口演童話「レオン」
マダガスカルは、とても大きな島です。島には、天までとどけとばかりに、ひときわ高い木、バオバブがありました。その太い幹、数えきれない枝、おいしげった葉の中で、ぼくたちカメレオンはくらしていました。
ぼくの名前は、レオン。カメレオン学校の三年生です。おかあさんは、ぼくを生んで、すぐになくなりました。
その朝、ぼくは、学校に行きたくない気分でした。おとうさんは、ぼくをのぞきこみました。
「レオン。はやくしないと、学校におくれるぞ」
「・・・」
「返事もしないで、どうしたんだ。体の具合でも悪いのか?」
「・・・」
ぼくは、どんなふうに説明していいのか、わかりませんでした。
おとうさんは、ぼくのおでこに手をあて、
「熱は、なさそうだ。とにかく学校に行って、勉強してきなさい」
と、言いました。
行きたくないわけを言えないまま、ゆっくりゆっくり歩いて、ぼくは学校に着きました。
授業は、もうはじまっていました。
「おそかったじゃないか、レオン」
「ちょっと、ねぼうしちゃって」
ぼくは、その場をとりつくろいました。
もともと担任のハナタカ先生には、それほど期待はしていませんでした。あまりぼくのことも、気にとめてはいないみたいだし。
きょうの授業は、木登りの練習です。バオバブの枝を登るのだから、枝登りと言った方が、正しいかもしれません。
校庭には、十本の枝が、輪になって生えていました。枝の先は束ねられて、遠くから見ると、大きな玉ねぎのように見えました。そのいちばん上で、ハナタカ先生は、旗を持って立っていました。
「旗をふったら、班ごとに登って来るんだ。一分以内なら、合格だ!」
クラスは、ちょうど四十人。班は、全部で四つ。一班の十人が、それぞれ枝の前に立ちました。ハナタカ先生が旗をふると、一班のみんなは、いっせいに登りはじめました。
「一班は、全員合格! 次の班、登る準備をしなさい」
一班のみんながおりてきて、今度は二班の番です。
二班も、次の三班も全員合格になりました。最後は、四班の番です。ぼくは、四班にいました。
ハナタカ先生は、さっと旗をふりました。ぼくたち十人は、いっせいに登りはじめました。みんな、どんどん登っていくのに、ぼくだけとちゅうで、なぜか動けなくなってしまいました。
「うーん。うーん」
足に力を入れても、ちっとも上には登れません。その間に、みんなはせっせと登り、ゴールしてしまいました。
「がんばれ、レオン! のろまなレーオン!」
その声は、三班のデコツノでした。
ぼくは、「また、やられた」と思いました。ぼくのしっぽには、糸が結ばれていて、その先が枝にしばられていました。きっと、デコツノが、自分のグループのウスタレとツブヒメのふたりに、指図してやらせたにちがいありません。
ぼくは、糸をかみ切って登りました。
「がんばれ、レオン! のろまなレーオン!」
ウスタレとツブヒメも、はやしたてはじめました。それでも、おくれをとりもどそうと、ぼくはひっしで登りました。
「やっぱり、最後はおまえか。三分もかかったぞ。だから、デコツノたちにも、ばかにされるんだ」
この先生とは、もう口をききたくないと思いました。ハナタカ先生には、何も見えていないのです。こんなことがいつまで続くのかと思うと、もう卒業なんて、どうでもよくなりました。
家に帰るとちゅう、木のくぼみに、水たまりを見つけました。きのうの雨が、作ったようです。水に映った自分のすがたは、何ともさみしそうで、今にも死にそうな顔をしていました。
「ぼくにとって、学校って、何なんだろう?」
そんなひとりごとを言っても、どこからも答えは返ってきませんでした。
おとうさんは、ぼくのしっぽが、赤くはれあがっているのを見て、
「どうしたんだ。学校で、何かあったのか?」
「木登りの授業で、うっかり枝のまたに、ひっかけてしまったんだ」
「そうか。今夜は、ちゃんと冷やしておけよ」
おとうさんは、気にはとめてくれたようですが、それ以上のことは、何も言いも、聞きもしませんでした。ぼくも、しっぽがしびれているうちは、本当のことを言いたくはありませんでした。
次の日も、ぼくは迷いました。学校に行こうか、どうしようかと。
「しっかり勉強しないと、一人前のカメレオンにはなれないぞ。しっぽのはれもひいているし。さあ、行った、行った!」
おとうさんに、追いたてられるように、ぼくは家を出ました。
バオバブの木の下には、大きな道路がありました。ときどき、人間の運転するトラックが走ります。学校に行くとちゅう、その道路がよく見えるところがありました。
「トラックの荷台に乗れば、どこか遠くへ運んでくれるかなあ」
ぼくは、トラックが通らないかと、じっと下を見ていました。すると願いが通じたのか、トラックのエンジンの音が、近づいてきました。この機会をのがしたら、もう二度とこないような気がしました。
「よし、今だ。それ!」
ぼくは、トラックの荷台めがけて、飛びおりました。
トラックは、そのまま走り去りました。ぼくは、しっぽを枝に巻きつけて、ブランコのようにゆれていました。ぼくの心のどこかに、まだ不安があったようです。
きょうの一時間目の授業は、目を自由に動かす練習です。
ぼくたちの目は、右も左も別べつに動かすことができます。でも、入学したてのころは、くるくる目を回すと、本当に目が回って、倒れるものもいました。だけど、今はちがいます。みんな、思いのままに動かすことができます。虫を早く見つけて、ねらいを定めるのです。
「みんな、ずいぶん上達したなあ。だからと言って、カンニングに利用するんじゃないぞ。次の二時間目は、外だからな」
ハナタカ先生は、そう言うと、職員室にもどりました。
次のはじまりのチャイムが鳴り、今度は校庭で、じっと体を動かさない練習です。
小枝の上で、身動きひとつしないでいることは、とてもむずかしいことです。だけど、それができなければ、カメレオンとしては、一人前とは言えません。目だけを動かして、虫をねらうこともできません。
「一班から、小枝に乗りなさい」
クラスでいちばん体の大きなパーソンは、一班にいました。そのパーソンが、小枝に片足をかけたときでした。
バリ、バリ、バリリーッ!
