恐怖体験「異物異臭」
牛田幹雄は、45歳の会社員です。市内の食肉加工の会社に勤務していました。家族は、同い年の妻と、小学校6年の娘と4年の息子です。牛田の勤めている会社は、今経営危機に立たされていました。設備投資をして事業を拡大しようとしたが、思いのほか収益が上がらない。いわんや世間のリストラの嵐も押し寄せてきました。
彼は製造部の主任をしていましたが、部下のちょっとしたミスのために、製造過程にトラブるが起こりました。
「おい、早く機械を止めるんだ。早く!」
彼はあわてて機械をストップさせましたが、もう既に時遅く、機械は壊れてしまいました。数百万の修理代は、会社にとって大打撃です。始末書は書かされる、主任は降格になる、他の社員からも白い目で見られるようになりました。
「牛田のせいで、今年のボーナス、ないんだってよお」
聞こえるように、わざと言う者までいました。だんだん彼の居場所がなくなっていきました。
二十年間働いたからといって、会社は彼にやさしくありませんでした。大幅な人員削減の中に、彼の名も連なりました。やがて名ばかりの送別会があり、うわべだけ惜しまれながら退職することとなりまました。
牛田は、新しい仕事を探しましたが、なかなか就職先が見つかりません。彼の妻もパートに就こうとしましたが、年齢制限のために思うにまかせません。それまでは、一家は貧乏をしながらも楽しい家庭でしたが、仕事が見つからない、この先どうなるのだろうと不安が増して、夫婦喧嘩も平気でこどもらの前でするようになりました。
「早く仕事見つけてよ!」
「そんなこと言うたかて、見つからんもんはしょうがないだろ!」
「本当に探す気がないからじゃないの?」
「何を!」
「会社を辞めなければよかったんだわ」
「思いやりのない会社に、今までどれだけしがみついてきた。それでも、もっと続けろとでも言うのか?」
やがて二人は、喧嘩の原因が辞めた会社のせいだと思うようになっていきました。何とかして、会社に一泡ふかせてやろうと思うようになりました。そして、思い付いたのが、会社への悪戯電話での仕返しでした。短絡といえば短絡でした。人生がうまくいかない時には、考えも希薄なものになってしまうものです。
二人は、間違い電話をわざとしたり、無言電話をしたりして、仕事の能率を下げてやれと思い、実行しました。
そのうち、
「食品の中に毒を入れられたくなかったら、金を用意しろ!」
と、エスカレートしていきました。
脅迫にまったく動じない会社に業を煮やし、二人はある計画を企てました。
その頃、会社は、既に警察に脅迫電話があったことを連絡していて、刑事たちが動きはじめていました。
二人が計画したのは、会社の加工食品の評判を下げて、商品回収を余儀なくさせてやろうということでした。ちゃんとしたハムを買ってきては、それに細工をして、変な臭いがすると店に持って行ったり、異物が入っていたと苦情を言いに行ったりしました。不特定多数のスーパーに、クレームの電話も入れました。
「うちの生活が苦しいのは、みんなあの会社のせいよ」
こどもにも電話をかけさせて、犯罪に荷担させました。
一方警察は、脅迫電話の逆探知ができません。指定の場所にも、犯人は現れません。また、食品に対する苦情はたくさんあるのに、当然、消費者の名前も連絡先もでたらめのものばかりでした。どうも個人的に会社に恨みのあるものが、異物異臭騒ぎを起こしているのではないかと、警察は感づきはじめました。会社とトラブルがあった業者の洗い出しや、最近退職したものの調査をはじめました。
やがて、捜査線上に牛田の名が上がり、事情聴取であっさり口を割ることになりました。牛田夫婦は逮捕されました。
働こうとしても働く場所がない、働いていてもそこに居場所がない、世紀末の労働者難民を生み出す背景が、取り調べの際に見え隠れしました。人間を支えるのが、社会なのか、仕事なのか、家族なのか、自分自身の心のあり方なのか、そんな気持ちが刑事たちの頭をよぎりました。社会の闇と恐怖を見たような気がしました。
食品衛生べからず集―食品工場必携
イカリ消毒 (編集)
「食の安全」に対する消費者の意識が高まりを見せる昨今。製品に異物が混入していたり、細菌に汚染されていたりしたら、お客様に大きな不利益をもたらすだけでなく、食品製造現場や食品関連企業にとっても、まさに“命取り"となる時代。そこで、管理者から正社員・パートタイマーを問わず現場の従業員1人ひとりにいたるまで、徹底した衛生管理が求められています。
本書では、食品工場に従事される方が、出勤時から退社するまでの間、食品の衛生管理について注意すべきポイントを「~するべからず」としてまとめました。各項目で実施内容や方法についてだけでなく、「なぜしてはいけないのか」という理由を交えて解説しています。
参考:恐怖体験「異物異臭」
