類のミシン目で切り取る)。はい、これでよろしいでしょうか?」
(店主、書類をチェックしながら)
「んー。もう一度、書いていただけますか?」
「嫁はんにうそをついても、書類にはうそは書いていませんよ」
「よく見て下さい。ミシン目のところを」
「きりとりせんと書いてあるから、一枚は預り書で、一枚は控えということですよね」
「もう一度、ミシン目のところを、よーく見て下さい」
「き・り・と・り・ま・せ・ん」
「きりとりませんだから、切り取ってはいけません」
「なるほど」
「どんな書類でも、よく読まないでサインをしてはいけません。きりとりませんの"ま"を、見逃してはいけません。間抜けになるから」
「はい。じゃあ、もう一枚預り書を書かせていただきます」
「では、これにもう一度。私は、奥の倉庫から、駐車場経営のお店を持ってきますから」
「はい。行ってらっしゃい」
(噺家、書類に書いている)
「ええと、名前と住所と電話番号。きりとりませんは、切り取りませんと」
「書けましたか?」
「はい。これで」
「では、これをお持ち帰り下さい」
「何ですか? その玉手箱の様なものは」
「この中に、駐車場経営に関する全てのノウハウが入っています」
「何です? 脳にハエが入るって? 頭の中がうるさくてしょうがい」
「ノウハウが入っていると言ったんですよ。経営に必要ないっさいがっさいが入っていると言ったんですよ。どんな耳をしているんです? あなたの耳は」
「こんな耳(右耳を店主に向ける)」
「あなた、ホモですね?」
「どうして?」
「右にピアスしているから」
「こっちもしています(左耳を見せる)」
「両方いけるんですね。器用な方だ。商売向きです。それにしても、汚い耳だ」
「ほっといて下さいよ。ところで、この箱の中から煙が出てきて、今までのは夢だったなんて、夢落ちで終わるんじゃないでしょうね?」
「なかなか鋭い読みですが、はずれています。これは、駐車場は駐車場でも、立体駐車場のノウハウが詰まっている箱です」
「立体駐車場って?」
「一言で言えば、車のアパートみたいなものです。でも、アパート経営とは全く違います。アパート経営は、人のごたごたに自分から飛び込むようなもの。ところが、駐車場経営は、そのゴタゴタイザコザには、もうこりごりという人にはうってつけの商売です。車のアパートなら、何もしなくてもお金が入ってきます。アパートなら、敷金は修理費につぎ込まれるし、いざやめようと思っても、住人がなかなか出て行ってくれない。立退き料まで払って、出て行ってもらうことだってある。全員出て行くまでは、空き室にしておかなければならない。全く非効率的です」
「なるほどね。でも、本当に駐車場って足りないんですか?」
「これから、ますます足りなくなっていきます。車は、一家に一台から二台の時代にきています。おまけに、目的別志向というやつで、通勤、レジャー、タウン用とその用途に応じた車を使うようになる。もし、駐車場が少なかったらどうなると思います?」
「さあ?(大げさに知らないしぐさ)」
「考える力がないのかい?」
「ほとんどないと思う」
「開き直ってどうするんだい。あのねえ、駐車場が少ないと、競争原理が働いて、駐車料金が上がるんですよ。駐車料金を払うより、駐車違反の罰金を払ったほうが安いという者まで出てくる。それに、違法駐車は、火事などの緊急時のじゃまになるし、凶悪犯の取り逃がしにもなる。最近、不祥事が続く警察にとっても悩みの種となる。もちろん渋滞にも拍車がかかり、高速道路が低速道路になってしまう。それらをすべて解消するのが、駐車場です」
「そこまでわかっているなら、一度行政に提言したらどうです?」
「行政もバカじゃありません。そんなことは、とっくに知っています。ただちょっと腰が重いだけ。そこでだ!」
「どこでだ?」
「ここでだ! この商売をするにあたって、いちばん肝に銘じておきたいのは、車というのは何なのかということです」
「車というのは、人や物を乗せて走る鉄の箱でしょう?」
「んー、そこが大きな間違い。特に乗せて走るというところが」
「走らなかったら、車じゃないでしょう。故障車は別だけど」
「実は車の本来の姿というのは、走らないということです。よく考えてごらんなさい。走っている時間のほうが、めちゃくちゃ少ないでしょう。停まっている時間のほうが、非常に長い。車は、走りより停まりです。走っている姿が美しい車より、停まっている姿が美しい車のほうがよく売れる。ということで、駐車場は社会の麻痺を解消すると言っても過言じゃありません。落語を聞いて、社会がよくなったって話し、聞きますか?」
