口演童話「小さな太陽たち」
登場人物
太陽人/カリン、ソラ、スウ、太陽最高議会の議長マーシャ、太陽救助隊、科学者たち
アルファ星人/ニド、ミド、シド、イド、ガンマ、ガンマのクローン、マンガ
コメット星人/チャー、チュー、チョー、ハレーすい星代表マスター・イー
地球人/鉱石調査隊のガードマン、ムーンサーバー隊
太陽系/パトロール隊員のギャラパ、火星人、木星人、海王星、太陽系放送局
あらすじ
SF「小さな太陽たち」は、太陽系を舞台に、リトル・サンというグループの少年少女たちが活躍する物語です。
あるとき、グループの少年カリンは、小型宇宙船に乗り、木星、火星で持ち上がった事件に取り組んでいましたが、ハレーすい星が太陽にぶつかるかもしれないという危機に直面します。すい星には、八〇億という人びとが暮らしていて、その救助に当たらなければなりませんでした。
しかし、カリンは遠くにいて、救助に間に合いません。そこで、リトル・サンの管制室の少女ソラとスウがその任務に就くことになりす。何とかすい星を元の軌道にもどすことができますが、スウが、リトル・サンを辞めると言い出します。別れのあとには出会いがあり、スウのあとに新しいメンバーが加わります。
ある日、カリンと新メンバーが、太陽系のゴミ回収のために、ゴミ再生工場の宇宙ステーションに飛び立ちます。ところが、新メンバーのチャーが、ブラックホールに吸い込まれるという事故が発生します。
カリンたちは悲しみにくれていましたが、ブラックホールから帰還した犯罪者ガンマのことを知ります。カリンたちは、ガンマから瞬間移動装置の秘密を盗み取り、ぶじチャーを救い出します。
そのころ、ガンマは、瞬間移動の秘密を海賊に売って金もうけをしていました。海賊たちは宇宙船から金品をうばい、瞬間移動して逃げてしまうという手際の良さです。この事態を重く見て、リトル・サンのニドとシドの二人が、未来に行って、この問題をとく鍵を見つけに旅立ちます。
ニドとシドは、未来がわかるというホワイトホールに入りましたが、知りたい未来は見えてきません。帰還した二人の報告から、カリンたちは宇宙の広大さを知るばかりでした。
コロナ号発進
宇宙がひとつしかないと思っていると、とんでもない誤解をすることになります。ひとつの宇宙のとなりには、見えないもうひとつの宇宙がよりそっています。そして、そのとなりにはもうひとつの宇宙というように、たくさんの宇宙と時間が交差して、未来の糸が紡がれていきます。では、紡がれた太陽系の一本の糸を見てみましょう。
太陽のドアが開いて、勢いよく宇宙船コロナ号が飛び出しました。コロナ号は、太陽系の惑星間を行き来する一人乗りの小型宇宙船です。コロナ号の外側はシールドされていて、太陽の高熱が船内にはとどかないようになっています。もし、このシールドがなければ、太陽を飛び出すときに、たちどころにコロナ号の操縦士は、六〇〇〇度という熱で焼け死ぬことになります。
今飛び出したコロナ号を操縦しているのは、リトル・サンのメンバーで、カリンという一五才の少年です。カリンは、おもにコロナ号の操縦をしています。現在、リトル・サンのメンバーは、カリン、ソラ、スウの三人です。ソラとスウは一四才で、リトル・サンの管制室で働く少女たちです。三人は、太陽の中に住む太陽人でもあります。
太陽の内側は空洞になっていて、真ん中には小さな太陽があります。ですから、太陽の中の世界は惑星とはちがっていて、いつも太陽が輝いています。内側がシールドされているために、太陽人たちはその中で暮らすことができるのです。太陽そのものは、太陽人のメインコンピューターとつながっていて、人びとは自由に太陽と話すことができます。宇宙では、星も惑星もみんな生きているのです。
リトル・サンには、コロナ号のような宇宙船が全部で一〇機あります。しかし、たった三人のメンバーでは、宝の持ちぐされということになります。メンバーを募集してはいるのですが、いっしょにリトル・サンの仕事をしたいという人がいません。リトル・サンの仕事が、まだ広く人びとに知られていないからかもしれません。
さて、太陽を飛び出したカリンの操縦するコロナ号は、木星をめざして飛んでいました。カリンは、銀河系宇宙局にいたことがあり、宇宙船の操縦の腕はばつぐんです。太陽系交通局のルールでは、緊急のときは、秒速一〇〇〇キロでコロナ号は飛んでもいいことになっています。
「ストップ! ストップ!」
太陽系交通局のパトロール隊が、コロナ号を止めました。コロナ号のエンジンは、動かないようにロックされてしまいました。
コロナ号のエンジンをロックしたのは、パトロール隊員のギャラパでした。
「ずいぶん急いでいるようだが、スピードオーバーですよ。宇宙船の運転免許証を見せてください」
「早く木星に行かないといけないんです。それに、スピードオーバーはしていないはずです。エンジンのロックをはずしてください」
「秒速一〇〇〇キロは、れっきとしたスピードオーバーです!」
カリンは、何だか納得できませんでしたが、ギャラパに免許証をさしだしました。さしだしたと言っても、じかに手わたしたわけではありません。宇宙船の中のスクリーンごしに、見せたのです。
「ほう、リトル・サンのメンバーのカリン君かね。いくらリトル・サンのメンバーだからと言って、スピードオーバーはいけません。このあたりは、秒速五〇〇キロ以上だしてはいけません。五〇〇キロもオーバーしていては、止めないわけにはいきません」
ギャラパには、コロナ号が最近このあたりを暴走している小型宇宙船に見えたのかもしれません。
カリンは、なぜコロナ号が止められなければいけないのかわかりませんでした。早く木星に行かなければと、気がせくばかりです。
「今は緊急出動ですから、秒速一〇〇〇キロまでは、スピードをだしてもいいはずです」
「もし、緊急出動であるなら、赤色灯を回すか、サイレンを鳴らさないといけません。しかし、この小型宇宙船は、そのどちらもしていません。ということは、一般の宇宙船と同じあつかいになります」
カリンは、「しまった!」と思いました。あわてて飛び出したので、赤色灯も回さず、サイレンも鳴らさず飛んでいたようです。
「もう、こうなったら、食べるしかないな」
カリンはそう言うと、非常食として積んでいたクッキーを食べはじめました。このクッキーはソラが作ったもので、彼女はケーキやお菓子を作るのが得意でした。
「どうしたのかしら。コロナ号が、さっきから動かないのよ」
管制室のレーダーでコロナ号を追いかけていたソラが、そう言いました。
「本当に止まったままねえ。エンジントラブルかしら」
と、スウが言いました。
「こちら管制室のソラ。コロナ号応答せよ。・・・。カリン、どうしたの?」
「いやあ、まいったよ。スピードオーバーでつかまっちゃって。今まで、止められていたんだ。おちつくには、何か食べたほうがいいと思って、ソラのクッキーを食べさせてもらったよ」
「クッキー、おいしかった?」
「ああ、とてもおいしかったよ。また、たのむよ」
「それで、スピードの方はちゃんと守っていたんでしょうね?」
「守ってはいたんけど、サイレンを鳴らさず飛んでいたもんだから、一般の宇宙船と同じに見られたんだ」
「そう。それは、わたしたちの方が悪いわね。安全を守る義務をおこたったということだから。カリン、気をとりなおして、急いで木星まで行ってね」
「オッケー!」
コロナ号は、赤色灯を回し、サイレンを鳴らして、秒速一〇〇〇キロで木星へ向けて飛びました。
木星
やがて、コロナ号は木星につき、カリンは、言語翻訳マシンのダイヤルを木星にあわせました。
「木星さん、いったいどうしたのか、くわしく教えてください」
カリンがそう言うと、何とも元気のない木星の声が、言語翻訳マシンのスピーカーから聞こえてきました。
「最近、耳なりがひどいんです。今こうしているときにも、何だか気持ちが集中できなくて、・・。自転していても、そのリズムがくるっているんじゃないかと、・・。自分の話すことやしていることに自信が持てなくて、・・。今、あなたにも失礼なことをしているんじゃないかと、心配です」
だれでも耳なりがして、その原因がわからないとなると、不安になるものです。もし、このままほうっておいたら、木星人たちにも、悪い影響を与えます。
リトル・サンの使命は、困っている人がいれば、できることはないかと聞き、病気の星があれば、その力になることです。
「木星さんの耳なりの原因が何なのか、さっそく調べてみましょう」
「お、おねがいします」
やはり元気のない木星の声です。
最初カリンは、耳なりは電磁波のせいかもしれないと思い、電磁波カウンターで調べてみました。しかし、特に強い電磁波は、計測されませんでした。次に、音波センサーでも調べましたが、害になる音波も見つかりませんでした。カリンは耳なりの原因が何なのか見当もつかず、言語翻訳マシンの前で、首をかしげてしまいました。
「ところで、耳なりはどんなふうに聞こえるんですか?」
「ぽわん、ぽわん、しゅーぎなーん」
「不思議な耳なりですね。今度はこの惑星に、そんな音があるのか調べてみましょう。もし同じ音があれば、それが耳なりの原因かもしれません」
カリンは、木星のどこかにそのような音がないか、木星のすべての音のデータをコロナ号のコンピューターに取りこみました。しかし、そのような不思議な音は、どこにも見つかりませんでした。わかったのは、木星には音が非常に少ないということです。