と、枝が折れてしまいました。
「おいおい、何するんだよ。パーソンも、ずいぶん重くなったものだ」
「ごめんなさい」
「まあ、いい。君は、見学していなさい」
パーソンが枝を折ったので、ハナタカ先生は、もう一本手ごろな小枝を探しました。そして、十本の小枝にそれぞれ糸を結んで、そのはしを持ちました。
「三〇分間、じっと動かないでいられたら、合格だ。動いたものは、さらに三〇分、続けてもらうからな」
この練習は、ぼくたちには長くてつらい時間でしたが、ハナタカ先生にとっては、大変たいくつな時間でした。
一班が終わり、二班もすんで、全員合格でした。三班の番がきて、しばらくすると、ハナタカ先生はいねむりをはじめました。
三班には、デコツノグループのデコツノ、ウスタレ、ツブヒメがいました。三人は、楽をしようと、先生がいねむりをしているのをいいことに、小枝に結ばれている糸を、そっとほどきました。これで三人は、うっかり体を動かして、小枝がゆれても、そのことが先生の手に伝わることはありませんでした。
プルルルル・・
と、タイマーが、三〇分過ぎたことを知らせました。それと同時に、ハナタカ先生は、目を覚ましました。
「三班も、全員合格!」
デコツノたちは、すばやく糸を小枝に結びなおして、四班と交替しました。
「では、四班スタート!」
と、ハナタカ先生は言って、タイマーのボタンを押しました。
ぼくは、両手両足でしっかり小枝をつかんで、動かないようにしていました。
しばらくすると、またハナタカ先生は、いねむりをはじめました。それを見て、デコツノが、ウスタレとツブヒメに耳打ちをしました。
「・・・。いいか、うまくやれよ。よし、行ってこい」
ウスタレとツブヒメのふたりが、ぼくに近づいてきました。しかし、そのことに気をうばわれて、うっかり動けば、小枝がゆれて、糸をひっぱってしまいます。
ふたりは、ぼくが乗る小枝に手をかけて、
「そーれっ!」
と、ゆらしました。
ぼくの体は、小枝といっしょに大きくゆれて、糸が、ピーンピーンとひっぱられました。
「だれだ! 体を動かしたのは?」
ハナタカ先生は、目を覚まして、ひっぱられた糸の先を見ました。
「また、おまえか。こんなことで、どうするんだ。もうすぐ卒業だというのに」
ウスタレとツブヒメのふたりは、もうそのときには、小枝のそばからはなれていました。
「ぼくが、枝をゆらしたんじゃない!」
「おまえがゆらさないで、だれがゆらしたと言うんだ。今でも、少しゆれているじゃないか」
「ぼくは、じっとしていました。クラスのみんなも、知っています。みんな、見ていただろう。本当のことを言ってくれよ!」
「みんなの中に、何か知っているもの、何か見たものはおるか?」
「・・・」
みんな、おしだまったままで、ぼくの後押しをしてくれるものはいませんでした。葉っぱや枝に、自分の体の色を変えて、静かにしていました。
「一人くらい、ぼくの味方をしてくれてもいいじゃないか。口出ししたら最後、今度は自分が、いじめの標的になるとでも言うのか。トイレに行きたくても、目を気にして、席を立てないのと同じじゃないか。友だちがいじめられているのに、助けてくれないなんて、・・。助けてくれない友だちって、何なんだ!」
ここには、ぼくの友だちはいませんでした。
大きく見開いた目から、いくつもいくつも、なみだがこぼれ落ちました。でも、ぼくは、泣いてなんかいませんでした。言いたいことがやっと言えて、うれしいくらいでした。だから、少し笑っていました。それでも、なみだは、あとからあとから、こぼれ落ちました。
プルルルル・・
タイマーが、鳴りました。
「きょうの授業は、これでおしまい。レオン以外は、全員合格。レオンだけさらに三〇分、と言いたいところだが、帰ってもいい。次は、ちゃんとやれるように、家で練習してきなさい」
ハナタカ先生は、全然わかっていないと思う。わかろうとしていないのだと思う。
気がつくとぼくは、ぽつんとひとり校庭に残されていました。
「ごめんよ、レオン」
だれかの小さな声がしました。小さな葉っぱの後ろから、ミニマが出てきました。
「ミニマ、おまえ見ていただろう。どうして、何も言ってくれなかったんだ?」
「ぼくは、一年のときに、デコツノグループにいじめられていたんだ。クラスでいちばん体が小さいだろう」
実は、ミニマは入学してすぐに、デコツノたちにいじめられていました。「こいつなら、いじめてもいいだろう」と思われたらしくて。特にデコツノは、そのような感が働くようで、自分より弱いものとそうでないものとを、かぎわけられるようです。
気が弱く、やさしいもの、逆らわないものたちは、その気持ちをかくさなければなりません。そうしないと、つけこまれるからです。ミニマは目をつけられて、デコツノたちの言いなりでした。
「あのころ、何もしていないのに、サッカーボールにされて、けとばされていたんだ。何もしないから、悪いんだと言う。逆らっても、へのつっぱりにもならないんだ。とにかく、デコツノたちの顔色をうかがって、ぼくはいつも立ちふるまっていたんだ。今でもそうだ。暑いから風がほしいと言われれば、葉っぱであおいでいる。自分は、あせをかきながら」
「そのことは、知っているよ」
「そのうちデコツノたちは、ぼくを便利な道具と思うようになったらしくて。これ以上いためつけては、その道具がなくなると考えたようなんだ。ぼくは、今じゃ、こういう生活もいいかなと思っている。もし、デコツノたちの不利になるようなことを言ったりしたら、今の自分の地位が、またやばくなるかもしれない」
「そうだなあ。ぼくが助かっても、今度はミニマに代わるだけかもしれない。でも、今いじめられているこのぼくは、いったいどうすればいいんだ?」
「わからないよ」
はやく卒業式がきて、何もかもおしまいにしたい気持ちです。
ミニマと別れて、とぼとぼ歩いていると、木もれ日の中に、だれかが立っていました。それは、おとうさんでした。
「朝、おまえにつっぱねるような言い方をしたけど、しっぽのきずが気になったものだから、そっと学校までついてきたよ」
「じゃあ、きょうのこと、みんな見ていたの?」
「ああ。いっしょうけんめい勉強して、おまえには、りっぱなカメレオンになってもらいたいが、今の学校は、おまえを必要としていないようだ。もし、学ぶ場所を学校と呼ぶのなら、勉強できるところは、ほかにもいっぱいあると思う。どこへも行きたくないなら、おとうさんが教えてやるよ。だから、あしたから、もう学校に行かなくていい」
ぼくは、何だかほっとしました。何だか今夜は、いい夢を見るような気がしました。
次の日の朝。
「もう一度、学校に行くよ」
「無理しなくていいんだよ。おとうさんは、逆に今はもう、行かないでほしいと思っているくらいなんだ。何かあったら、いつでも、もどっておいで。待っているから」
帰る場所があると思ったら、ぼくは気が楽になりました。
学校に行っても、少しも現実は変っていないかもしれません。でも、何かが変わっていたらもう少し、何も変わっていなかったら、きょうで最後にしたいと思います。
学校に着き、教室に入りましたが、きょうは、少し様子がちがいます。なかなか授業が、はじまらないのです。
「先生たちは、これから大事な会議があります。きょうの一時間目は、自由時間ということにします」
ハナタカ先生は、教室にきたかと思うと、そう言って、すぐ職員室にもどりました。
自由時間です。教室にいるもの、外に遊びに行くもの、みんな自由に行動しました。ぼくは、職員室のまどの下で、ひなたぼっこをしました。気持ちがよくなって、うとうととかべにもたれました。かべに耳があたり、先生たちの話し声が聞こえてきました。
「三年生たちを、このまま卒業させるのは、心配です。わたしたちには、あの子たちの未来までも、責任があると思います」
そう言ったのは、二年生担任のミノール先生でした。
「われわれの仕事は、卒業させることです。後はその子の責任ですし、卒業してからも、責任があると言うのはおかしいです」
ハナタカ先生の声でした。
ぼくは気になって、中の様子を、まどのすきまから見ました。
たばこをスパスパ吸っているのは、一年生担任のミジカツノ先生でした。何か大事な話をしているようですが、たばこのけむりで、その姿が見えないくらいです。まるで、けむりの中にかくれているようです。
「わたしたちの授業のあり方が、根本的にまちがっているのじゃないかしら?」
「ミノール先生は、どうしてそう否定的なんですか。われわれは、今までの経験をいかして、よりよい学校作りをしてきました」
「近代化とか言って、コンクリートの校舎を作ったわ。そりゃあ、雨や風のきつい日には、とても都合のいい建物よ。でも、そんな冷たいかべに囲まれた中で、ぬくもりのある授業ができるのかしら」
「先生一人ひとりの心意気があれば、校舎が何でできていようと、関係ないでしょう。コンクリートにしようというのは、みんなで決めたことです。われわれは、まちがったことはしていません!」
「このバオバブの木には、たくさんの枝があるわ。そんな木のぬくもりの中で、子どもたちの声を聞くことが、大切じゃないのかしら。卒業したらみんな、自然の中で生きていかなければなりません。大事なことを、じかに教えてくれる校舎って、すばらしいと思わない?」
ミジカツノ先生は、相変わらずたばこをプカスカ吸っていました。聞こえるのは、ミノール先生とハナタカ先生の声だけです。
「枝を切って、校舎を建てるのはいいが、それじゃあ、人間たちと同じじゃないか。自然をこわしていくだけじゃないか。人間のそうした行いの結果、われわれカメレオンが、ここに追いやられた歴史をわすれてはいけない」