恐怖体験
牛田幹雄は、45歳の会社員です。市内の食肉加工の会社に勤務していました。家族は、同い年の妻と、小学校6年の娘と4年の息子です。牛田の勤めている会社は、今経営危機に立たされていました。設備投資をして事業を拡大しようとしたが、思いのほか収益が上がらない。いわんや世間のリストラの嵐も押し寄せてきました。
彼は製造部の主任をしていましたが、部下のちょっとしたミスのために、製造過程にトラブるが起こりました。
「おい、早く機械を止めるんだ。早く!」
彼はあわてて機械をストップさせましたが、もう既に時遅く、機械は壊れてしまいました。数百万の修理代は、会社にとって大打撃です。始末書は書かされる、主任は降格になる、他の社員からも白い目で見られるようになりました。
「牛田のせいで、今年のボーナス、ないんだってよお」
聞こえるように、わざと言う者までいました。だんだん彼の居場所がなくなっていきました。
二十年間働いたからといって、会社は彼にやさしくありませんでした。大幅な人員削減の中に、彼の名も連なりました。やがて名ばかりの送別会があり、うわべだけ惜しまれながら退職することとなりまました。
牛田は、新しい仕事を探しましたが、なかなか就職先が見つかりません。彼の妻もパートに就こうとしましたが、年齢制限のために思うにまかせません。それまでは、一家は貧乏をしながらも楽しい家庭でしたが、仕事が見つからない、この先どうなるのだろうと不安が増して、夫婦喧嘩も平気でこどもらの前でするようになりました。
「早く仕事見つけてよ!」
「そんなこと言うたかて、見つからんもんはしょうがないだろ!」
「本当に探す気がないからじゃないの?」
「何を!」
「会社を辞めなければよかったんだわ」
「思いやりのない会社に、今までどれだけしがみついてきた。それでも、もっと続けろとでも言うのか?」
やがて二人は、喧嘩の原因が辞めた会社のせいだと思うようになっていきました。何とかして、会社に一泡ふかせてやろうと思うようになりました。そして、思い付いたのが、会社への悪戯電話での仕返しでした。短絡といえば短絡でした。人生がうまくいかない時には、考えも希薄なものになってしまうものです。
二人は、間違い電話をわざとしたり、無言電話をしたりして、仕事の能率を下げてやれと思い、実行しました。
そのうち、
「食品の中に毒を入れられたくなかったら、金を用意しろ!」
と、エスカレートしていきました。
脅迫にまったく動じない会社に業を煮やし、二人はある計画を企てました。
その頃、会社は、既に警察に脅迫電話があったことを連絡していて、刑事たちが動きはじめていました。
二人が計画したのは、会社の加工食品の評判を下げて、商品回収を余儀なくさせてやろうということでした。ちゃんとしたハムを買ってきては、それに細工をして、変な臭いがすると店に持って行ったり、異物が入っていたと苦情を言いに行ったりしました。不特定多数のスーパーに、クレームの電話も入れました。
「うちの生活が苦しいのは、みんなあの会社のせいよ」
こどもにも電話をかけさせて、犯罪に荷担させました。
一方警察は、脅迫電話の逆探知ができません。指定の場所にも、犯人は現れません。また、食品に対する苦情はたくさんあるのに、当然、消費者の名前も連絡先もでたらめのものばかりでした。どうも個人的に会社に恨みのあるものが、異物異臭騒ぎを起こしているのではないかと、警察は感づきはじめました。会社とトラブルがあった業者の洗い出しや、最近退職したものの調査をはじめました。
やがて、捜査線上に牛田の名が上がり、事情聴取であっさり口を割ることになりました。牛田夫婦は逮捕されました。
働こうとしても働く場所がない、働いていてもそこに居場所がない、世紀末の労働者難民を生み出す背景が、取り調べの際に見え隠れしました。人間を支えるのが、社会なのか、仕事なのか、家族なのか、自分自身の心のあり方なのか、そんな気持ちが刑事たちの頭をよぎりました。社会の闇と恐怖を見たような気がしました。
食品衛生べからず集―食品工場必携
イカリ消毒 (編集)
「食の安全」に対する消費者の意識が高まりを見せる昨今。製品に異物が混入していたり、細菌に汚染されていたりしたら、お客様に大きな不利益をもたらすだけでなく、食品製造現場や食品関連企業にとっても、まさに“命取り"となる時代。そこで、管理者から正社員・パートタイマーを問わず現場の従業員1人ひとりにいたるまで、徹底した衛生管理が求められています。
本書では、食品工場に従事される方が、出勤時から退社するまでの間、食品の衛生管理について注意すべきポイントを「~するべからず」としてまとめました。各項目で実施内容や方法についてだけでなく、「なぜしてはいけないのか」という理由を交えて解説しています。
参考:恐怖体験「異物異臭」
恐怖体験