「どおりで、この惑星は静かだと思った」
今度はすべての音の中から、音楽のデータだけを取り出してみました。
「おや? 音楽のデータがほとんどないぞ。そうか、木星の耳なりの原因がわかったぞ!」
耳なりの原因がわからなくて、不安で不安でしょうがなかったカリンは、少し安心しました。
木星の耳なりの原因は、惑星に音楽がないことでした。音楽は、こころをなごませたり、勇気づけたりします。ところが、音楽がないと、不安というものがどんどんふくらんでいきます。それがもとで、耳なりを引き起こしたというわけです。
「こちらカリン。管制室、応答願います」
「こちら管制室のソラ。カリン、どうしたの?」
カリンは、ソラに木星のことをくわしく話しました。
「それじゃあ、木星のためになる音楽を探してみるわ。それを木星人の最高議会に提出して、木星中に流してもらいましょう。音楽のことなら、スウの方がくわしいから、彼女に探してもらうわ」
スウは、太陽系の音楽を集めたデータベースの中から、ひとつ音楽を選んできました。
「ねえ、ソラ。この交響曲第四一番はどうかしら?」
「だれが、作曲した曲なの?」
「地球人のモーツァルトという人が作ったものよ」
「スウがおすすめの曲なら、まちがいないでしょう。まずは、この曲を木星の最高議会に提出しましょう。一曲じゃ、耳なりはなおらないかもしれないので、もっと曲を探しておいてね」
木星の最高議会は、衛星イオにありました。議会は、自分たちの惑星に音楽が少ないことに気づき、音楽による木星の改造計画をすすめることになりました。スウから音楽の情報をたくさん受取り、今まで沈黙の中で暮らしていた木星人でしたが、何だか急ににぎやかになりはじめました。木星人たちはうきうきした気分を味わい、木星もリズムよく自転をしはじめました。
スウは、木星との交信が多くなるにつれて、木星人の暮らしぶりなどを知ることになりました。
木星はヘリウムや水素というガスのかたまりですから、木星人のほとんどは、数個ある衛星で暮らしていました。ガスの海に船をうかべて、ゆらゆらゆれながら暮らす木星人もいましが、彼らはいつも危険と隣り合わせです。大海原の赤いたつまきにのみこまれて、何人もの人が命をおとしたこともありました。
カリンは、木星人の中から太陽系の歌姫がうまれることを願って、秒速三〇〇キロでゆっくりと木星をはなれました。
黄色い宇宙船
カリンは、仕事の帰りに白鳥座を見るのが好きでした。暗い宇宙に大きなつばさを広げて、白鳥が飛んでいる姿を思いうかべると、自分がゆったりした気持ちになっていくのがわかりました。あせらず、それでいて確実に、未来に飛んで行く自分の姿が、イメージできました。リトル・サンのメンバーは、こういった気持ちを持つことが大切です。
突然、コロナ号の自動ブレーキが作動し、スピードが落ちはじめました。
「おや? まわりに宇宙船が、やけに多くなってきたぞ」
コロナ号のスピードは、どんどん落ちていきました。秒速二〇〇キロ。一〇〇キロ、五〇キロ、一〇キロ、一キロ、ゼロ。とうとうコロナ号は、止まってしまいました。
「こちらカリン。管制室、応答願います」
「こちら管制室のソラ。何かあったの?」
「渋滞にまきこまれたみたいだ。木星と火星の間の交通情報、何かでていないかい?」
「交通局からの発表では、宇宙船といん石がぶつかったようね。宇宙船の燃料が飛びちって、スピードが出せないために渋滞しているとのことよ」
「宇宙船の乗組員たちは、だいじょうぶかい?」
「けがをした人が数人いるようだけど、乗組員は全員ぶじとのことよ」
「了解。どうもありがとう」
コロナ号は、進んでは止まり、止まっては進みと、少しずつしか動くことができませんでした。やがて、事故の現場にやってきました。いん石とぶつかったのは、黄色い宇宙船のようです。後ろの燃料タンク部分が破損して、燃料がもれ出したようです。
事故の整理にあたっていたのは、太陽系交通局のギャラパでした。
「やあ、これは、カリン君。木星からの帰りかね?」
「はい。ところで、あの宇宙船は、どこの星からやってきたんですか?」
「あれは、オリオン座からやってきた修学旅行の宇宙船だ。宇宙船の横にある馬のマークを見れば、だいたい見当がつくだろう」
オリオン座には、星が見えない黒い馬の形をした部分があります。これは星がないのではなく、黒い馬がその前にいるから見えないのだ、という伝説がありました。
カリンはコロナ号を黄色い宇宙船の横につけ、言語翻訳マシンのダイヤルをオリオン座に合わせました。
「はじめまして、リトル・サンのカリンです。けが人がいるとうかがいましたが、・・?」
「わたしは、オリオン座アルファ星のイドと申します。この修学旅行の責任者であり、学生たちの教師でもあります。いん石とぶつかったときに、数人の学生がころんでけがをしましたが、全員かすり傷です。ご心配していただき、ありがとうございます」
「ちょっと、けがをした方の傷口を見せていただけますか?」
いん石と衝突事故をおこすと、あとで厄介なことになることがあります。それは、いん石の中にとじこめられている未知のばい菌が、傷口から入ることがあるからです。それを心配して、カリンはイドに聞いたのでした。
スクリーンに映しだされたけが人の傷口を見ると、そう心配するような傷ではありませんでした。しかし、大事をとって、カリンは抗菌シールを取り出しました。
「抗菌シールをお渡しします。透明なシールの中には、感染のおそれがあるばい菌にきく薬がしみこんでいます。それを二四時間、傷口にはっておいてください。もし、途中シールが赤くなったら、抗菌作用が落ちたということですから、シールを交換してください」
リトル・サンの使命は、困っている人がいれば声をかけて、できることがあればすすんで実行することです。ただ単に管制室に入ってきた救助信号をキャッチして、コロナ号を飛ばすことではありません。また、出会いというものも大切にしています。
火星
交通渋滞の向こう側には、たくさんの星が輝いていました。カリンは、コロナ号のスピードを上げました。
突然、管制室から連絡がはいりました。今度は、火星に行ってほしいというのです。コロナ号は、火星をめざし、方向を変えました。もちろん、赤色灯を回し、サイレンを鳴らして、秒速一〇〇〇キロで。
火星についたカリンは、一目で火星のひどさがわかりました。言語翻訳マシンを火星にあわせましたが、解読不能です。それ程火星の状態が悪かったのです。
あちこちの火山が、黒い煙をはいています。このままでは、火星人たちの肺や気管支がやられてしまいます。空が黒い雲でおおわれて、地上に太陽の光もとどかなくなり、巨大ドームで育った植物たちも、このままではもやしになってしまいます。
カリンは、火山の真上にやってきて、コロナ号で火口の中に飛びこみました。もちろん、コロナ号はシールドされているので、溶岩にとけてしまうことはありません。火口の中には、異常は見つかりませんでした。別の火山も調べましたが、結果は同じでした。
今度は、火山の煙と灰を調べることにしました。煙と灰のサンプルを少しとって分析したところ、そのどちらにも、凶悪な宇宙カビと銀河ウィルスが見つかりました。
電子顕微鏡のモニター画面には、宇宙カビと銀河ウィルスが、映しだされました。
「こいつらが、戦争をしているから、火星の表面がこんなにも熱いんだな」
原因がわかったので、カリンには問題がすぐ解決するように思えました。しかし、そうあまくはありませんでした。
「こちらカリン。管制室、応答願います」
「こちら管制室のソラ。何が原因で、火星はそうなったのかしら?」
「宇宙カビと銀河ウィルスの戦争が、原因らしいんだ。こいつらをやっつける薬はないか、調べてみてくれないか?」
「わかったわ。調べて、すぐまた連絡するわ」
しばらくたって、
「カリン。宇宙カビと銀河ウィルスのことがわかったわよ」
「で、どんな薬がきくんだい?」
「それがねえ。ウィルスにきく薬は手にはいるのだけど、カビにきく薬はないのよ」
「じゃあ、ウィルスをやっつけても、カビが火星を支配するということかい?」
ソラが、太陽のメインコンピューターで調べた結果、今回の火星のようなケースが、過去にふたつあったことがわかりました。ソラは、そのことをカリンに説明しました。
「過去のへび使い座のケースでは、ウィルスをやっつけたところまでは良かったのだけど、最後にはカビに支配されて、その星の人たちはみんな星を追い出されたの。宇宙空間に大きなステーションを作って、今ではみんなそこで生活しているわ」
「それって、ふるさとの星がなくなったのと同じことだね。このままじゃあ、火星人たちも、自分たちの星を追い出されるのかい?」
「でも、もうひとつふたご座のケースがあるわ。そこでは、宇宙カビと銀河ウィルスを小さなカプセルに閉じこめることに成功したの。それはねえ。・・・」
突然、コロナ号と管制室との連絡が、切れました。コロナ号に宇宙カビがはりついて、連絡を妨害したのでした。カリンは、すぐにコロナ号にバリアスクリーンをはりました。これ以上カビたちが、コロナ号にはりつかないようにするためです。すでにはりついたカビは、熱線で焼きはらいました。
「カリン、応答願います! カリン!、・・」
ソラはずっと心配で、カリンの名前を呼びつづけていました。