「聞かない」
「でしょう。とにかくまあ、一度試してみてから決めることです。噺家の人に、この商売をすすめたのははじめてで、どうなるか興味もありますし」
「じゃあ、あたしは実験台ということですね。ところで、今までどんな人たちにすすめたんです?」
「跡継ぎがいなくなった人に、すすめたことがありました。魚屋、肉屋、八百屋とかね。内風呂が多くなって、風呂屋を立体駐車場にしたというのもありました。あとは、死んでいる土地を有効利用したりだね。死んでいる土地が生き返るので、ゾンビ商法とも言っているがね」
「ゾンビって、死人が生き返るやつですね。その土地、墓場だったんじゃあ?」
「バカなこと言っていないで、とにかく一度試しといで! ・・。行っといで!」
(乱暴に店を追い出される)
(箱を持って、帰宅する道のり)
「何だね。書類にサインしたら、急にえらそうになったね、あの店主。本当にこれ、玉手箱みたいだが、大丈夫かなあ。さっきから、すれ違う人すれ違う人みんな知らない人ばかりだし。・・・、ただいま。今帰ったよ。嫁はん、買い物にでも行ったみたいだな。では、ひとりで玉手箱をあけるとしましょうか」
(箱を開ける)
「これは、土地の権利書と立体駐車場の経営許可書だな。住所が書いてあるねえ。ここに行けということだな。・・。近所だねえ。よし。さっそく行ってみるか」
(駐車場のある場所に移動)
「いやあ、これが立体駐車場か。コンピューター管理システムだね。モニターのタッチパネルで操作するんだな。立体駐車場にもいろいろあるみたいだなあ。タワー式に、多段式。メリーゴーランド式に、エレベーター式。メリーゴーランドというのは、ぐるぐる回るやつだな。よし、この選択ボタンを押しみるか。えーと、ほかにレベルの設定もあるようだな。まずは、レベル一にしよう」
「あいてるかい?」
「え?」
「駐車場、あいてるかと言ってるんだよ」
「あ、は、はい。前に進んで下さい」
「じゃあ、頼んだよ」
「はい、行ってらっしゃい。びっくりしたなあ。もう、さっそくお客さんが来たよ。あれ、また来たよ」
「車、お願いします」
「はい、はい。お気をつけて。あれ、また来たよ」
「最近できたんだねえ。この辺駐車場がなくて、困っていたんだ。助かった、助かった」
「人に喜ばれるというのはいいもんだ。あれ、また来たよ。そのうしろにもたくさん続いているぞ。商売繁盛、商売繁盛! さあさ、前に進んで、どんどん駐車して下さい。前のドアが開いたら、車を入れて下さい。次のリフトがくるくる回って、降りてきますから」
「おおい! 赤ランプがついて、ドアが開かないぞ!」
「すみません。ちょっと調べますので、しばらくお待ち下さい。えーと、レベル一の設定はと、十台まで停められますということだな。現在、駐車しているのは、九台。おかしいなあ。もう一台駐車できるはずだが。こういうときは、ヘルプのボタンを押してと。九番目のスペースが、うまっていないようだ。故障かなあ」
「おおい! 早くしてくれよ。急いでいるんだ!」
「はい、はい、しばらくお待ちを。ええと、もう一度ヘルプボタンを押して。なになに、九番目には、停めることができません。車は九(急)には、とまれません。何だねこれは」
「まだかい!」
「もう少しお待ちを。ええと、レベルを上げればいいんだ、きっと。レベル二、と。・・・。青ランプに変わって、ドアが開いたよ。ああ、よかった。ちょっと先に調べておこう。ええと、レベル二は、一〇〇台まで駐車可能。レベル三は、え? 何だいこの数字は。八の字が横に寝てるよ。順番からすると、八は末広がりで一〇〇台以上駐車できるということなんだろう。そうだ、最初からレベル三にしておこう。おおー!(立体駐車場のビルを見上げる) レベル三にしたとたん、立体駐車場のビルが、雲を突き抜けて、無限のかなたに伸びていったぞ。これで、車はいくらでも駐車できそうだ。えーと、現在、駐車中の車は、な、なんと合計二十三万四五六七台。へへへ、こんなに繁盛しては、やめられませんね、この商売」
「どうもありがとう。ぼくの車を出してくれますか?」
「はい、こちらこそありがとうございました。しばらくお待ち下さい。すぐリフトが降りてまいりますから」
「私の車、出していただけますか?」
「はい、わかりました。その方のうしろにお並び下さい」
「急用ができたんだ。先におれの車を出してくれ!」
「しばらくお待ち下さい。順番にお出ししますから」
「まだ、出ないのですか?」
「もう、しばらくお待ちを」
「私の車は、まだ?」
「すぐに出てまいります」