「自然をこわす前に、子どもたちは、心と体をこわさないかしら?」
「だが、それは、校舎が何でできているかということとは、関係ないだろう」
「それは、そうだけど。じゃあ、わたしたちは、何をすればいいの?」
「もっと子どもたちに、あきらめないで声をかけることじゃないのかなあ」
と、ずっと目をつむって、腕組みしていたタスキ校長先生が、話しはじめました。
「ただ単に、声をかけるのではなく、思いやりのある声かけが必要なんだ。それも、かけ続けることが。この学校の卒業生に、こんな子がいたよ。その子は、しっぽを枝にからませ、二本足で立ち、うまく虫をつかまえるんだ。でも、その子は、一言もしゃべらない。それに、おかしなことに、いつもぼうしをかぶっていて、近づくとすぐ手で押さえるんだ。手で押さえなくても、ぼうしは落ちないのに、どうして? と聞いても何も言わない。二本足で虫をつかむのもいいが、しっかり両手で枝を持った方がいいよ。風の強い日はあぶないから、と言っても返事はない」
「人に見られたくない大事なものを、ぼうしの中に、かくしていたのかしら」
「わたしは、毎日毎日、その子に声をかけ続けました。いつか、何か話してくれるのではないかと思って。ある日、すてきなぼうしをプレゼントしたいから、頭を見せてほしい、と言ったんだ。そのときは、ぼうしを取って見せてくれなかった。だけど、本当にわたしは、プレゼントをしたくなり、葉っぱの筋を集めて、それをかわかして、ぼうしを編んだんだ」
ぼくは、いつのまにか聞きいっていました。
「ほら、このぼうしをプレゼントしたいんだ。これは、わたしが編んだものだ。そう言って、ぼうしをさしだした。すると、ぼうしを取って、はじめて頭を見せてくれたんだ。実はここまで来るのに、一年がたっていたよ。そして、そのとき、はじめてその子の声を聞いたんだ。ぼうしをありがとう、ってね。頭のきずのことも、そのとき話してくれた」
その子は、毎日父親になぐられていたらしくて、そのきずをかくすのに、ぼうしをかぶっていたようです。
「頭に手をやっていたのは、ぼうしが落ちないためでも、取られないためでもなく、だれにも頭をたたかれたくない、ということだったんだ。だれかが近づいて来ると、なぐられるような気がして、手をかざして頭を守ろうとしたんだ」
そのとき、二時間目はじまりのチャイムが鳴りました。
「きょうの会議は、これくらいにしましょう。さあ、子どもたちが、待っていますよ」
会議は終わりましたが、ミジカツノ先生は、たばこのにおいをいっぱい身につけただけで、一度も自分の意見を言いませんでした。
ぼくたちは教室にもどり、席についていました。
「きょうの授業は、舌を動かすことと体の色を変える練習です」
ハナタカ先生の号令で、口を大きく開けたり、すばやくパクパクさせたりしました。それができたら、口を開けたまま、舌をできるだけ長くのばす練習です。
「次は、はやく舌の出し入れをしてみてください。われわれは、長い舌をのばして、虫をとらなければなりません。だから、舌を自由に動かす練習が、生きていく上でのいちばんの勉強です」
カメレオンは生まれながらにして、舌を長くのばせたり、体の色を変えたりすることができます。だけど、カメレオン学校の生徒たちは、どこかに不都合を感じて、ここにやってきています。木登りがへた、目をくるくる回せない、舌がすばやくのばせない、うまく体の色を変えることができないとか、いろいろです。
だれにも、苦手なことがあるものです。それらをおぼえて、この学校を卒業していくのです。もし、おぼえられなくても、それはそれで卒業して、自分で切り開いていかなければなりません。そのあと、どんなつらい人生が待っているかもしれません。そのことを知っている先生方は、ついきびしい授業をすることがあります。でもそのことは、ぼくたちにはなかなか伝わってきません。
さて、デコツノにも苦手なものがありました。舌を自由にあやつることです。自由に使えないから、うまくしゃべれないことにもなります。この時間だけは、デコツノもおとなしくしています。だけど、うまく言葉が出てこないせいか、デコツノは、何かちょっと気にいらないことがあると、力にものを言わせます。いつもそれで解決しようとするから、なかなか舌をあやつることも、上達しないことになります。
「デコツノ、もっと長く舌をのばすんだ。それじゃあ、バッタもとれないぞ」
「先生にそんなこと言われなくたって、わかっているよ」
「でも、おまえのおとうさんに、しっかり息子をきたえてくれって、言われているからなあ」
「家では、おまえもおれに似て、力があるから、いじめる方にまわっても、いじめられる方にはなるなって、言われているよ」
「・・・」
ハナタカ先生は、次から次へと、宿題をつきつけられてこまった、というような顔をしました。
「舌の練習はこれくらいにして、次は、体の色を変える勉強です。気分を変えて、きょうは外でしましょう」
ハナタカ先生は、みんなに教室を出るように言うと、大きな色紙を持って外に行きました。
「色紙の前に立って、その色に体を変えていきます。これができないと、虫をつかまえる前に、タカやワシに、逆につかまることになります。だから、まじめにやるように」
色紙は、灰色、黄色、緑色、茶色の四まいです。
「きょうは、体の小さいものから順に行います。目標は、三十分以内に、四まいの色紙を移動し終わること」
先頭がミニマで、最後がパーソンの順に並びました。
「では、よーい。スタート!」
ミニマは、色紙の前で、どんどん変色して移動していきました。ウスタレ、ツブヒメも四まいとも移動して、ゴールしました。パーソンは、ぼくを追いぬいて、ゴールしてしまいました。ぼくも、灰色、黄色、緑色と変えることができましたが、茶色のところでなかなか色が変りません。
最後の茶色のところに残ったのは、デコツノとぼくの二人でした。
「うーん、・・。よし、変わった!」
デコツノのタイムは、二八分です。
あと二分で、タイムオーバーです。ぼくは、ひっしで変色しようとしましたが、緑色のままです。
「レオン、三十分過ぎたぞ」
「あと三十分ください。最後まで、やりたいんです」
「わかった。がんばれよ」
ぼくは、何とかして茶色になろうとしましたが、いっこうにその気配はありません。
とうとう、一時間が過ぎました。
「がんばれ、レオン! のろまなレーオン!」
「デコツノ、からかうんじゃない。レオンも、いっしょうけんめいやっているんだ!」
だけど、ハナタカ先生の声は、とどかなかったようです。デコツノは、ウスタレとツブヒメに合図を送りました。
「がんばれ、レオン! のろまなレーオン!」
デコツノが、みんなの背中をつつくものだから、次から次へと、はやし立てる声が大きくなっていきました。
「がんばれ、レオン! のろまなレオン! おばかなレーオン!」
その声は歌となり、大合唱になっていきました。歌わないでいると、デコツノグループの連中がにらみ、歌わずにはいられなくなりました。
おどりだすものも、現れました。レオンの前で変なかっこうをしたり、顔をゆがめたりしました。おどり終わると、次のものにタッチをして、自分はすっとその場からひくのです。おどりは、リレーのようになっていきました。
「がんばれ、レオン、のろまなレオン! おばかなレオン、茶色になれないレーオン!」
「みんな、やめるんだ! 授業は終わりだ!」
ハナタカ先生の声は、だれの耳にも入りませんでした。それどころか、数人の子どもたちに押さえられて、身動きがとれなくなりました。
「だれか、助けてくれー!」
ハナタカ先生の悲鳴を聞いて、ほかの先生たちが、教室から飛び出してきました。
そのときです。ぼくの体が、茶色に変りました。
「キツネザルのふんを、ふんづけたみたい。ああ、くさい、くさい!」
デコツノは、鼻をつまんで、手を横にふりました。みんなも、そのまねをしました。
「ああ、くさい、くさい!!」
ぼくはもう、がまんの限界がきました。ぼくの体は、茶色から、真っ赤になりました。
「お、ああ・・!」
ぼくは、口を大きく開いて、中にかくしていたナイフを取り出しました。
「デコツノ! これで、もう終わりにしよう!」
「わかった、わかった。わかったから、ナイフはしまえ!」
「わかるのが、ちょっとおそかったようだ」
「ゆ、ゆるしてくれ。悪かった。お、おれが、悪かった」
ぼくを止めようと、みんな口ぐちに言いました。
「お願い、やめて!」
「レオン、やめるんだ!」
「もう一度、仲良くやっていこう!」
「今からでも、まだおそくないだろう!」
みんなの声は、ぼくの頭の上高く、うんと遠いところから聞こえてくるようでした。
「もう来るところまで、きてしまったんだ。ぼくは、終わりにしたいんだ!」
デコツノは、こしがぬけて、その場で動けなくなってしまいました。ぼくは、高くナイフをふり上げました。
そして、力いっぱい自分の胸をさしました。
カメレオン学校に入学したとき、みんなそれぞれ弱いところがありました。それをおぎなうように勉強をして、自分ではどうにもならないときには、みんなで助け合っていくんだと思っていました。でも、一年たっても、二年たっても、そんなふんいきはクラスには生まれませんでした。みんな、自分のことでせいいっぱいだったのかもしれません。うわべだけとりつくろって、ここまでやってきてしまいました。
ぼくは、何のために生まれてきたのか。勉強するためか、みんなと競走するためか、人のことを、ばか呼ばわりするためか。ぼくがここにいる目的は、何なんだ!