「こちらカリン。今、カビにおそわれそうになったんだ。でも、もうだいじょうぶ」
「ああ、よかった。急に連絡できなくなったので、心配したわ」
「それで、さっきのつづきを話してくれないか?」
「そうそう、ふたご座のことよね。それでね。宇宙カビと銀河ウィルスをよく調べると、銀河ウィルスの方が強いことがわかったのよ」
「それじゃあ、簡単だ。このままほうっておいて、カビがウィルスにやられるのを待って、あとは薬でウィルスをやっつければいいんだ」
「それが、そう簡単にはいかないのよ」
いったん戦争がはじまると、自分たちの生きのびることばかり考えるから、いろんな問題が出てきます。宇宙カビと銀河ウィルスの戦争も同じでした。
火星の火山爆発の原因がわかっても、目の前にいるカリンには、解決の手立てはありませんでした。
「何とかならないのかい? ソラは、カビやウィルスのような微生物にくわしいんだから」
「弱いカビとウィルスは、戦争で死んでしまうわ。生き残るのは強いカビと強いウィルスなの。でも最後は、いちばん強いウィルスだけが生き残るの。ウィルスに効く薬はあっても、最後に生き残る強いウィルスには、まだ特効薬はないの」
「じゃあ、火星人たちはみんな、最後に強いウィルスに感染してしまうのかい?」
「それで、ふたご座のケースを参考に考えたんだけど、・・。カビがウィルスにやられて数がへり、ウィルスの数が少し増えたとき、薬を使ってウィルスの数をカビの数までへらすの。これをくりかえして、カビとウィルスの数をへらすの」
「それから、どうするんだい?」
カリンは、微生物のことにくわしくないので、ソラの言うことを熱心に聞きました。
「そんなふうにして、カビとウィルスのバランスを薬で調節して、強いウィルスが生まれないようにするの。そして、火星人たちの科学力でコントロールできる数まで、カビとウィルスの数をへらすの。ふたご座の人たちは、そうして自分たちのふるさとを守ったらしいの」
「ぼくの専門じゃないから、何だかややこしいなあ。ところで、ウィルスにきくという薬は、どこにあるんだい?」
「その薬は、火星にもあるはずよ。今から資料を送信するから、火星の議会にも提出して、説明してね」
「え? 微生物にくわしくないぼくが、・・。説明するのかい?」
「だって、わたし、そっちにすぐ行けないもの。火星の運命がかかっているのよ」
「りょ、了解」
自信のないカリンの声が、リトル・サンの管制室に流れました。
リトル・サンのメンバーは、自分の専門じゃないことでも、その任務につかないといけないことがあります。経験したことだけしていては、この仕事はつづかないことになります。
考えてみれば、いつも新しい明日がくるわけで、その新しい明日でする経験はその日にとっては、すべてが新しいことです。カリンもそう考えることによって、また気持ちをきりかえました。
ハレーすい星
カリンが火星での任務をおえて帰ろうとしたとき、また緊急連絡がはいりました。
「カリン! 大急ぎで帰ってきて! 太陽につっこんでくるの!」
「いったい、何が太陽につっこんでくるって言うんだい?」
エンジントラブルでコントロールのきかない宇宙船なら、その宇宙船とドッキングして、つっこむ前に乗組員を助ければいいし、それなら、ソラやスウにもできるはず。
「すい星が、つっこんでくるのよ!」
「すい星の一個や二個ぐらいで、太陽はびくともしないはず。どうして、そんなに大さわぎしているんだい?」
「そのすい星には、たくさんの人が住んでいるの。わたしたち二人だけで、その人たちを救えないわ」
カリンにも、だんだん状況がのみこめてきました。
リトル・サンの管制室から送られてきた情報によると、すい星は「ハレーすい星」と言い、ふらふら宇宙を飛びながら、ほぼ太陽に衝突する軌道を飛んでいるらしいとのこと。ハレーすい星には、コメット星人八〇億人が住んでいました。
こんな大事件では、もしかする今回はリトル・サンの出番はないかもしれません。ハレーすい星が太陽にぶつかるまで、あと三六時間。運命の時間は、刻一刻とせまってきています。
ハレーすい星が太陽にぶつかる運命の時間には、カリンは太陽にもどれそうにありません。しかし、カリンは、リトル・サンが役立てることがあるなら、どんなことでもしようと思っていました。
「ぼくたちに、できることはないかい?」
「まだ情報が不足していて、何ができるかどうかわからないわ」
「太陽の最高議会には、連絡をとったのかい?」
「連絡をとったわ。これからどうしようかと、議会も大さわぎよ」
「ハレーすい星からの連絡は、どうなっている?」
「向こうも大変な混乱で、状況がはっきりしないのよ。何でも、流星群と衝突して、シールドがこわれたらしいの」
「それで、すい星のレーダー機能がおかしくなって、ふらふら飛んでいるんだな」
「何か、すい星のレーダー機能を回復させる方法はないかしら?」
「情報が不足していて、まだ対策を立てるのはむりだ。太陽の最高議会とさらに連絡をかわして、すい星の情報ももっと集めてくれ。流星群のことも、もっと知りたい」
今までカリンは、管制室の指示で動くことが多かったのですが、今回は逆です。ひょっとすると実際に行動するのは、ソラとスウになるかもしれません。実際の事件、事故に直面すると、あわててしまって普段の力がはっきできないものです。管制室の二人には、今回いつもの冷静さはありませんでした。
ハレーすい星のレーダーであるしっぽが折れたのでは、その軌道を修正するのは簡単ではありません。もともとハレーすい星は七六年周期で太陽系にもどってくるのですが、広い宇宙で迷子にならずにもどってこれるのは、しっぽのおかげです。この大事なしっぽのレーダー機能がこわれたのでは、飛ぶべき方向がわかりません。
時間は、容赦なく過ぎていきます。太陽とすい星の衝突まで、あと三四時間です。問題を解決する早道は、正しい情報をたくさん手にいれることです。早く修復という大手術をしないと、太陽とすい星は衝突してしまいます。この大手術には、コメット星人八〇億人の命がかかっています。
「ソラ。その後、何かわかったかい?」
「今わかっているのは、ハレーすい星のしっぽのシールドをこわしたのは、しし座の流星群ということ。過去にこの流星群に何度か遭遇したことがあったけど、その時は何の被害もなかったこと。ところが、今回ハレーすい星には、シールドのエネルギーの弱くなった部分があったということ」
まだ、情報が不足しています。これだけでは、行動はおこせません。それでも、しだいに情報が集まり、事の重大さが見えてきました。
シールドのエネルギーが弱いと、小さないん石がぶつかっただけでも、大きな影響がでます。それが、レーダー機能を持つしっぽとなれば、すい星の軌道をコントロールできなくなるのも当然です。
どうしてしっぽ部分のエネルギーが弱くなった原因は、ほかにエネルギーをたくさん消費したからでした。というのは、コメット星人の人口が増えて、エネルギーの多くを生活エネルギーとして使ったためでした。
今、コメット星人たちができるのは、何とか内部から補助シールドで、すい星の内部環境を保つことだけです。流星群との衝突で、大きくずれてしまった軌道を修正する技術は、今のコメット星人にはありませんでした。
解決策は、宇宙空間にあるすい星のしっぽのところに行き、専門の技術者がシールドを修復することですが、・・。
「こちら、太陽最高議会のマーシャです」
「こ、こちら、リトル・サンのソラです。何でしょうか? マーシャ議長」
「さっき議会で、ひとつの結論がでて、リトル・サンに協力してほしいことがあるのだ」
「それで、わたしたちが、どんな協力を?」
「まずは、サルベージ宇宙船にシールド修復のリペアマシンを積んで、太陽救助隊が今回の任務につこうと考えておる」
「太陽救助隊は、いちばん勇敢な救助隊です。その救助隊が出動するのであれば、わたしたちの出番はなさそうですが」
「いやいや君たちには、重要な任務があるんだ」
リトル・サンに、何ができるというのでしょう。たった三人のリトル・サンに。
太陽救助隊は、かずかずの救助活動で活躍してきました。宇宙ステーションの大火災から、たくさんの人たちを助け出したこともありました。地割れに落ちた宇宙船を引き上げたこともありました。太陽救助隊は、太陽系の中でいちばん信頼できる救助隊です。
「こわれたしっぽを修復するのは、太陽救助隊だが、その現場に行くのは容易なことではない。軌道が不安定なすい星のしっぽにたどりつくには、冷静にサルベージ宇宙船を誘導できなくてはならない。また、リペアマシンを使うタイミングをちゃんと指示できなくてはならない。君たちには、その役をお願いしたいのだ」
マーシャ議長は、リトル・サンを信頼して、そう言いました。
「そ、そんな重要な任務を、わたしたちが?」
ソラとスウは、顔を見合わせ、返事に困りました。
信頼されることは、誇りに思っていいことかもしれませんが、サルベージ宇宙船を誘導して、リペアマシンを使う指示をどうだしたらいいのか、ソラとスウにはわかりませんでした。
二人は、カリンに連絡をとりました。
「ねえ、カリン。今度の任務をやりとげる自信がないのよ。どうしたらいい?」
カリンが太陽に帰ってこれるのは、四〇時間後。それでは、間に合いません。カリンはアドバイスするだけで、最後の決断をするのは、ソラとスウです。迷っているうちにも、時間は過ぎていきます。
衝突!?
