話「日高の龍」
むかしむかし、紀州の国の日高地方に、雨が一滴も降らない年がありました。
ある日、村人たちが心配そうに話していました。
「どないしたんやろ。今年は雨が、ひとつも降らん」
「こりゃあ、えらいこっちゃ。米も芋もできんようになる」
「村のもん、みんな、飢えて死んでしまうど」
村人たちは、恨めしそうにかんかん照りの空を見上げました。
そのとき、にわかに空一面に黒雲がわいてきました。
「見てみい! 恵みの雨がやってくるど」
雷の音も、ごろごろと聞こえてきました。あとは稲光が、ぴかっと光れば、大粒の雨が降り注ぐはずでした。しかし、ばりばりばり、どん!と雷が田んぼに落ちただけで、いっこうに雨が降ってきません。
雷が落ちると黒雲は消えて、またかんかん照りの空に戻りました。
「雨粒が落ちるどころか、雷が落ちできた」
「このままだと、みんなほんまに飢えてしまう」
次の日もそのまた次の日も、黒雲におおわれた土地に、いっこうに雨が降ってきませんでした。ただ、雷の音が天高く聞こえたあとに、雷が落ちて、田畑に大きな穴をいくつもいくつもこしらえるだけでした。
「どないしたんなら?」
「きっと、雲の上に化けもんがいて、そいつが雨降らさんようにしてるんや」
日高の川という川は、とうとう干上がってしまいました。
あと三日もすれば、田畑は全滅というとき、干上がった川の中から、大きな亀が姿を現しました。
「な、なんと大きな亀だ」
「川の神の遣いに違いない」
村人たちは、その大きな亀に、
「どうか、わしらを助けてください。雲の上の化け物を退治してくれ」
と手を合わせて、一心に祈りました。
すると、また黒雲がわいてきて、雷の音が鳴りはじめました。次の瞬間、やはり地上めがけて雷が落ちてきました。
ところが、落ちたところが、今度は大きな亀の甲羅の上でした。甲羅に穴が開くと思われましたが、甲羅はとても硬くて、穴が開くどころか、逆に雷を天に跳ね返してしまいました。雷は、黒雲の中を貫いていきました。
そのとき、ぐぎゃーぁ! という大きな鳴き声とともに、空からそれは大きな龍が落ちてきました。龍は、地面に叩きつけられました。雨が、滝のような勢いで降りはじめました。
龍が落ちた地面はくぼんで、そこに雨水が流れ込みました。そして、それは長い長い川になりました。村人たちは、その川を『日高川』と名前をつけました。
後に、大きな亀は、川には帰らず日高の土地を見守り続けました。山のように大きな亀だったので、村人たちは、その亀を『亀山』と名前をつけました。今も亀山に登れば、日高の豊かな土地が一望できます。
和歌山県御坊市:亀山と日高川周辺地図
参考:昔話「日高の龍」
口演童話