みんなで遠足に行って、めずらしい虫を見つけたり、いっしょにお弁当を食べたりした。ねころんで、流れる雲を見ていたり、いくつもの歌をおぼえて帰ったり、そんな楽しいこともあった。でも、楽しいことより、つらいこと、悲しいこと、さみしいことの方が多かったような気がする。
ぼくの頭の中に、それら今までのことが、いっしゅんにしてうかんできました。そして、目の前が暗くなるにつれて、それは消えていきました。やがて、細くて平べったいぼくの体が、冷たくなっていくような気がしました。
「レオン。レオン」
おとうさんの呼ぶ声だ。
ぼくは、カメレオン病院で目が覚めました。
「気がついたか? レオン」
「どうして、ここに?」
「クラスのみんなが、おまえをここまで運んだんだ。おとうさんは、先生から知らせをうけて、さっきここにきた」
「ぼく、死ななかったの?」
「こうして話ができるってことは、生きているしょうこ」
ナイフは、急所をはずれていたようです。
「ぼく、遠足に行ったときの夢を見たよ」
「そうかい。その話しは、今度聞かせてもらうよ。それより、今は休むことだ」
「いつ、家に帰れるの?」
「三週間ぐらいかかるそうだ」
ぼくは、また深いねむりにつきました。
思いのほか順調で、ぼくは二週間で退院しました。
「おとうさん。ごめんなさい」
「何がだい?」
「ナイフを持ち出して」
「おとうさんも、はやく気がつけばよかったんだか。それより、生きていてくれて、本当によかった。こうして、またおまえと話ができるんだから。でも、どうして自分の胸をさしたんだい?」
「ぼくは、こわかったんだ。何か目に見えないものが、ぼくを押しつぶしていくようで。人にこわされる前に、自分の手でぼくをこわしたかったんだ」
「でも、おとうさんは、いつでも待っているから、もどっておいでと言ったじゃないか。どうして、帰ってこなかったんだ?」
「みんなが、仮面をかぶりはじめたんだ。とてもこわい仮面を。それが、集団でやってきたんだ。ナイフをふりあげたとき、自分に聞いたんだ。ぼくが生きていることが、だれかのためになるの?ぼくを必要としているの人がいるの? ぼくに何ができるの? ぼくはどうして生きているの?と。ぼくは、わからなかった」
「どうして生きているのか、おとうさんにも、それはわからないよ。おとなになっても、ずっと考えていることなんだから。でも、聞かれたら、しあわせになるためだと言うかもしれない。ところで、レオン、何かしたいことはないかい?」
「何もない」
「じゃあ、家に帰るか?」
「・・、いや、ちょっと待って。一度行ってみたいと思っていたところがあるんだ」
「どこだい?」
「バオバブの木のてっぺん!」
「よし!」
ぼくは、おとうさんのあとをついていきました。太陽に、どんどん近づいていくようです。あたたかな空気のにおいがしてきました。
「ここが、木のてっぺんだ。だが、そんなに長くはいられないぞ。タカがどこからか、ねらっているかもしれないからな」
「うん」
そのときです。何千、何万びきという黄色いチョウの群れが、飛んできました。まるで、空に金色の川が流れるようです。小鳥たちが、まわりについて飛んでいましたが、あまりの多さに、手が出せないようです。それでも、はぐれたチョウをねらって、ついて行っているのかもしれません。
「あんなにたくさんのチョウが飛んでいて、どうしてぶつからないんだろう?たった四十人でも、ぶつかってばかりなのに」
「そりゃあ、レオン。教室が、せまいんだろう。せまいと、閉じこめられているみたいだし」
「ねえ、おとうさん。あれは、何?」
チョウの飛んで行く方を、指さしました.