太陽とハレーすい星の衝突まで、あと二五時間。
「ぼくが行けたらいいのだが、・・。君たち二人が、やるしかないだろう。マーシャ議長は、君たちならできると思って、頼んできたんだ。もし君たちが信じられないなら、何も頼みはしないだろう。やるかやらないかは、ぼくが決めることじゃない。二人が、決めることだ」
ソラは、コロナ二号の、スウは、コロナ三号のハンドルをにぎりました。
「行くわよ! スウ」
「オッケー! ソラ」
二人は、二隻のサルベージ宇宙船をしたがえました。
二隻のサルベージ宇宙船は、オアルとネと言う名前でした。ソラはオアル・サルベージを、スウはネ・サルベージを誘導しました。やがて、肉眼でハレーすい星のこわれたしっぽが見えるところまできました。しかし、衝突まで残りあと一八時間でした。サルベージ宇宙船をすい星から一〇万メートルのところに待たせて、ソラとスウはしっぽに近づきました。磁気あらしがひどくて、コロナ号のハンドルが、思うようにいうことをききません。
「ああ!」
「ねえ、だいじょうぶ? ソラ」
「びっくりしたわ。もう少しで、吹き飛ばされるところだった。スウの方は、だいじょうぶ?」
「こっちは、平気よ。でも、このままサルベージ宇宙船が近づいたら、磁気あらしで飛ばされるかもしれまいわ」
「磁気あらしの起こらない磁気の弱いところを探さないと、・・。時間がないわね」
「ちょっと待って、ソラ。確かコロナ号には、磁気センサーがあったわよね?」
「あ、そうか。磁気センサーで磁気の弱いところを探して、そこにサルベージ宇宙船を誘導すればいいんだわ」
ところが、ソラの乗ったコロナ二号は、さっきの磁気あらしのショックで、磁気センサーがこわれてしまっていました。しかたなく、スウの乗ったコロナ三号で、磁気の弱いところを探すことになりました。スウが探している間に、ソラは二隻のサルベージ宇宙船のところにもどり、スウの合図を待ちました。
「こちら、コロナ三号。磁気あらしの弱いところが見つかったわ。Fの三五とMの三六地点よ。ソラは、オアル・サルベージを誘導して、Fの三五地点へ向かってね。わたしは、少しおくれるけど、ネ・サルベージをMの三六地点に誘導するわ」
「わかったわ」
時間は、容赦なく過ぎていきました。衝突まで、あと八時間です。
ソラとスウは、サルベージ宇宙船を予定の地点に誘導しまた。衝突まで残り時間は、あと二時間。すぐにでもリペアマシンを使わなければ、太陽の引力からハレーすい星は抜けることはできません。
「五、四、三、二、一。オアル・サルベージ、リペア線照射!」
「ネ・サルベージも、リペア線照射!」
二隻のサルベージ宇宙船のリペアマシンから、シールド修復のリペア線が照射されました。
二隻のサルベージ宇宙船の救助隊員たちは、四五分間リペア線を照射しつづけました。その甲斐あって、ハレーすい星のやぶれたシールドは修復され、すい星のしっぽは、もとのレーダー機能をとりもどすことができました。修復があと一五分おくれていたら、すい星は太陽の引力にとらわれて、太陽と衝突するところでした。
八〇億の民は喜びの声を上げ、救助に関わった人たち全員に深く感謝しました。
「こちら、ハレーすい星の代表マスター・イーです。このたびは、みなさまの多大なる努力のおかげで、わたしたちの星が救われました。誠にありがとうございました。太陽救助隊のみなさまも、大変お疲れさまでした。太陽のマーシャ議長にも、大変感謝しております。これからわたしたちは長い旅にでて、また太陽系にもどってきますが、その時はエネルギー問題に真剣に取り組んだ姿を見ていただきたく思います。本当にこの度はありがとうございました」
ハレーすい星は、長いしっぽをまるで魔法使いのほうきのようにして、太陽系をはなれていきました。しっぽがあれば、広くて暗い宇宙でも迷子にならずにいられます。しっぽの示す方向の反対側に、いつも太陽が輝いているからです。
「リトル・サンのメンバーになって、まだ一年だけど、こんなに気を張りつめて仕事をしたのは、はじめて。疲れちゃったわ」
管制室にもどったソラは、そう言ってイスに腰をかけました。緊張の糸が切れたように、腕をだらんと下ろして、両足をなげだしました。
スウもテーブルに頭を横たえて、今までのことをぼんやり思い出していました。
「だだいま。ソラに、スウ、やったね! 君たちのおかげでたくさんの人の命が救われて、本当によかった。お疲れさま」
カリンは、そう言ったものの、何だか元気のない二人に、ちょっととまどいました。
「どうしたんだい? 二人とも。元気がないねえ。きっと大役だったので、疲れたんだね」
「疲れたことには疲れたけど、ハレーすい星からは、わたしたちに何の感謝の言葉もないのよ」
「何言っているんだ、スウ。みんな君たちの活躍を見ていたじゃないか。感謝しないはずはないだろう。二人のことは、太陽救助隊として見ていただけだろう」
「わたしたちは、太陽救助隊じゃないわ。リトル・サンよ!」
ソラは、強い口調でそう言いました。
「まあまあ、ちょっと落ちついてくれよ。ぼくたちの仕事は、感謝されるというような、見返りを期待してやる仕事じゃないだろう。リトル・サンのメンバーは、東に困っている人がいればかけつけて、できることはないかとたずね、西に病んでいる人がいれば、その人の話しを聞くことだろう」
「それは、そうだけど、・・」
ソラは、言いたいことが、のどのとこまで出てきているのだけれど、うまく言えなくて、口をつぐんでしまいました。
そのとき、ぽつりとスウが言いました。
「わたし、リトル・サンをやめる」
「え、え?」
カリンとソラは、びっくりして、あとの言葉がつづきませんでした。
別れと出会い
リトル・サンをやめると急に言い出したスウでしたが、カリンには、その理由が見当もつきませんでした。
「いきなり、リトル・サンをやめると言いだして、いったいどうしたというんだい?」
「今度のハレーすい星の仕事が、つらかったからじゃないの。実は、木星で暮らしたいと思ったからなの」
「どうして、木星で?」
「この前、木星で音楽がないと言う事件があったわよね。その後、何度も木星とそのことで交信していてわかったの。わたしの本当にやりたいことが。それは、音楽なの。太陽系を音楽でうるおすことが、わたしの使命に思えたの」
「じゃあ、残されたカリンとわたしはどうなるの?」
ソラが、強い口調で言いました。
「カリンとわたしを残して行ってしまうなんて、そんなの勝手すぎない?自分のやりたいことが見つかったからって、リトル・サンを投げ出していいの?」
すかさず、カリンは、
「そんなことを言うんじゃないよ、ソラ。リトル・サンが結成されたときは、ぼく一人だったんだ。右も左もわからない宇宙で、ぼくは君たちに会える日をずっと待っていたんだ。そして、一年後君たちに出会えて、とてもうれしかった。でも、出会いがあれば、別れもかならず来るものなんだ。ちょっと、その別れが早かっただけじゃないか」
「カリン、ありがとう。ごめんね、ソラ」
ソラは、一度大きく深呼吸をして、
「いいえ、わたしもちょっと言いすぎたわ。スウがいなくなると思ったら、急にさみしくなって、つい言わなくてもいいことまで言ってしまって。ゆるしてね」
その時、管制室のドアをたたくものがおりました。ドアを開けると、そこに立っていたのは、ハレーすい星のコメット星人三人とオリオン座アルファ星のイドでした。
コメット星人たちは、手紙を持っていました。
「リトル・サンのみなさま、この度は大変お世話になり、ありがとうございました。みなさまのおかげで、ハレーすい星は救われました。実は、その活躍ぶりを見ていたチャー、チュー、チョーの三名が、どうしても太陽に残りたいと申しまして、残ってリトル・サンのメンバーとして、働きたいと申します。どうかその志をくみおき、よろしくお願いいたします。そして、かさねてこの度は、本当にありがとうございました」
手紙の主は、ハレーすい星代表のマスター・イーからでした。
コメット星人のチャー、チュー、チョーの三人は順番に、
「足を引っぱることがあるかもしれませんが、一所懸命頑張りますので、どうかよろしくお願いいたします」
「体は小さいですが、コンピューターで大きなログラムを組むことができます。何かお役に立てればと思っています」
「宇宙船の操縦には自信があります。カリンさん、ソラさん、スウさん、これからよろしくお願いします」
カリンとソラは、にこっと笑ってうなずきましたが、スウは、ちょっとてれ笑いをしました。
チャー、チュー、チョーの三人が加わって、リトル・サンのメンバーは、六人になりました。
「カリンさん、おひさしぶりです。修学旅行の宇宙船の事故のときには、大変お世話になりありがとうございました。あれから、学生たちがいろいろ調べまして、リトル・サンに大変興味を持ちました。調べていくうちに、三名の学生たちが、リトル・サンのメンバーになりたいと申しまして、宇宙船の中で卒業式をむかえて、今ここに連れてまいりました。どうぞ、よろしくお願いいたします」
アルファ星のイド先生は、うしろにひかえていた三人の卒業生たちをカリンたちに紹介しました。
ニド、ミド、シドの三人は順番に、
「リトル・サンのメンバーに加えてください。カリンさん、よろしくお願いします」
「コメット星人たちとも、仲良くやっていきます。ソラさん、よろしくお願いします」
「はじめてお会いしますが、スウさん、これからずっとよろしくお願いします」
スウは、またちょっとてれ笑いをしました。カリンとソラは、これから忙しくなりそうだという顔をしました。
リトル・サンのメンバーは、これで九人になりました。しかし、もうすぐ、八人になります。
スウは、カリンとソラに、
「一年という短い時間だったけど、どうもありがとう。わがままを言ってやめることになるけど、二人のことは決して忘れないわ。そして、リトル・サンのことも。リトル・サンの一年間があったからこそ、今こうして新しい道を歩めるんだと思っている。カリンとソラには、感謝してもしつくせないくらい、いろんなことを教えてもらったし、勇気づけられたわ。本当にありがとう」
「木星のヘリウムを吸って、変な声になるなよ」
「またここに遊びに来てね」
スウは、うんとうなずくと、新しいリトル・サンのメンバーに、
「リトル・サンは、みなさんを大歓迎します。でも、わたしはみなさんとは、今日でお別れです。お会いしてもうお別れなんて、何だか変な感じですが、かげながら応援しています。コメット星人のみんな、アルファ星のみんな、カリンとソラをいじめたら、わたしが承知しないわよ!」
ソラは、最後に冗談を残して、コロナ三号で木星へ飛びました。
宇宙ゴミの回収
さて、リトル・サンの活動は、どうしてもコロナ号での移動が多いので、まずはコロナ号の操縦を覚えなくてはなりません。カリンはコロナ一号に乗り、コメット星人のチャー、チュー、チョーをそれぞれ四号、五号、六号に乗せ、太陽を飛び出しました。チャーは少女で、チューとチョーは少年でした。少年少女と言っても、彼らの年は、六五五四才でした。六五五四才と言っても、大長老ではありません。これは、ハレーすい星の時間計算なので、太陽人からすると一二才ぐらいの少年少女に見えます。
