口演童話「空飛ぶクモ」
穏やかに西風が吹いているある夏の昼下がり、
一匹の茜グモが、柿の木の枝先を目指して、幹をよじ登っていました。
柿の葉をかき分けかき分け、ある枝先にたどり着きました。
一枚の葉っぱの上からクモは、まぶしい高い空を見上げました。
そして、真っ白な雲が東に流れていくのをしばらく見ていました。
やがて、クモはお尻を突き上げて、銀色の糸を出しはじめました。
糸は細く長く伸びはじめましたが、クモは急に糸を切ってしまいました。
「今日は少し風がきついから、明日にしよう」
そう言って、クモはもと来た道を戻りました。
次の日の朝、その日も穏やかに西風が吹いていました。
クモは、昨日やってきた葉っぱのところまで来ると、
また空を見上げて、流れる雲を見ていました。
ちょうど太陽が真上にやってきた時、
「あの真っ白な雲を運ぶ風のようになるんだ」
と、何かを決心したかのように、クモは糸を出しはじめました。
銀色の糸は、きらきら光りながら昨日よりも長く伸びて、
しっかり葉っぱをつかんでいないと、糸と一緒に飛ばされそうです。
「今日も風はきついし、西の空模様も怪しい。雨が降るかもしれない」
クモは昨日と同じように、途中でまた糸を切ってしまいました。
切られた糸は、行くあてを失い縮れて地面に落ちました。
その時、不意にクモは、空にキラリと光るものを感じました。
次の瞬間誰かが、銀の糸にぶら下がり降りて来ました。
「君は、誰だい?」と、クモは尋ねました。
「俺は、今朝早くに飛び立った虎グモだ。
東に俺より強いクモがいるらしくて、そいつに会いに行くところだ。
だけど、ここに来るまでに、糸もずいぶん傷んでしまって、
お天道様も真上に来たことだし、ここらで一休みというところだ。
ところで、お前はこんな所で何をしているんだ?」
「ぼくは、今日は少し風がきついし、雨も降りそうだから、
飛び立つのは明日にしようと思って、元の巣に帰るところです」
「へへん、風がきついって?雨が降るって?
こんな穏やかな日に雨なんか降るものか。
明日、明日と言っていると、みんな昨日になっちまうぞ。
お前みたいな呑気なヤツと付き合っている暇はない。じゃあ、バイバイ」
虎グモはそう言うと、真新しい糸を出して、また飛んでいきました。
クモは、葉っぱの上に一人取り残されたように、ぽつんといました。
虎グモのように飛び立てば、そこに何か新しい世界が広がり、
今のこの心細さもどこかに消えてしまうと分かってはいるのだけれど、
クモには、その一歩を踏み出す勇気はありませんでした。
勇気がないというよりは、踏み出すチャンスを逃しているのかもしれません。
冒険という夢の中へ飛び込むタイミングがつかめないまま、
クモのまわりの時間は、ただ過ぎて行くだけでした。
突然、カラスが、カーッ!と鳴いて、雲のような月が現れました。
「今なら、まだ間に合うかもしれない」
クモは、銀色の糸をもう一度出しはじめました。
糸は弓なりに長く伸びてゆき、夕日に赤い矢が放たれる瞬間のよう。
クモは、葉っぱをつかんでいるのが辛くなりました。
とうとう耐えられなくなったクモは、つかんでいた葉っぱを放しました。
次の瞬間、クモは茜の空に吸い込まれていきました。
「やっと、風になれた!」
クモは、盃になりはじめた月を横目に、そう叫びました。
それは、茜グモが明日を信じた瞬間でもありました。
参考:空飛ぶクモ
口演童話
穏やかに西風が吹いているある夏の昼下がり、
一匹の茜グモが、柿の木の枝先を目指して、幹をよじ登っていました。
柿の葉をかき分けかき分け、ある枝先にたどり着きました。
一枚の葉っぱの上からクモは、まぶしい高い空を見上げました。
そして、真っ白な雲が東に流れていくのをしばらく見ていました。
やがて、クモはお尻を突き上げて、銀色の糸を出しはじめました。
糸は細く長く伸びはじめましたが、クモは急に糸を切ってしまいました。
「今日は少し風がきついから、明日にしよう」
そう言って、クモはもと来た道を戻りました。
次の日の朝、その日も穏やかに西風が吹いていました。
クモは、昨日やってきた葉っぱのところまで来ると、
また空を見上げて、流れる雲を見ていました。
ちょうど太陽が真上にやってきた時、
「あの真っ白な雲を運ぶ風のようになるんだ」
と、何かを決心したかのように、クモは糸を出しはじめました。
銀色の糸は、きらきら光りながら昨日よりも長く伸びて、
しっかり葉っぱをつかんでいないと、糸と一緒に飛ばされそうです。
「今日も風はきついし、西の空模様も怪しい。雨が降るかもしれない」
クモは昨日と同じように、途中でまた糸を切ってしまいました。
切られた糸は、行くあてを失い縮れて地面に落ちました。
その時、不意にクモは、空にキラリと光るものを感じました。
次の瞬間誰かが、銀の糸にぶら下がり降りて来ました。
「君は、誰だい?」と、クモは尋ねました。
「俺は、今朝早くに飛び立った虎グモだ。
東に俺より強いクモがいるらしくて、そいつに会いに行くところだ。
だけど、ここに来るまでに、糸もずいぶん傷んでしまって、
お天道様も真上に来たことだし、ここらで一休みというところだ。
ところで、お前はこんな所で何をしているんだ?」
「ぼくは、今日は少し風がきついし、雨も降りそうだから、
飛び立つのは明日にしようと思って、元の巣に帰るところです」
「へへん、風がきついって?雨が降るって?
こんな穏やかな日に雨なんか降るものか。
明日、明日と言っていると、みんな昨日になっちまうぞ。
お前みたいな呑気なヤツと付き合っている暇はない。じゃあ、バイバイ」
虎グモはそう言うと、真新しい糸を出して、また飛んでいきました。
クモは、葉っぱの上に一人取り残されたように、ぽつんといました。
虎グモのように飛び立てば、そこに何か新しい世界が広がり、
今のこの心細さもどこかに消えてしまうと分かってはいるのだけれど、
クモには、その一歩を踏み出す勇気はありませんでした。
勇気がないというよりは、踏み出すチャンスを逃しているのかもしれません。
冒険という夢の中へ飛び込むタイミングがつかめないまま、
クモのまわりの時間は、ただ過ぎて行くだけでした。
突然、カラスが、カーッ!と鳴いて、雲のような月が現れました。
「今なら、まだ間に合うかもしれない」
クモは、銀色の糸をもう一度出しはじめました。
糸は弓なりに長く伸びてゆき、夕日に赤い矢が放たれる瞬間のよう。
クモは、葉っぱをつかんでいるのが辛くなりました。
とうとう耐えられなくなったクモは、つかんでいた葉っぱを放しました。
次の瞬間、クモは茜の空に吸い込まれていきました。
「やっと、風になれた!」
クモは、盃になりはじめた月を横目に、そう叫びました。
それは、茜グモが明日を信じた瞬間でもありました。
参考:空飛ぶクモ
口演童話