「アフリカ大陸だ」
「だれか、行ったことあるの?」
「いや。まだ、だれも」
「行ってみたいなあ」
「あきらめなければ、いつかきっと行けるよ」
そのときでした。ぼくの背中が、にじ色にかがやきはじめたのは。
そのかがやきは、本当のにじになって、大陸にのびていきました。まるで、マダガスカル島とアフリカ大陸のかけ橋になったように。
「行っても、いいかい?」
「ああ、いいよ」
「おとうさんも、いっしょに行こう」
「おとうさんは、ここに残るよ。おまえは、まだ若い。自分の道を信じて、このにじの橋をわたって行きなさい」
「うん!」
ぼくが、にじをわたろうとしたとき、
「おおい、レオン。おれたちは、置いてきぼりかい?」
と、デコツノの声がしました。
ミニマ、ウスタレ、ツブヒメ、パーソン、クラスのみんなも、いっしょにいました。先生方も、後ろにひかえていました。
うれしさが、こみ上げてきて、
「みんなで、アフリカ大陸に行こう!」
と、ぼくは、思わずさけびました。
やがて、みんなの背中にもにじができて、大陸にのびていきました。
そして、みんな、それぞれのにじのかけ橋をわたりはじめました。それは、カメレオン学校の卒業式でもありました。
参考:口演童話「レオン」
マダガスカル ツイン・パック
出演: ベン・スティラー, クリス・ロック, デビッド・シュワイマー, ジェイダ・ピンケット=スミス
監督: エリック・ダーネル, トム・マクグラス
ユニークな動物たちを主人公にしたファミリーアニメの第1弾と第2弾をセットにしたBOX。動物園から脱走し人間に捕まったライオンのアレックス、シマウマのマーティー、キリンのメルマンら4頭が、マダガスカル島やアフリカ大陸で大冒険を繰り広げる。
画面サイズ: 1.78:1
ディスク枚数: 2
販売元: パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
時間: 175 分
口演童話
マダガスカルは、とても大きな島です。島には、天までとどけとばかりに、ひときわ高い木、バオバブがありました。その太い幹、数えきれない枝、おいしげった葉の中で、ぼくたちカメレオンはくらしていました。
ぼくの名前は、レオン。カメレオン学校の三年生です。おかあさんは、ぼくを生んで、すぐになくなりました。
その朝、ぼくは、学校に行きたくない気分でした。おとうさんは、ぼくをのぞきこみました。
「レオン。はやくしないと、学校におくれるぞ」
「・・・」
「返事もしないで、どうしたんだ。体の具合でも悪いのか?」
「・・・」
ぼくは、どんなふうに説明していいのか、わかりませんでした。
おとうさんは、ぼくのおでこに手をあて、
「熱は、なさそうだ。とにかく学校に行って、勉強してきなさい」
と、言いました。
行きたくないわけを言えないまま、ゆっくりゆっくり歩いて、ぼくは学校に着きました。
授業は、もうはじまっていました。
「おそかったじゃないか、レオン」
「ちょっと、ねぼうしちゃって」
ぼくは、その場をとりつくろいました。
もともと担任のハナタカ先生には、それほど期待はしていませんでした。あまりぼくのことも、気にとめてはいないみたいだし。
きょうの授業は、木登りの練習です。バオバブの枝を登るのだから、枝登りと言った方が、正しいかもしれません。
校庭には、十本の枝が、輪になって生えていました。枝の先は束ねられて、遠くから見ると、大きな玉ねぎのように見えました。そのいちばん上で、ハナタカ先生は、旗を持って立っていました。
「旗をふったら、班ごとに登って来るんだ。一分以内なら、合格だ!」
クラスは、ちょうど四十人。班は、全部で四つ。一班の十人が、それぞれ枝の前に立ちました。ハナタカ先生が旗をふると、一班のみんなは、いっせいに登りはじめました。
「一班は、全員合格! 次の班、登る準備をしなさい」
一班のみんながおりてきて、今度は二班の番です。
二班も、次の三班も全員合格になりました。最後は、四班の番です。ぼくは、四班にいました。
ハナタカ先生は、さっと旗をふりました。ぼくたち十人は、いっせいに登りはじめました。みんな、どんどん登っていくのに、ぼくだけとちゅうで、なぜか動けなくなってしまいました。
「うーん。うーん」
足に力を入れても、ちっとも上には登れません。その間に、みんなはせっせと登り、ゴールしてしまいました。
「がんばれ、レオン! のろまなレーオン!」
その声は、三班のデコツノでした。
ぼくは、「また、やられた」と思いました。ぼくのしっぽには、糸が結ばれていて、その先が枝にしばられていました。きっと、デコツノが、自分のグループのウスタレとツブヒメのふたりに、指図してやらせたにちがいありません。
ぼくは、糸をかみ切って登りました。
「がんばれ、レオン! のろまなレーオン!」
ウスタレとツブヒメも、はやしたてはじめました。それでも、おくれをとりもどそうと、ぼくはひっしで登りました。
「やっぱり、最後はおまえか。三分もかかったぞ。だから、デコツノたちにも、ばかにされるんだ」
この先生とは、もう口をききたくないと思いました。ハナタカ先生には、何も見えていないのです。こんなことがいつまで続くのかと思うと、もう卒業なんて、どうでもよくなりました。
家に帰るとちゅう、木のくぼみに、水たまりを見つけました。きのうの雨が、作ったようです。水に映った自分のすがたは、何ともさみしそうで、今にも死にそうな顔をしていました。
「ぼくにとって、学校って、何なんだろう?」
そんなひとりごとを言っても、どこからも答えは返ってきませんでした。
おとうさんは、ぼくのしっぽが、赤くはれあがっているのを見て、
「どうしたんだ。学校で、何かあったのか?」
「木登りの授業で、うっかり枝のまたに、ひっかけてしまったんだ」
「そうか。今夜は、ちゃんと冷やしておけよ」
おとうさんは、気にはとめてくれたようですが、それ以上のことは、何も言いも、聞きもしませんでした。ぼくも、しっぽがしびれているうちは、本当のことを言いたくはありませんでした。
次の日も、ぼくは迷いました。学校に行こうか、どうしようかと。
「しっかり勉強しないと、一人前のカメレオンにはなれないぞ。しっぽのはれもひいているし。さあ、行った、行った!」
おとうさんに、追いたてられるように、ぼくは家を出ました。
バオバブの木の下には、大きな道路がありました。ときどき、人間の運転するトラックが走ります。学校に行くとちゅう、その道路がよく見えるところがありました。
「トラックの荷台に乗れば、どこか遠くへ運んでくれるかなあ」
ぼくは、トラックが通らないかと、じっと下を見ていました。すると願いが通じたのか、トラックのエンジンの音が、近づいてきました。この機会をのがしたら、もう二度とこないような気がしました。
「よし、今だ。それ!」
ぼくは、トラックの荷台めがけて、飛びおりました。
トラックは、そのまま走り去りました。ぼくは、しっぽを枝に巻きつけて、ブランコのようにゆれていました。ぼくの心のどこかに、まだ不安があったようです。
きょうの一時間目の授業は、目を自由に動かす練習です。
ぼくたちの目は、右も左も別べつに動かすことができます。でも、入学したてのころは、くるくる目を回すと、本当に目が回って、倒れるものもいました。だけど、今はちがいます。みんな、思いのままに動かすことができます。虫を早く見つけて、ねらいを定めるのです。
「みんな、ずいぶん上達したなあ。だからと言って、カンニングに利用するんじゃないぞ。次の二時間目は、外だからな」
ハナタカ先生は、そう言うと、職員室にもどりました。
次のはじまりのチャイムが鳴り、今度は校庭で、じっと体を動かさない練習です。
小枝の上で、身動きひとつしないでいることは、とてもむずかしいことです。だけど、それができなければ、カメレオンとしては、一人前とは言えません。目だけを動かして、虫をねらうこともできません。
「一班から、小枝に乗りなさい」
クラスでいちばん体の大きなパーソンは、一班にいました。そのパーソンが、小枝に片足をかけたときでした。
バリ、バリ、バリリーッ!