「海王星に向けて、出発!」
カリンは、チャー、チュー、チョーの三人をしたがえました。
チャー、チュー、チョーの乗ったコロナ四号、五号、六号は、金魚のフンのように、カリンの一号についていきました。
やがて、海王星、冥王星の近くにきました。この辺から見る太陽は、指の先にもならないくらい小さく見えます。日差しも弱くなり、水という水は、みんな氷になってしまっています。そして、太陽の光があまりとどかないことをいいことに、ゴミを不法に捨てていく者がいたりします。
「これから、ゴミの回収をするぞ」
「ゴミを拾うのも、リトル・サンの仕事ですか?」
ハレーすい星を救った活躍ぶりを見ているチョーにとっては、ゴミ拾いとリトル・サンがむすびつかないのも当然です。
「チリも積もれば山となるように、一ミリのゴミでも、それが高速で宇宙船とぶつかったら、大事故になるんだ。さあ、はじめるぞ」
カリンたちは、コロナ号に備えているネットを出しました。その中に、どんどんゴミを入れていきました。ネットは、風船のようにふくらんでいきました。
ゴミのほとんどが、いらなくなった宇宙船と人工衛星でした。もうこれ以上ふくらまないというくらいネットは大きくなりました。カリンたちはそのゴミを捨てに、ゴミ再生工場の宇宙ステーションに向いました。宇宙ステーションは、太陽系のいちばん外側にありました。
宇宙ステーションでは、集まったゴミに強い圧力を加えて、小さなかたまりにします。そのかたまりは、また建築資材などにして再生して使われます。放射能を出すようなゴミは、専用のゴミロケットに積みこんで、ブラックホールに発射します。
「これから、ゴミロケットの発射を見学するぞ」
カリンたちは、ゴミロケットの発射台のすぐそばまで来て、発射の秒読みを聞きました。
「五、四、三、二、一、発射!」
ゴミロケットは、宇宙ステーションからゆっくりとブラックホールめがけて、飛び出しました。
「きゃーっ! だれか、助けてー!」
そう叫んだのは、チャーでした。チャーの乗ったコロナ四号は、ゴミロケットにひっぱられて、まいあがりました。コロナ四号のネットが、ゴミロケットにひっかかって、いっしょに飛んでしまったのでした。
「チャー、ネットを切りはなすんだ!」
「だめ。切りはなせないわ!」
「ゴミロケットにひっぱられていてはだめだ。全速力でゴミロケットと同じ方向に飛び、前に出てネットをはずすんだ!」
「だめ、だめ。ぜんぜんエンジンが、いうことをきかないわ!」
カリンたちは、全速力でゴミロケットを追いかけましたが、ゴミロケットはしだいにスピードを上げて、追いつくどころかどんどんはなされていきました。
カリンは、ゴミ再生工場の宇宙ステーションに連絡をとりました。
「今発射したゴミロケットをとめてください。ぼくらのメンバーが、ゴミロケットにひっぱられています」
「了解」
「ああ、よかった。助かった」
ところが、安心したのもつかの間、その後もゴミロケットは、飛びつづけました。
チャーの乗ったコロナ四号は、ゴミロケットにひっぱられ、ブラックホールに向って一直線に飛んでいきます。
「こちらゴミ再生工場の宇宙ステーション。ゴミロケットが、ストップできません!」
「なぜ?」
「もうゴミロケットは、ブラックホールの引力圏に入っていて、こちらから電波を送っても、電波自体がすいこまれてしまいます。あと一〇秒ぐらいで、向こうからの電波もとどかなくなります」
「そ、そんなあ!」
カリンたちの落胆ぶりは、表現のしようがありません。そして、もうこれ以上、後を追いかけることはできません。カリンたちの乗ったコロナ号も、ブラックホールの引力圏に入ってしまうからです。
「ねえ、みんな! はやく・・、たす・・、けに・・、・・」
「チャー! きっと、助けにいくからなー!」
カリンの声は、チャーにはとどきませんでした。
ちょっとした油断が、大きな事故につながってしまいました。チャーは、ほんの数日前にリトル・サンのメンバーになったばかりです。これからどんどん勉強をして、役に立ちたいと思っていた矢先の事故でした。
「ぼくが、悪いんだ。もっとみんなに気をくばり、注意をしていれば、こんなことにはならなかったんだ」
「ネットをしまうようにという指示は、ちゃんと出ていました」
チョーが、そう言いました。
「たとえそうだとしても、コロナ号の不良で、ネットがしまわれなかったのなら、ちゃんと整備しなかったぼくが悪いんだ」
「こちら、管制室のソラ。整備がなされていなかった責任は、わたしにもあるわ。そんなに自分ばかり責めないで、カリン」
目の前で、チャーがブラックホールにすいこまれるのを見たカリンにとっては、ソラの言葉はなぐさめにはなりませんでした。カリンには、急に六人ものメンバーが増えたといううれしいことがあり、少しうかれた気分があったのかもしれません。しかし、悲しい現実は、しっかり受けとめなければなりませんでした。リトル・サンのこれからの運命がかかっているのですから。
カリンの頭の中では、「どうしてこんなことに? なぜこんなことに?」と、疑問符ばかりがうかんできます。運命という言葉で、かたづけたくありませんでした。カリンたちは、暗い気持ちで太陽に帰りました。
このことは、チャーのふるさとであるハレーすい星にも伝えられました。折り返し、ハレーすい星代表のマスター・イーから、リトル・サンにメッセージがとどきました。
「宇宙の歴史にくらべたら、コメット星人の命の長さは、長さにもならないかもしれません。親から子へ、子から孫へと受け継がれる命さえ、たとえ長さにならなくても、チャーの六五五四年間はむだではなかったと信じています。いや、そう信じさせてください。そして、自分のやりたいことを探していたチャーにとっては、それに出会えたことは、何よりもうれしかったにちがいありません。そのうれしい気持ちに出会えたリトル・サンが、これからもあり続けることをわたしは願っています」と。
ブラックホール
リトル・サンの新メンバーであるアルファ星人のニド、ミドは少女で、シドは少年でした。年は三人とも同じで、二〇〇一〇才でした。太陽人では、一三才ぐらいに見えます。
ニドたちは、修学旅行で太陽系をめざしてきたわけですが、アルファ星を出発してすぐに冬眠をしました。宇宙船のカプセルの中で、二万年という長い冬眠です。宇宙船は自動操縦されていて、太陽系が近づいたときに、カプセルが開く仕組みになっていました。
修学旅行の行く先に、遠くを希望したアルファ星人の学生たちは、みんな宇宙船の中で授業をうけ、卒業して育っていきます。母星のアルファ星に帰る者は、ほとんどいません。たとえ帰っても、知らない人ばかりがいるということになります。
「ブラックホールから、帰ってきたという人を知っているわよ」
ニドの突然の言葉に、ソラはびっくりしました。
「ブラックホールって、すべてをのみこんでしまうんじゃないの?」
アルファ星人たちは、とても勤勉で、いろんな知識をたくわえていました。冬眠している間にも、学習がなされていて、悲しい事故があったブラックホールについても、とてもくわしい知識を持っていました。
「これは聞いた話しだけど、アルファ星にとても頭のいい犯罪者ガンマがいて、自分を死刑にするのなら、ブラックホールにほうりこんでほしいと言ったの。それで、裁判所はガンマをロケットに乗せて、ブラックホールに永久に追放すると決めたの。だけど、追放されて数年後、ガンマが生きているといううわさが流れはじめたの」
「ブラックホールにのみこまれたものは、出てこられないはずよ」
「でも、調べてみたら、そのうわさは本当で、ガンマは地下組織にかくれていたの」
「それで、ガンマは、どんな方法でブラックホールから出てきたの?」
「そのつづきは、わたしが話すわ」
科学にくわしいミドが、今度は話しはじめました。
「ガンマは、その知識や技術を悪いことに使わなければ、とても優秀科学者でした。追放される少し前に、ガンマは反物質を発見したらしいの」
「ハンブッシツって、何?」
「反物質というのは、ブラックホールにある物質のことで、物質がブラックホールにとりこまれると、あるところを境に物質が反物質というものに変るの。ブラックホール自体は、とても小さなものなのに、まるでブラックホールの中に、反物質の世界が無限に広がるという感じなの。その反物質をガンマは手に入れて、ロケットの中に持ちこみ、そのエネルギーを使って、まいもどったというわけ」
「もし、その話しが本当なら、チャーをブラックホールから救い出すことができるかもしれないわね」
しかし、地下組織にかくれているガンマを見つけるのは、容易ではありません。それに、今からアルファ星に行っても、二万年かかってしまいます。不老不死の薬でも発見しないかぎり、その頃には、ガンマもきっと死んでいるでしょう。
「実は、ガンマはときどき太陽系に来ているらしいの」
ニドの言葉に、またソラはびっくりさせられました。
オリオン座のアルファ星から太陽系に来るには、普通二万年はかかります。しかし、ニドの話しでは、ちがうようです。
「ガンマは瞬間移動のできる機械を発明したらしくて。それを宇宙船のコンパスにして、どこへでも自由に移動しているらしいの」
「ニド。それは本当の話しなの?それに、なぜ、ガンマは太陽系に来ているの?」
「瞬間移動の話しは、ほぼまちがいないと思うわ。でも、なぜガンマが太陽系に来ているのかは、くわしくは知らない」
ソラには、チャーを救い出す明るい手だてが、少し見えてきたような気がしました。
そのとき、カリンたちが無言で帰ったきました。
確かな証拠がないので、単なるうわさが一人歩きしただけかもしれませんが、わずかな望みでもあるなら、チャーの救出をあきらめては、あとで後悔することになります。ソラは、ブラックホールのこと、反物質のこと、ガンマのことを矢継ぎ早に話しました。
「その犯罪者のガンマとやらをつかまえて、反物質を手に入れよう。ガンマが乗った宇宙船が来たらすぐわかるように、レーダーにフィルターをかけよう」
カリンは、レーダーにフィルターをかけようと、フィルタースイッチに手をかけました。
「カリン、ちょっと待って。そのフィルターって、太陽系の宇宙船の信号を消すフィルターのことじゃない?」
「そうだよ、ソラ」
「そんなことをしたら、太陽系の宇宙船が遭難信号を出しても、わたしたちはすぐに出動できないじゃないの?」
「だいじょうぶ。太陽救助隊のレーダーが、バックアップしてくれるから」
カリンは、レーダーのフィルタースイッチをオンにしました。
レーダースクリーンからは、太陽系の宇宙船の信号は消えて、太陽系以外からきた宇宙船の信号が映し出されました。その数は、全部で四二個ありました。
「こんなにたくさんあったのでは、かりにこの中にガンマの宇宙船があったとしても、てわけして探しているうちに、気づかれて逃げられてしまうかもなあ」
カリンの心配をよそに、ソラは何か情報を持っているようです。