「おれの車はどうした?」
「はい。すぐ出てくると思いますが、・・・。ちょっと調べてまいります。(タッチパネルのモニターを見ながら)ありゃあ、これはまずいなあ。最初のお客さんの車は、月に行っている。降りてくるのに、三日ぐらいかかりそうだ」
「ぼくの車は、いつ出るんですか?」
「三日ぐらいかかりそうです。そのころまたおいで下さい」
「私の車は?」
「一週間ぐらいかかりそうです」
「おれの車はどうした! 早くしろ!」
「誠に申し訳ありませんが、お客様のお車は、太陽近くまで行きまして、溶けて今はこの世に存在いたしません」
「何だと!!」
「リセット、リセット!」
(箱を店に返しに行く)
「一時はどうなるかと思った。ああ、よかった、バーチャル立体駐車場で」
「あの、すみません。この箱、お返しします」
「どうされました?」
「あたしには、どうも駐車場の経営は向いていないようです」
「実験は失敗でしたか。でもこれにこりずに、あなたには、あなたにあったお店があるかもしれません。もう一度探してみましょう。まず、あなたのやってみたいお店はないですか?」
「ない(意気消沈して)」
「失敗したことが、相当ショックだったみたいですね。じゃあ、あなたの好きのものはないですか? それを商売にしましょう」
「好きなものは、酒」
「それなら、酒屋をしましょう」
「できますかねえ?」
「大丈夫、私はお店のプロですから、いろいろ伝授してさしあげます」
「それで、どんな酒屋なら、繁盛しますかねえ。酒を買っていただいたお客様に、サービスに落語の一席でもやりましょうか?」
「それはだめです。商売やるには、時間がもったいない」
「小話でもだめですか?」
「それはもっとだめです。あなた小話へたですから。それより、今言った、サービスというとこに目をつけることにしましょう」
「サービスっていうと?」
「お客様の求めていることに、対応できるということが、サービスにつながります。消費者の多様化で、今は酒の品揃えがないと対応できません。日本酒、ビール、ウィスキー、焼酎、ワインと揃えましょう」
「店にそんなに酒があると、酒好きなあたしのこと、自分で飲んでしまって、商売にならないかも」
「じゃあ、こうしましょう。酒の種類を絞り込んで、お店に並べるのです。焼酎のことなら、あの店に行けば安心というような。消費者はものが過剰になると、サービスを欲しがるものです。絞り込んだ酒屋は、他の酒屋との差別化がはかれて、特殊なサービスが売り物になります」
「焼酎が流行っているときはいいが、流行らなくなったら、たちまちつぶれるのでは」
「じゃあ、こうしましょう。水物とビンのような割れ物は、消費者が運びたくないと思っているのが人情です。ただ酒屋を構えるのではなく、配達を重視した酒屋をしてみましょう。お店には、いっさい酒を置きません」
「じゃあ、どこに置くんです?」
「倉庫に酒を置いて、とにかく酒の配達に命をかけます」
「本当にそれで成功しますかねえ。他にお店はないですか?」
「まだまだ、私が手がけたお店はたくさんあります」
「え? 手がけたとおっしゃいますと、・・。もしかして、あなたがしてきたお店を、この店でバーチャルパックにして売っているということですか?」
「そうです」
「じゃあ、この店に置いているお店は、みんなあなたが失敗したというお店?」
「人聞きの悪いことを言わないで下さい。失敗は成功のもとと言って、私には合わなくとも、あなたには合うかもしれません」
「何だか、しっくりこないなあ。一度つぶれたお店を、紹介しているところが」
「正直言って、もともと私は、商売っけがなくて、店がつぶれたところがありました。数にすると、一〇〇ぐらいでしょうか」
「ええ? そんなにたくさん」
「そして、最後にたどりついたのが、このお店のお店でして、・・」
「そんなにたくさんのお店をやってきて、途中でいやになりませんでしたか?」
「商売だけに、飽きないで(商いで)やってまいりました」
上方落語かるた
音景観研究所
本体サイズ : 札:95×67mm
男女共用
対象年齢 : 10歳から
上方落語で使われる独特のフレーズをかるたに。落語作家として活躍中の小佐田定雄氏が48席の噺から選びかるたにし解説も加えた。NHK朝の連ドラ「ちりとてちん」に出演、人気急上昇中の若手落語家、桂吉弥氏による朗詠CD付。イラストは落語のイラストを多く手がける中西らつ子氏による。
参考:落語「お店のお店」
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