と、枝が折れてしまいました。
「おいおい、何するんだよ。パーソンも、ずいぶん重くなったものだ」
「ごめんなさい」
「まあ、いい。君は、見学していなさい」
パーソンが枝を折ったので、ハナタカ先生は、もう一本手ごろな小枝を探しました。そして、十本の小枝にそれぞれ糸を結んで、そのはしを持ちました。
「三〇分間、じっと動かないでいられたら、合格だ。動いたものは、さらに三〇分、続けてもらうからな」
この練習は、ぼくたちには長くてつらい時間でしたが、ハナタカ先生にとっては、大変たいくつな時間でした。
一班が終わり、二班もすんで、全員合格でした。三班の番がきて、しばらくすると、ハナタカ先生はいねむりをはじめました。
三班には、デコツノグループのデコツノ、ウスタレ、ツブヒメがいました。三人は、楽をしようと、先生がいねむりをしているのをいいことに、小枝に結ばれている糸を、そっとほどきました。これで三人は、うっかり体を動かして、小枝がゆれても、そのことが先生の手に伝わることはありませんでした。
プルルルル・・
と、タイマーが、三〇分過ぎたことを知らせました。それと同時に、ハナタカ先生は、目を覚ましました。
「三班も、全員合格!」
デコツノたちは、すばやく糸を小枝に結びなおして、四班と交替しました。
「では、四班スタート!」
と、ハナタカ先生は言って、タイマーのボタンを押しました。
ぼくは、両手両足でしっかり小枝をつかんで、動かないようにしていました。
しばらくすると、またハナタカ先生は、いねむりをはじめました。それを見て、デコツノが、ウスタレとツブヒメに耳打ちをしました。
「・・・。いいか、うまくやれよ。よし、行ってこい」
ウスタレとツブヒメのふたりが、ぼくに近づいてきました。しかし、そのことに気をうばわれて、うっかり動けば、小枝がゆれて、糸をひっぱってしまいます。
ふたりは、ぼくが乗る小枝に手をかけて、
「そーれっ!」
と、ゆらしました。
ぼくの体は、小枝といっしょに大きくゆれて、糸が、ピーンピーンとひっぱられました。
「だれだ! 体を動かしたのは?」
ハナタカ先生は、目を覚まして、ひっぱられた糸の先を見ました。
「また、おまえか。こんなことで、どうするんだ。もうすぐ卒業だというのに」
ウスタレとツブヒメのふたりは、もうそのときには、小枝のそばからはなれていました。
「ぼくが、枝をゆらしたんじゃない!」
「おまえがゆらさないで、だれがゆらしたと言うんだ。今でも、少しゆれているじゃないか」
「ぼくは、じっとしていました。クラスのみんなも、知っています。みんな、見ていただろう。本当のことを言ってくれよ!」
「みんなの中に、何か知っているもの、何か見たものはおるか?」
「・・・」
みんな、おしだまったままで、ぼくの後押しをしてくれるものはいませんでした。葉っぱや枝に、自分の体の色を変えて、静かにしていました。
「一人くらい、ぼくの味方をしてくれてもいいじゃないか。口出ししたら最後、今度は自分が、いじめの標的になるとでも言うのか。トイレに行きたくても、目を気にして、席を立てないのと同じじゃないか。友だちがいじめられているのに、助けてくれないなんて、・・。助けてくれない友だちって、何なんだ!」
ここには、ぼくの友だちはいませんでした。
大きく見開いた目から、いくつもいくつも、なみだがこぼれ落ちました。でも、ぼくは、泣いてなんかいませんでした。言いたいことがやっと言えて、うれしいくらいでした。だから、少し笑っていました。それでも、なみだは、あとからあとから、こぼれ落ちました。
プルルルル・・
タイマーが、鳴りました。
「きょうの授業は、これでおしまい。レオン以外は、全員合格。レオンだけさらに三〇分、と言いたいところだが、帰ってもいい。次は、ちゃんとやれるように、家で練習してきなさい」
ハナタカ先生は、全然わかっていないと思う。わかろうとしていないのだと思う。
気がつくとぼくは、ぽつんとひとり校庭に残されていました。
「ごめんよ、レオン」
だれかの小さな声がしました。小さな葉っぱの後ろから、ミニマが出てきました。
「ミニマ、おまえ見ていただろう。どうして、何も言ってくれなかったんだ?」
「ぼくは、一年のときに、デコツノグループにいじめられていたんだ。クラスでいちばん体が小さいだろう」
実は、ミニマは入学してすぐに、デコツノたちにいじめられていました。「こいつなら、いじめてもいいだろう」と思われたらしくて。特にデコツノは、そのような感が働くようで、自分より弱いものとそうでないものとを、かぎわけられるようです。
気が弱く、やさしいもの、逆らわないものたちは、その気持ちをかくさなければなりません。そうしないと、つけこまれるからです。ミニマは目をつけられて、デコツノたちの言いなりでした。
「あのころ、何もしていないのに、サッカーボールにされて、けとばされていたんだ。何もしないから、悪いんだと言う。逆らっても、へのつっぱりにもならないんだ。とにかく、デコツノたちの顔色をうかがって、ぼくはいつも立ちふるまっていたんだ。今でもそうだ。暑いから風がほしいと言われれば、葉っぱであおいでいる。自分は、あせをかきながら」
「そのことは、知っているよ」
「そのうちデコツノたちは、ぼくを便利な道具と思うようになったらしくて。これ以上いためつけては、その道具がなくなると考えたようなんだ。ぼくは、今じゃ、こういう生活もいいかなと思っている。もし、デコツノたちの不利になるようなことを言ったりしたら、今の自分の地位が、またやばくなるかもしれない」
「そうだなあ。ぼくが助かっても、今度はミニマに代わるだけかもしれない。でも、今いじめられているこのぼくは、いったいどうすればいいんだ?」
「わからないよ」
はやく卒業式がきて、何もかもおしまいにしたい気持ちです。
ミニマと別れて、とぼとぼ歩いていると、木もれ日の中に、だれかが立っていました。それは、おとうさんでした。
「朝、おまえにつっぱねるような言い方をしたけど、しっぽのきずが気になったものだから、そっと学校までついてきたよ」
「じゃあ、きょうのこと、みんな見ていたの?」
「ああ。いっしょうけんめい勉強して、おまえには、りっぱなカメレオンになってもらいたいが、今の学校は、おまえを必要としていないようだ。もし、学ぶ場所を学校と呼ぶのなら、勉強できるところは、ほかにもいっぱいあると思う。どこへも行きたくないなら、おとうさんが教えてやるよ。だから、あしたから、もう学校に行かなくていい」
ぼくは、何だかほっとしました。何だか今夜は、いい夢を見るような気がしました。
次の日の朝。
「もう一度、学校に行くよ」
「無理しなくていいんだよ。おとうさんは、逆に今はもう、行かないでほしいと思っているくらいなんだ。何かあったら、いつでも、もどっておいで。待っているから」
帰る場所があると思ったら、ぼくは気が楽になりました。
学校に行っても、少しも現実は変っていないかもしれません。でも、何かが変わっていたらもう少し、何も変わっていなかったら、きょうで最後にしたいと思います。
学校に着き、教室に入りましたが、きょうは、少し様子がちがいます。なかなか授業が、はじまらないのです。
「先生たちは、これから大事な会議があります。きょうの一時間目は、自由時間ということにします」
ハナタカ先生は、教室にきたかと思うと、そう言って、すぐ職員室にもどりました。
自由時間です。教室にいるもの、外に遊びに行くもの、みんな自由に行動しました。ぼくは、職員室のまどの下で、ひなたぼっこをしました。気持ちがよくなって、うとうととかべにもたれました。かべに耳があたり、先生たちの話し声が聞こえてきました。
「三年生たちを、このまま卒業させるのは、心配です。わたしたちには、あの子たちの未来までも、責任があると思います」
そう言ったのは、二年生担任のミノール先生でした。
「われわれの仕事は、卒業させることです。後はその子の責任ですし、卒業してからも、責任があると言うのはおかしいです」
ハナタカ先生の声でした。
ぼくは気になって、中の様子を、まどのすきまから見ました。
たばこをスパスパ吸っているのは、一年生担任のミジカツノ先生でした。何か大事な話をしているようですが、たばこのけむりで、その姿が見えないくらいです。まるで、けむりの中にかくれているようです。
「わたしたちの授業のあり方が、根本的にまちがっているのじゃないかしら?」
「ミノール先生は、どうしてそう否定的なんですか。われわれは、今までの経験をいかして、よりよい学校作りをしてきました」
「近代化とか言って、コンクリートの校舎を作ったわ。そりゃあ、雨や風のきつい日には、とても都合のいい建物よ。でも、そんな冷たいかべに囲まれた中で、ぬくもりのある授業ができるのかしら」
「先生一人ひとりの心意気があれば、校舎が何でできていようと、関係ないでしょう。コンクリートにしようというのは、みんなで決めたことです。われわれは、まちがったことはしていません!」
「このバオバブの木には、たくさんの枝があるわ。そんな木のぬくもりの中で、子どもたちの声を聞くことが、大切じゃないのかしら。卒業したらみんな、自然の中で生きていかなければなりません。大事なことを、じかに教えてくれる校舎って、すばらしいと思わない?」
ミジカツノ先生は、相変わらずたばこをプカスカ吸っていました。聞こえるのは、ミノール先生とハナタカ先生の声だけです。
「枝を切って、校舎を建てるのはいいが、それじゃあ、人間たちと同じじゃないか。自然をこわしていくだけじゃないか。人間のそうした行いの結果、われわれカメレオンが、ここに追いやられた歴史をわすれてはいけない」