「四二個のうち、四〇個は、ケンタウルス座の宇宙船よ。今度、ケンタウルス座と太陽系を結ぶかけ橋を作る計画しているの。それで、その調査にやってきているの。問題は、残りの二個の信号ね」
「二個とも、わたしたちオリオン座アルファ星の宇宙船よ」
そう言ったのは、ニドでした。さらに続けて、
「一個は、わたしたちが乗ってきた宇宙船で、先生のイドが操縦しているわ」
「あ、そうか。修学旅行生がみんな卒業して、イド先生は太陽系の惑星間バスの運転手になったんだわ。じゃあ、残りの一個があやしいわね。ニド、あの宇宙船に連絡をとってみて」
「はい」
あやしい宇宙船からは、何の応答もなく、ますますあやしくなっていきました。
カリン、チュー、チョーの三人は、コロナ号に乗り、太陽を飛び出しました。
月の裏側
カリン、チュー、チョーの三人は、月をめざしています。あやしい宇宙船は、地球の衛星である月に着陸していました。管制室にいるソラ、ニド、ミド、シドの四人は、月の情報を集めはじめました。
言語翻訳マシンで、月から直接情報が得られればいいのですが、惑星との交信がやっとできるようになったところで、衛星とはまだ成功していません。
さて、ソラたちが調べてわかったことは、月はもともと太陽系にはなくて、すい星として地球をかすめたときに、地球の引力にとらえられたということです。月のふるさとは、オリオン座にあることもわかりました。
「オリオン座、ガンマ、月。何だか、匂ってくるわねえ」と、ソラ。
「何か、臭いですか? ぼくじゃないですよ」と、シド。
「何、言っているの。オリオン座、ガンマ、月が、何か関係ありそうだということよ」
シドがとんちんかんなことを言ったのは、管制室でその居場所を気にしてのことかもしれません。ウーマンパワーの強い管制室では、身長二メートルのシドも小さくなっていました。
「オリオン座、ガンマ、月が、運命の赤い糸で結ばれているということですね」と、シド。
「?、?、?」と、ソラ、ニド、ミド。
ソラは、地球の最高議会に連絡をとりましたが、月のあやしい宇宙船のことは知らないということです。多分、あやしい宇宙船は、そっと地球にやってきて、月の裏側に着陸したからです。月は、いつも同じ顔だけを地球に向けているので、裏側に着陸されては、地上からは何も発見することはできません。
現在、月の表には遊園地とテーマパークがあり、地球人たちはそこで自由に遊び、楽しむことができます。今子どもたちに人気があるは、「月とすっぽん」という遊園地です。中でも、すっぽんの体の中を表現したロールプレイゲームと月着陸シュミレーションが大変な人気です。
テーマパークで人気があるのは、「ゲッカビジン」です。ここでは、一〇〇万種類の植物が集められて、四季を楽しめる工夫がされています。中でも、サボテンのコーナーでは、自分の体重を気にしないで、おいしいサボテン料理を楽しめます。また、秋には、もちつき大会があり、昔体験もできます。重力が地球の六分の一ですから、力の弱い小さな子たちや女性でも、きねをふりあげて、もちをつくことができます。
月には、めずらしい鉱石もうもれていますが、そちらの開発はまだおくれています。特に、月の裏側は、連絡がとりづらいということもあって、手つかずのままです。
「こちらカリン。管制室、応答ねがいます」
「こちらソラ。今、どこにいるの?」
「今、月の遊園地にいるんだ」
「いいなあ、今度わたしも連れていってね、なんて話しは置いといて。何してるの、そんなところで!」
「遊園地の中じゃないよ。入口にいるだけだよ。それで、あやしい宇宙船は、まだ月の裏にいるかい?」
「ええ、ずっと動かないでいるわ」
カリンとチューは、あやしい宇宙船に近づく準備をはじめました。
リトル・サンの管制室から、あやしい宇宙船に一度信号を送っているので、向こうは警戒をしているかもしれません。うっかり近づいては、気づかれるかもしれません。カリンとチューは、レーダーバリアをはって、あやしい宇宙船に近づくことにしました。
レーダーバリアは、どんなレーダーにも発見できないかわりに、外部からの電波もとどかなくなります。管制室からの連絡もはいらなくなりますが、電波の送信はできるので、一方通行の会話なら問題はありません。
チョーは、連絡係として、月の表に残ることになりました。
あやしい宇宙船に向った二人は、その宇宙船が着陸したと思われる地点から、手前五キロのところまで近づきました。いくらレーダーバリアをはって、そっと近づいたとしても、コロナ号のエンジン信号までは消せません。そこで、これから先は、歩いて行くことにしました。
月では、歩くよりも、はねた方が進みます。カリンとチューは、ウサギのようにピョンピョンはねて行きました。
「わーい、こんなに高くはねるぞ。カリンさんより、ぼくの方が高いぞ」
「チューなんかに負けるもんか、ぼくの方が高いぞ、なんて言っている場合じゃないんだ。そんなに高くはねて、見つかったらどうするんだ!」
カリンは、チューを連れてきたのは、まちがったかなと一瞬思いました。
「管制室のレーダーがとらえたのは、あの宇宙船だな」
カリンとチューは、あやしい宇宙船が大きな岩山のかげにあるのを見つけました。まるで、見つからないように、かくれているようです。機体の色も真っ黒で、あやしい宇宙船は、いかにもあやしいという感じです。
「アルファ星で、あんなサメのような宇宙船は見たことがない」
チューの知っているアルファ星の宇宙船ではないようです。地下組織で作られた宇宙船だから、一般には知られていないのかもしれません。しかし、リトル・サンの管制室のレーダーがとらえた信号は、アルファ星の宇宙船のものです。よく見ると、あやしい宇宙船は、何か地面からほりだしているようです。
「こうなったら、船内にもぐりこんで、いったいだれが何をしているのか調べないと」
「カリンさん、ここは、ぼくにまかせてください。ぼくは、体も小さいし身も軽いので、かくれ場所もすぐ見つけられます」
カリンは、少し心配でしたが、チューの前向きな気持ちも大切にしたいと思いました。
「無理はするなよ。船内のようすがわかればいいんだから」
「はい」
あやしい宇宙船は、おなかのドリルで地面に穴をあけていました。ドリルでくだけない岩は、サメのような口でかみくだき、ベルトコンベヤーで奥に送っていました。お尻からは砂をはきだしていました。
チューは、サメのような口にかまれないように、岩といっしょに宇宙船のおなかに入っていきました。
ところが、一時間過ぎても、チューは出てきません。カリンは、自分ももぐりこもうかと思いましたが、そのとき、あやしい宇宙船から、だれかの声がしました。
「そこにかくれているのは、わかっているんだぞ。すぐに出てこい!」
出てこいと言われて、のこのこ出て行く者はいません。相手が、はったりをかけているのかもしれないからです。
カリンは、かくれたまま、
「おまえは、だれだ?」
「おれの名は、ガンマ。さっきおれの宇宙船シュガーに、ネズミが一匹まぎれこんだ。そのネズミのことがかわいかったら、はやく出てこい!」
あやしい宇宙船は、やはり悪党のガンマが乗る宇宙船でした。ネズミというのは、チューのことにちがいありません。ここは、いさぎよくつかまるしかありません。チューの命には、かえられません。
カリンは、姿を現しました。そのとたん、
「それ、あの小僧をひっつかまえろ!」
「ありゃりゃ、ガンマがいっぱい宇宙船から出てきたぞ。何でこんなに、ガンマがたくさんあるんだよお」
カリンは、たくさんのガンマたちにびっくりしました。実は、ガンマは、自分の細胞を培養してクローンたちを作ったのでした。そして、クローンたちを自分の手足にして、道具のように使っていました。生体実験をするときも、危険な作業をするときも、ガンマはクローンを都合のいいように使っていました。
カリンは、ガンマのクローンたちにつかまって、チューと同じ部屋にとじこめられました。
「おれは、おまえたちの命を取るような悪党ではない。その代わり、一生この宇宙船シュガーで、奴隷として働かしてあげよう」
ガンマはそう言うと、角砂糖を九個口にほおばりました。悪党の上に、ガンマは甘党でもありました。
「レーダーから、あやしい宇宙船が消えました」
リトル・サンの管制室で、レーダーを担当していたミドが言いました。
「こちら管制室のソラ。コロナ六号、応答願います」
コロナ六号には、チョーが乗っていて、連絡係をしているはずですが、応答がありません。
「まさか連絡係をさぼって、遊園地で遊んでいるんじゃないんでしょうね。月の表には、誘惑が多いから」
ソラの思った通り、チョーはコロナ号を降りて、遊園地の入口に向っていました。
「ほんの十分間ぐらいなら、いいだろう。ここに来て、遊ばない手はないだろう。早く行って、早くもどってくれば、だいじょうぶ、だいじょうぶ」
チョーは、遊園地「月とすっぽん」に急いで入って行きました。ところが、チョーが思っていたところとは、何だかようすがちがいます。
「だれだ、おまえは?」
男が、前をさえぎり、チョーをにらみつけました。
「ぼ、ぼくは、コ、コメット星人です」
チョーが入ったのは、遊園地ではありませんでした。
反物質リング
チョーが、遊園地とまちがえて入ったところは、「鉱石調査隊ムーンベース」というところでした。
鉱石調査隊ムーンベースは、月にどんな石や土があるのかを調べる基地です。深い穴をほって、珍しい石がないかを探したり、どんな地質で月ができているのか調べたりします。そして、男は、そこのガードマンでした。
「どこの銀河のコメット星人かは知らんが、ここは子どもが来るようなところではない」
「ここは、遊園地じゃないんですか?」
「遊園地の入口は、となりだ。よく見ればわかるだろうが。遊園地の方には、月とすっぽんのアーチがあって、そこをくぐるようになっている。こっちの入口の門に、何て書いてあるか見なかったのか?」
「あわてて入ったので、よく見ませんでした。それで、ここは、どこですか?」
「ここは、鉱石調査隊ムーンベースだ! おれは、ここのガードマンだ! よく覚えておけ!」
よく確かめもせず入ったのは悪いが、一方的にどなられるのも、チョーとしては納得がいきません。
ガードマンは、また一方的に、
「ここで会ったのも何かの縁だ。おまえに、ビッグニュースをプレゼントしよう」
「何ですか? ビッグニュースって?」
「どうせ明日になったら発表されるから、今話してもいいだろう。実はな、反物質というものが、この月で発見されたんだ。おまえ、反物質を知っているか?」
ガードマンがそんなことを人に話してもいいのか、とチョーは心配しました。情報がまったくガードされていないな、とも思いました。しかし、いつか反物質に出会うときがあると思っていたので、それが使えるのかどうかの方が、チョーには関心がありました。
「扱うのに高度な技術が必要な反物質なんて、地球人の手におえるのかなあ?」
「年もいかない子どものくせに、なまいきなことを言うんじゃない!」
「ぼくは、ガードマンのおじさんより年上だよ」