「自然をこわす前に、子どもたちは、心と体をこわさないかしら?」
「だが、それは、校舎が何でできているかということとは、関係ないだろう」
「それは、そうだけど。じゃあ、わたしたちは、何をすればいいの?」
「もっと子どもたちに、あきらめないで声をかけることじゃないのかなあ」
と、ずっと目をつむって、腕組みしていたタスキ校長先生が、話しはじめました。
「ただ単に、声をかけるのではなく、思いやりのある声かけが必要なんだ。それも、かけ続けることが。この学校の卒業生に、こんな子がいたよ。その子は、しっぽを枝にからませ、二本足で立ち、うまく虫をつかまえるんだ。でも、その子は、一言もしゃべらない。それに、おかしなことに、いつもぼうしをかぶっていて、近づくとすぐ手で押さえるんだ。手で押さえなくても、ぼうしは落ちないのに、どうして? と聞いても何も言わない。二本足で虫をつかむのもいいが、しっかり両手で枝を持った方がいいよ。風の強い日はあぶないから、と言っても返事はない」
「人に見られたくない大事なものを、ぼうしの中に、かくしていたのかしら」
「わたしは、毎日毎日、その子に声をかけ続けました。いつか、何か話してくれるのではないかと思って。ある日、すてきなぼうしをプレゼントしたいから、頭を見せてほしい、と言ったんだ。そのときは、ぼうしを取って見せてくれなかった。だけど、本当にわたしは、プレゼントをしたくなり、葉っぱの筋を集めて、それをかわかして、ぼうしを編んだんだ」
ぼくは、いつのまにか聞きいっていました。
「ほら、このぼうしをプレゼントしたいんだ。これは、わたしが編んだものだ。そう言って、ぼうしをさしだした。すると、ぼうしを取って、はじめて頭を見せてくれたんだ。実はここまで来るのに、一年がたっていたよ。そして、そのとき、はじめてその子の声を聞いたんだ。ぼうしをありがとう、ってね。頭のきずのことも、そのとき話してくれた」
その子は、毎日父親になぐられていたらしくて、そのきずをかくすのに、ぼうしをかぶっていたようです。
「頭に手をやっていたのは、ぼうしが落ちないためでも、取られないためでもなく、だれにも頭をたたかれたくない、ということだったんだ。だれかが近づいて来ると、なぐられるような気がして、手をかざして頭を守ろうとしたんだ」
そのとき、二時間目はじまりのチャイムが鳴りました。
「きょうの会議は、これくらいにしましょう。さあ、子どもたちが、待っていますよ」
会議は終わりましたが、ミジカツノ先生は、たばこのにおいをいっぱい身につけただけで、一度も自分の意見を言いませんでした。
ぼくたちは教室にもどり、席についていました。
「きょうの授業は、舌を動かすことと体の色を変える練習です」
ハナタカ先生の号令で、口を大きく開けたり、すばやくパクパクさせたりしました。それができたら、口を開けたまま、舌をできるだけ長くのばす練習です。
「次は、はやく舌の出し入れをしてみてください。われわれは、長い舌をのばして、虫をとらなければなりません。だから、舌を自由に動かす練習が、生きていく上でのいちばんの勉強です」
カメレオンは生まれながらにして、舌を長くのばせたり、体の色を変えたりすることができます。だけど、カメレオン学校の生徒たちは、どこかに不都合を感じて、ここにやってきています。木登りがへた、目をくるくる回せない、舌がすばやくのばせない、うまく体の色を変えることができないとか、いろいろです。
だれにも、苦手なことがあるものです。それらをおぼえて、この学校を卒業していくのです。もし、おぼえられなくても、それはそれで卒業して、自分で切り開いていかなければなりません。そのあと、どんなつらい人生が待っているかもしれません。そのことを知っている先生方は、ついきびしい授業をすることがあります。でもそのことは、ぼくたちにはなかなか伝わってきません。
さて、デコツノにも苦手なものがありました。舌を自由にあやつることです。自由に使えないから、うまくしゃべれないことにもなります。この時間だけは、デコツノもおとなしくしています。だけど、うまく言葉が出てこないせいか、デコツノは、何かちょっと気にいらないことがあると、力にものを言わせます。いつもそれで解決しようとするから、なかなか舌をあやつることも、上達しないことになります。
「デコツノ、もっと長く舌をのばすんだ。それじゃあ、バッタもとれないぞ」
「先生にそんなこと言われなくたって、わかっているよ」
「でも、おまえのおとうさんに、しっかり息子をきたえてくれって、言われているからなあ」
「家では、おまえもおれに似て、力があるから、いじめる方にまわっても、いじめられる方にはなるなって、言われているよ」
「・・・」
ハナタカ先生は、次から次へと、宿題をつきつけられてこまった、というような顔をしました。
「舌の練習はこれくらいにして、次は、体の色を変える勉強です。気分を変えて、きょうは外でしましょう」
ハナタカ先生は、みんなに教室を出るように言うと、大きな色紙を持って外に行きました。
「色紙の前に立って、その色に体を変えていきます。これができないと、虫をつかまえる前に、タカやワシに、逆につかまることになります。だから、まじめにやるように」
色紙は、灰色、黄色、緑色、茶色の四まいです。
「きょうは、体の小さいものから順に行います。目標は、三十分以内に、四まいの色紙を移動し終わること」
先頭がミニマで、最後がパーソンの順に並びました。
「では、よーい。スタート!」
ミニマは、色紙の前で、どんどん変色して移動していきました。ウスタレ、ツブヒメも四まいとも移動して、ゴールしました。パーソンは、ぼくを追いぬいて、ゴールしてしまいました。ぼくも、灰色、黄色、緑色と変えることができましたが、茶色のところでなかなか色が変りません。
最後の茶色のところに残ったのは、デコツノとぼくの二人でした。
「うーん、・・。よし、変わった!」
デコツノのタイムは、二八分です。
あと二分で、タイムオーバーです。ぼくは、ひっしで変色しようとしましたが、緑色のままです。
「レオン、三十分過ぎたぞ」
「あと三十分ください。最後まで、やりたいんです」
「わかった。がんばれよ」
ぼくは、何とかして茶色になろうとしましたが、いっこうにその気配はありません。
とうとう、一時間が過ぎました。
「がんばれ、レオン! のろまなレーオン!」
「デコツノ、からかうんじゃない。レオンも、いっしょうけんめいやっているんだ!」
だけど、ハナタカ先生の声は、とどかなかったようです。デコツノは、ウスタレとツブヒメに合図を送りました。
「がんばれ、レオン! のろまなレーオン!」
デコツノが、みんなの背中をつつくものだから、次から次へと、はやし立てる声が大きくなっていきました。
「がんばれ、レオン! のろまなレオン! おばかなレーオン!」
その声は歌となり、大合唱になっていきました。歌わないでいると、デコツノグループの連中がにらみ、歌わずにはいられなくなりました。
おどりだすものも、現れました。レオンの前で変なかっこうをしたり、顔をゆがめたりしました。おどり終わると、次のものにタッチをして、自分はすっとその場からひくのです。おどりは、リレーのようになっていきました。
「がんばれ、レオン、のろまなレオン! おばかなレオン、茶色になれないレーオン!」
「みんな、やめるんだ! 授業は終わりだ!」
ハナタカ先生の声は、だれの耳にも入りませんでした。それどころか、数人の子どもたちに押さえられて、身動きがとれなくなりました。
「だれか、助けてくれー!」
ハナタカ先生の悲鳴を聞いて、ほかの先生たちが、教室から飛び出してきました。
そのときです。ぼくの体が、茶色に変りました。
「キツネザルのふんを、ふんづけたみたい。ああ、くさい、くさい!」
デコツノは、鼻をつまんで、手を横にふりました。みんなも、そのまねをしました。
「ああ、くさい、くさい!!」
ぼくはもう、がまんの限界がきました。ぼくの体は、茶色から、真っ赤になりました。
「お、ああ・・!」
ぼくは、口を大きく開いて、中にかくしていたナイフを取り出しました。
「デコツノ! これで、もう終わりにしよう!」
「わかった、わかった。わかったから、ナイフはしまえ!」
「わかるのが、ちょっとおそかったようだ」
「ゆ、ゆるしてくれ。悪かった。お、おれが、悪かった」
ぼくを止めようと、みんな口ぐちに言いました。
「お願い、やめて!」
「レオン、やめるんだ!」
「もう一度、仲良くやっていこう!」
「今からでも、まだおそくないだろう!」
みんなの声は、ぼくの頭の上高く、うんと遠いところから聞こえてくるようでした。
「もう来るところまで、きてしまったんだ。ぼくは、終わりにしたいんだ!」
デコツノは、こしがぬけて、その場で動けなくなってしまいました。ぼくは、高くナイフをふり上げました。
そして、力いっぱい自分の胸をさしました。
カメレオン学校に入学したとき、みんなそれぞれ弱いところがありました。それをおぎなうように勉強をして、自分ではどうにもならないときには、みんなで助け合っていくんだと思っていました。でも、一年たっても、二年たっても、そんなふんいきはクラスには生まれませんでした。みんな、自分のことでせいいっぱいだったのかもしれません。うわべだけとりつくろって、ここまでやってきてしまいました。
ぼくは、何のために生まれてきたのか。勉強するためか、みんなと競走するためか、人のことを、ばか呼ばわりするためか。ぼくがここにいる目的は、何なんだ!
みんなで遠足に行って、めずらしい虫を見つけたり、いっしょにお弁当を食べたりした。ねころんで、流れる雲を見ていたり、いくつもの歌をおぼえて帰ったり、そんな楽しいこともあった。でも、楽しいことより、つらいこと、悲しいこと、さみしいことの方が多かったような気がする。
ぼくの頭の中に、それら今までのことが、いっしゅんにしてうかんできました。そして、目の前が暗くなるにつれて、それは消えていきました。やがて、細くて平べったいぼくの体が、冷たくなっていくような気がしました。
「レオン。レオン」
おとうさんの呼ぶ声だ。
ぼくは、カメレオン病院で目が覚めました。
「気がついたか? レオン」
「どうして、ここに?」
「クラスのみんなが、おまえをここまで運んだんだ。おとうさんは、先生から知らせをうけて、さっきここにきた」
「ぼく、死ななかったの?」
「こうして話ができるってことは、生きているしょうこ」
ナイフは、急所をはずれていたようです。
「ぼく、遠足に行ったときの夢を見たよ」
「そうかい。その話しは、今度聞かせてもらうよ。それより、今は休むことだ」
「いつ、家に帰れるの?」
「三週間ぐらいかかるそうだ」
ぼくは、また深いねむりにつきました。
思いのほか順調で、ぼくは二週間で退院しました。
「おとうさん。ごめんなさい」
「何がだい?」
「ナイフを持ち出して」
「おとうさんも、はやく気がつけばよかったんだか。それより、生きていてくれて、本当によかった。こうして、またおまえと話ができるんだから。でも、どうして自分の胸をさしたんだい?」
「ぼくは、こわかったんだ。何か目に見えないものが、ぼくを押しつぶしていくようで。人にこわされる前に、自分の手でぼくをこわしたかったんだ」
「でも、おとうさんは、いつでも待っているから、もどっておいでと言ったじゃないか。どうして、帰ってこなかったんだ?」
「みんなが、仮面をかぶりはじめたんだ。とてもこわい仮面を。それが、集団でやってきたんだ。ナイフをふりあげたとき、自分に聞いたんだ。ぼくが生きていることが、だれかのためになるの?ぼくを必要としているの人がいるの? ぼくに何ができるの? ぼくはどうして生きているの?と。ぼくは、わからなかった」
「どうして生きているのか、おとうさんにも、それはわからないよ。おとなになっても、ずっと考えていることなんだから。でも、聞かれたら、しあわせになるためだと言うかもしれない。ところで、レオン、何かしたいことはないかい?」
「何もない」
「じゃあ、家に帰るか?」
「・・、いや、ちょっと待って。一度行ってみたいと思っていたところがあるんだ」
「どこだい?」
「バオバブの木のてっぺん!」
「よし!」
ぼくは、おとうさんのあとをついていきました。太陽に、どんどん近づいていくようです。あたたかな空気のにおいがしてきました。
「ここが、木のてっぺんだ。だが、そんなに長くはいられないぞ。タカがどこからか、ねらっているかもしれないからな」
「うん」
そのときです。何千、何万びきという黄色いチョウの群れが、飛んできました。まるで、空に金色の川が流れるようです。小鳥たちが、まわりについて飛んでいましたが、あまりの多さに、手が出せないようです。それでも、はぐれたチョウをねらって、ついて行っているのかもしれません。
「あんなにたくさんのチョウが飛んでいて、どうしてぶつからないんだろう?たった四十人でも、ぶつかってばかりなのに」
「そりゃあ、レオン。教室が、せまいんだろう。せまいと、閉じこめられているみたいだし」
「ねえ、おとうさん。あれは、何?」
チョウの飛んで行く方を、指さしました.
「アフリカ大陸だ」
「だれか、行ったことあるの?」
「いや。まだ、だれも」
「行ってみたいなあ」
「あきらめなければ、いつかきっと行けるよ」
そのときでした。ぼくの背中が、にじ色にかがやきはじめたのは。
そのかがやきは、本当のにじになって、大陸にのびていきました。まるで、マダガスカル島とアフリカ大陸のかけ橋になったように。
「行っても、いいかい?」
「ああ、いいよ」
「おとうさんも、いっしょに行こう」
「おとうさんは、ここに残るよ。おまえは、まだ若い。自分の道を信じて、このにじの橋をわたって行きなさい」
「うん!」
ぼくが、にじをわたろうとしたとき、
「おおい、レオン。おれたちは、置いてきぼりかい?」
と、デコツノの声がしました。
ミニマ、ウスタレ、ツブヒメ、パーソン、クラスのみんなも、いっしょにいました。先生方も、後ろにひかえていました。
うれしさが、こみ上げてきて、
「みんなで、アフリカ大陸に行こう!」
と、ぼくは、思わずさけびました。
やがて、みんなの背中にもにじができて、大陸にのびていきました。
そして、みんな、それぞれのにじのかけ橋をわたりはじめました。それは、カメレオン学校の卒業式でもありました。
参考:口演童話「レオン」
マダガスカル ツイン・パック
出演: ベン・スティラー, クリス・ロック, デビッド・シュワイマー, ジェイダ・ピンケット=スミス
監督: エリック・ダーネル, トム・マクグラス
ユニークな動物たちを主人公にしたファミリーアニメの第1弾と第2弾をセットにしたBOX。動物園から脱走し人間に捕まったライオンのアレックス、シマウマのマーティー、キリンのメルマンら4頭が、マダガスカル島やアフリカ大陸で大冒険を繰り広げる。
画面サイズ: 1.78:1
ディスク枚数: 2
販売元: パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
時間: 175 分
口演童話