「五六五才の大人をからかうのも、いいかげんにせんか! せっかく秘密を教えてやったのに」
「教えたら、秘密にならないよ。それに、ぼくは、六五五四才だよ」
「まだ、言うか!」
わからず屋のガードマンと話をしていてもしょうがないので、チョーはさっさと退散しました。
ところで、この頃の地球人の平均寿命は、八〇〇才でした。
「こちらチョー。管制室、応答願います」
「こちらソラ。いったい今まで、何していたの?」
「遊園地に、じゃなかった。遊園地のそばの鉱石調査隊ムーンベースを調査していました」
「それなら、話しが早いわ。チョーは、もう一度そこに行って、最大重量が一キログラムになる反物質をもらってきてちょうだい。リトル・サンのメンバーだと言えば、手渡してもらえるから。もらったら至急転送ロケットで、科学省に送ってちょうだい」
ソラが、反物質のことを知っていたのは、地球の最高議会から太陽に連絡がはいっていたからでした。
チョーは、鉱石調査隊ムーンベースのわからず屋のガードマンに、また会わなければならないかと思うと、ちょっとゆううつでした。しかし、リトル・サンのメンバーであることを話したら、手のひらを返したように、ガードマンはムーンベースの中に通してくれました。
「こちらチョー。これから、転送ロケットに反物質を入れて、太陽の科学省に送ります」
「こちら管制室のソラ。反物質がとどいたら、太陽の科学者たちが、すぐに実験にとりかかるはずよ。転送が終わったら、カリンたちを探しに行ってちょうだい。ぜんぜん連絡がとれないのよ。多分あやしい宇宙船の着陸地点の近くにいるはずだから。それから、あやしい宇宙船は、もう消えていないから、レーダーバリアは使わないでね」
「了解」
反物質を積んだ転送ロケットは、ぶじ太陽の科学省につきました。科学者たちは、反物質の存在を知ってはいましたが、実際にそれを見るのははじめてでした。
反物質は、形があるようで形がなく、まるで雲のようです。重さもあるようでないような、重さが一グラムから一キログラムまで変化します。科学者たちは、いろいろ実験をして、とうとう反物質のエネルギーを取り出す方法を見つけました。
まず、反物質を棒にして、ガラス棒とねじりあわせます。ねじりアメのようになったそのねじり棒を輪にすると、その輪の中から反物質のエネルギーが取り出せます。反物質リングの完成です。
コロナ号のコンパスの中に、反物質リングを入れて、科学者たちは何度も実験をくりかえしました。そして、とうとうコロナ号は、瞬間移動ができようになりました。しかし、まだ無人のコロナ号での成功でした。
チョーは、月の裏側でカリンとチューのコロナ号を発見しました。また、月に大きな穴があいているのも見つけました。
「こちらチョー。管制室、応答願います」
「こちら管制室のソラ。カリンたちは見つかった?」
「コロナ号は見つかりましたが、二人はどこにもいません。それから、何かをほりだしたような大きな穴を見つけました」
「きっと、その穴から反物質をほりだしているのよ。あやしい宇宙船は、やはりガンマみたいね」
実はガンマは、月がオリオン座から飛びだす前に、反物資を発見したのでした。そして、実験をくりかえして、反物質のエネルギーを取りだす方法を見つけ、ブラックホールに追放されるときに、反物質リングをロケット内に持ちこんだのです。自分は死んだと見せかけて、また自由を手にいれたというわけです。
そして、ガンマは、月が太陽系にあることを知って、その後も反物質を取りに来ていたのでした。
「何かがやって来るみたいです」
「どうしたの? チョー」
「わあー! 真っ黒なサメ型宇宙船だ!」
ガンマの宇宙船シュガーが、瞬間移動して現れました。チョーはあわてて、岩かげにかくれました。
宇宙船は、おなかからドリルだして、穴をほりはじめましたました。ガンマは、また反物質を手に入れようと、月にもどってきたのでした。
宇宙船シュガー
チョーは、岩にまぎれて宇宙船シュガーにもぐりこみました。中でガンマがたくさん働いているのには、さすがびっくりしましたが、船内を調べているうちに、カリンたちがとじこめられている部屋にたどりつきました。
「二人とも、ぶじでよかった」
「ありがとう、チョー。さあ、早くここから逃げるぞ」
「ええ? 逃げ出すんですか?」
「立ち向うのもいいが、それは時と場合によるんだ。ところで、さっきから、チューは何をやっているんだ?」
「この部屋の電気回路から、宇宙船のコンピューターにアクセスして、データをぬすんでいます」
「ええ? ぬすむんですか?」
チョーは、ぬすんだらどろぼうになると思ったようです。
「それも、時と場合によるんだ。さあ、早く逃げるぞ!」
カリンたちは、宇宙船から抜け出して、大急ぎでコロナ号に乗りこみました。
ガンマは、カリンたちが逃げたことに気がつきました。
「ここの秘密を知ってしまったからには、逃がすわけにはいかん。月の表に行くまでに、つかまえるんだ!」
ガンマは、宇宙船にいるクローン全員に後を追わせました。五〇人のクローンたちは小型宇宙船に乗って、月の表と裏の境界線まで追って行きました。
カリンたちは、もうここまでくれば、安心だと思いました。境界線には、ここを警備しているムーンサーバー隊が六〇〇人いて、クローンたちは逆につかまってしまいました。
「しまった。逃げられたか。おまけに、おれのクローンたちもつかまってしまった。でも、まあ、いい。クローンたちは、また培養すればいいんだから」
カリンたちには逃げられる、反物質の秘密もばれてしまう、クローンたちもつかまってしまうと、よくないことばかりが起こります。ガンマは気をとりなおそうと、角砂糖九個を口に投げこみましたが、床にバラバラと落ちてしまいました。
「もう、これなんだよな」
ガンマは、角砂糖をふみつけました。うまくいかないときは、うまくいかないことが重なるようです。ガンマは、すべって転びそうになり、うっかり瞬間移動のボタンを押してしまいました。
「ガンマの宇宙船の信号が消えたわ」と、ミド。
「逃げられたようね」と、ソラ。
「ガンマは、ブラックホールの中だよ」と、チュー。
「どうして、そんなことわかるの?」と、ソラ。
チューは、宇宙船シュガーのコンピューターに、こっそりプログラムを組みこんでいました。瞬間移動のボタンを押すとブラックホールに移動するプログラムです。ボタンを押しても押しても、移動するのはブラックホールな中だけです。
チューの組みこんだプログラムは、パスワードがないと解除できません。
「あの小僧たち、逃げるときに、おれのかわいい宇宙船シュガーに変なプログラムを組みこんだな。このままでは、一生ブラックホールの中だ」
ガンマは、宇宙船シュガーを捨てることにしました。小型宇宙船に乗りこんで、宇宙船シュガーから飛びだしました。
「・・・」
ガンマは、声も出す間もなく、小型宇宙船もろともキリになって消えてしまいました。
さて、チューが宇宙船シュガーのデータを送信してくれたので、太陽の科学者たちは、人を乗せて瞬間移動ができるようなプログラムをコロナ号に組みこめました。
「これで、ブラックホールに吸いこまれたチャーを助け出すことができるぞ」
ここで、科学者たちは、大きなかんちがいをしていました。ブラックホールを出たり入ったりできるコロナ号ができれば、チャーを救い出せると思ったことです。
実はブラックホールに行っても、そこには、チャーの姿も形も何も存在しないのです。チャーの乗ったコロナ四号のコンパスには、反物質リングが入っていないのですから、ガンマのように、キリになって消えてしまっているのです。
科学者たちは、みんな腕を組んだまま考えこんでしまいました。
「ぼくの耳からは、チャーの助けを呼ぶ声が消えないんだ。ブラックホールに吸いこまれてしまうコロナ四号が、目に焼きついているんだ。何とかならないのですか?」
カリンは、ムーンサーバー隊の基地で、くやしくて泣けてきました。
「今の科学技術では、どうにもならん」
太陽の科学者たちも、くやしさは押さえられませんでした。
ハレーすい星でいっしょに育ったチュー、チョーも、くやしくてなりません。
「いっしょに遊んだことや勉強したこと、リトル・サンに入ると決心したときのこと」と、チュー。
「ぼくたちの記憶から、一生消えることはないよ」と、チョー。
そのとき、太陽の科学者の一人が聞きかえしました。
「今、何て言った?」
「いっしょに遊んだ、と」
「いや、チューの言ったことじゃない。チョーが言ったことだよ」
「ぼくたちの記憶から、一生消えることはない、と」
「そうだ! その記憶だ!」
そのとき、ほかの太陽の科学者たちも、みんなぴんときました。
記憶
記憶というのは、ただ単に頭の中にしまわれているものではないことが知られています。物質が移動すると、そこにしばらく記憶粒子が残っています。もし、コロナ四号の記憶粒子が残っていれば、反物質のエネルギーを使って、元通りに再生できるかもしれません。
カリン、チュー、チョーの三人は、コロナ四号の記憶粒子を回収するために、月を飛び立ちました。リトル・サンの管制室も、にわかにあわただしくなりました。
リトル・サンの管制室では、ソラがみんなに指示を出しました。
「ニドは、太陽の科学者たちのところに行って、その後の情報を集めてきてちょうだい」
「了解!」
「ミドは、コロナ四号が消えた地点の気象を調べてちょうだい。もし、記憶粒子が流されていたら、カリンたちにすぐ連絡して」
「了解!」
「シドは、カリンたちが帰ってきたらすぐに作業ができるように、コロナ号の発進ポートの整理と準備をたのむわ」
「了解!」
ミドが調べたところ、ゴミロケットが発射された宇宙ステーションとブラックホールの間には、流星群が通ったこともないし、磁気あらしも発生していないとのことです。また、宇宙ステーションでは、事故後ゴミロケットの発射を見送っているらしくて、ゴミロケットの軌道上は乱れていないとのことです。
ニドからの連絡では、太陽の科学者たちは、コロナ四号がすっぽり輪の中に入るくらいの反物質リングを完成したとのことです。そして、もうすぐそれがコロナ号の発進ポートに運ばれてきます。
シドの作業も完了しています。
「こちら管制室のソラ。カリン、そちらの作業はどう?」
「記憶粒子を回収したから、すぐ帰るよ」
「こちらの準備もできているわ。気をつけて帰ってきて」
「ところで、そっちには瞬間移動できるコロナ号があるんだよね。それで、回収すれば、もっと早く行動できたんじゃないのかなあ」
「でも、まだ実際に人が乗って、宇宙空間を航行していないのよ。もし、事故でも起ったら大変でしょう。それに、操縦の仕方もおぼえないといけないし」
「それじゃあ、帰ったらぼくが、一番乗りだ」
「カリン、おそかったみたいね。ニドとシドが、もう練習しているわ」
カリンは、ちょっとくやしいと思いましたが、うれしくもありました。
カリンたち三人が、リトル・サンにもどってきました。記憶粒子は、小さな三つのカプセルに入っていました。その中に、チャーの記憶粒子のひとつでも回収されていれば、チャーは再生されます。しかし、記憶粒子のエネルギーが弱くなっていて、再生されないことも考えられます。また、回収作業中に、記憶粒子をこわしてしまったり、どこかにはね飛ばしたのなら、記憶粒子は回収されていないことになります。
反物質リングのまんなかに、三つのカプセルが置かれました。あとは、反物質リング作動のスイッチを押すだけです。
「カリンたち男性は、ちょっと席をはずしてくれる?」
「男女を差別するなんて、ソラらしくないぞ。それに、ぼくたちは、ちゃんと回収作業をしてきたんだ。チャーがもどってくるところを見とどける権利はあるはずだ」
「記憶粒子が、ちゃんと回収できたという自信はあるの?」
「自信は、・・あ、あるさ」
カリンの返事は、自信がなさそうです。目に見えない記憶粒子の回収なんて、一度もしたことがなかったからです。
ソラが、カリンたちに席をはずしてほしいと言ったのは、カリンたちを信じていないということではありませんでした。
「カリンたちのことは、信じているわ。でも、もしチャーの着ていたスーツの回収ができていなかったら、チャーは裸でみんなのところに姿を現すことになるわ。だから、男性には、ちょっと遠慮してほしいの」
そして、ソラは反物質リングの作動スイッチを押しました。
反物質リングの中に、コロナ四号が虹色にぼんやり光りながら現れました。機内にチャーの姿もあるようです。やがて、コロナ四号は完全に姿を現しました。中から、チャーがスーツを着たまま出てきました。
「成功だ! やったぞ!」
「チャー、お帰り!」
みんな、喜びの声を上げました。
「ほら、言ったじゃないか。自信があるって」
「ひとつだけ収されなかった記憶粒子があったわよ。どうしてくれるの、カリン?」
「何が、足りなかったんだい?」
「わたしが作った非常食用のクッキーよ。もうカリンのコロナ号には、積んであげないから」
「それなら、ブラックホールに吸いこまれる前に、わたしがみんな食べちゃった。ごめんなさい」
チャーは、ゴミの回収作業をしながら、おなかにクッキーを回収したようです。
「ところで、チャーがもどってこれたということは、ガンマもいつかもどってこれるということかしら」
ソラの心配は、すぐ解消されました。
「宇宙船シュガーは瞬間移動ボタンを押すたびに、ブラックホールの中で移動します。移動する前のところに記憶粒子が残っても、ブラックホールの中です。記憶粒子は、キリのように消えて、回収するのは不可能です。だから、ガンマは、もうブラックホールからは出てこられないと思います」
宇宙船シュガーのコンピューターに、プログラムを組みこんだチューが、そう説明しました。
未知への旅立ち
ニドとシドは、早くから反物質リングを取りつけたコロナ号で練習していたので、他のみんなよりは、うんと操縦の腕があがっていました。
カリンたちのコロナ号にも、反物質リングの取りつけ作業がはじまりました。そんな時、太陽最高会議の議長マーシャから、リトル・サンに調査の依頼がはいりました。
「みんなの知っての通り、ガンマは月から反物質をほりだして、それを売っていました。それも銀河をあらす海賊たちにです。海賊におそわれたからという救助信号で、パトロール隊が現場にかけつけても、海賊はもうとっくに、瞬間移動してしまっています。これも、反物質が先に悪の手先たちによって、使われはじめたからです。これ以上、海賊たちの勝手にさせるわけにはいきません。これを解決する答えは、未来にあると考えています」
「それで、ぼくたちに何をしろと?」
「だれかに未来に行ってもらって、答えを持ち帰ってきてほしいのだ」
「未来になんて、行けるのでしょうか?」
まだ、タイムマシーンも発明されていないのに、未来に行けるなんて、カリンには思えませんでした。
マーシャ議長の話しによると、ブラックホールの果てにはホワイトホールがあって、その先に未来があるというのです。そして、ホワイトホールの果てには、現在があって、今にもどってこれるのだというのです。
ホワイトホールというのは、ブラックホールとは反対で、何でも中から出てくるというものです。小さな穴なのに、いろんな物がぎっしりつまっていて、まるでマジックのシルクハットのように、物が飛び出してくるというものです。
「ケンタウルス座の近くにあるホワイトホールと、こちらのブラックホールのエネルギースペクトルが、同じだということがわかたんだ。もし、ホワイトホールとブラックホールがつながっていたなら、ケンタウルス座と太陽系とのかけ橋を作る計画も、いっきに進展することになる。どうだ、やってくれないか?」
カリンは、すぐに返事ができませんでした。ブラックホールにコロナ号を飛ばすのは、自分ではなく、ニドとシドになるからでした。
「わたしたちのことなら、だいじょうぶです。じゅうぶん訓練をしてきましたから」
身長一一〇センチのニドが、言いました。
「金品をぬすむだけならまだしも、命をもうばう海賊はゆるせません。命をおびやかすものには、強く立ち向かいたいです」
身長二メートルのシドが、言いました。
カリンは、決心しました。ソラたちも、それでいいという目をしました。
「マーシャ議長、今回の任務、お引き受けします。ただし、ケンタウルス座と太陽系のかけ橋の件は、リトル・サンの使命とは、少しちがうように思えます。情報は提供いたしますが、実行するのはそちらでお願いします」
「了解した」
ニドはコロナ七号に、シドは九号に乗りこみました。
「こちらソラ。コロナ七号、九号。瞬間移動の座標をB九にあわせてください」
「こちら、コロナ七号。あわせました」
「コロナ九号も、あわせました」
「ブラックホールに入ったら、連絡が取れなくなるから、もし非常事態で引き返すのであれば、座標をG二にするのよ。最後に言い残すことはない?」
「まるで、死にに行くみたいね。言い残すことは、何もないわ。すぐもどるから」
「ごめん、ごめん、ニド。シドは、どう? 何かない?」
「もし、ガンマに会ったら、そんなに砂糖ばかりなめていたら、糖尿病になるからやめなって言ってやる」
ニドとシドは、みんながコロナ号の発進ポートで見守るなか、未来に旅立ちました。
ブラックホールやホワイトホールというのは、形があってないものです。そこへ行ってもどってきたと言っても、にわかに信じられるものではありません。空間や時間がゆがんでしまうなら、記憶もゆがめられるかもしれません。
「ブラックホールに吸いこまれるにつれて、宇宙が小さな星になって、その星も最後には消えてしまったの。気がついたら、リトル・サンにもどってきていたわ」
チャーの話しでは、まったくブラックホールのことはわかりません。
ブラックホールに瞬間移動したコロナ七号と九号は、真っ暗な空間にういていました。空間と言っても、空気があるわけではありません。星も何も見えないところで、どっちに行けば、ブラックホールの果てに行けるのかもわからないところにいました。
「シド、レーダーを見て!」
「何だ、こりゃ。二個の信号をキャッチしているぞ」
「一個は、それぞれから見えるコロナ号。もう一個は、何なの?」
「ずいぶん大きな宇宙船のようだけど。外には、何も見えないぞ。こんなに近くにいるのに」
「コロナ九号と信号が重なったわ。シドの下に宇宙船がいるみたい」
「ゆっくり下に移動してみるよ」
ゴゴン!。コロナ九号は、宇宙船にぶつかりました。
「シド、だいじょうぶ?」
「ああ、平気だ。生物反応がないから、無人の宇宙船のようだ。中のようすを見てくるよ」
「気をつけてね」
シドは、無人の宇宙船に移動しました。その宇宙船が、ガンマの乗っていた宇宙船シュガーだとわかるまでには、時間はかかりませんでした。
「ガンマは、いったいどこに行ったんだろう」
「何か、手がかりはない?」
「航行記録には、最後に小型宇宙船が発進したと残っている。でも、小型宇宙船には、反物質は積んでいなかったみたいだから、ガンマはそのままブラックホールに吸いこまれたみたいだ」
「シド、今いい考えがうかんだわ。宇宙船シュガーの反物質を取り出してみたらどうかしら。宇宙船シュガーは、ブラックホールでの安定を失い、そのまま吸いこまれていくんじゃないかしら」
「あ、そうか。そのあとを追いかければ、ブラックホールの果てに着くということだな。ニド、それは名案だ!」
ニドとシドは、宇宙船シュガーから反物質をぬきとりました。宇宙船シュガーは、たちまちブラックホールに吸いこまれていきました。ニドとシドは、そのあとを全速力で追いました。
ブラックホールの果ては、案外明るいところでした。何千本、何万本という光の帯が伸びていました。この光の帯の向こう側に、ホワイトホールがあるのかもしれません。そこに未来があるのかもしれません。ニドとシドは、ひとつの光の帯に乗ることにしました。
「光の帯に乗って、もし、もどれなくなるといけないから、この場所の座標を調べておきましょう」
「コロナ九号の計測では、BRの九だ。ニドの方は、どうだ?」
「同じく、BRの九よ。計器にくるいはなさそうね。出発しましょう」
二人は、何本もある光の帯のひとつに乗りました。まるでジェットコースターにでも乗っているようなスピードで、二人は光に運ばれていきました。
二人が最初に見たのは、地球の景色でした。しかし、そこには信じられないことが、映画を観ているように映りました。
地球には、二つの大陸がありました。ひとつの大陸には、地球でいちばん太っちょの木が生えていました。もうひとつの大陸には、いちばんのっぽの木が生えていました。その二本の木が、枯れはじめました。土が赤くなり、地球はサビだらけになりました。海は真っ赤に染まり、魚たちはみんな死んでしまいました。
「BRの九」
「BRの九」
ニドとシドは、元のブラックホールの果てにもどってきました。
「地球の未来が、サビだらけになるなんて信じられないわ」
「別の光の帯に乗ってみよう」
今度は、金星の景色が映りました。金星のシールドがやぶれて、金星人たちが太陽の強い日差しをあびています。太陽救助隊が、シールド修復の作業をしました。金星人たちは、もう少しで焼け死ぬところでした。金星人の代表が、太陽救助隊にお礼を言っています。「おかげで救われました。ありがとう」と言った金星人の代表は、ガンマでした。
「BRの九」
「BRの九」
二人は、また元にもどってきました。
「金星人の代表が、ガンマだなんて信じられないわ。別の光の帯に乗ってみましょう」
「ニド、もう、よそう。ここには、未来はないのかもしれない」
「シド、あきらめちゃだめよ。わたしたちの未来がかかっているのよ」
「じゃあ、もう一度だけにしよう。それで答えが見つからなければ、あきらめて帰ろう」
今度二人は、真っ白で一筋にのびる光の帯を見つけました。ほかの光の帯に比べると、帯というよりも細い糸のようです。二人は、その光に乗りました。
何の景色も映りませんでした。やがて、少し形がちがうけれど、二人は見なれた星座を見つけました。座標は、G三を示していました。
座標G三は、ケンタウルス座の座標です。コロナ七号と九号は、ホワイトホールの出口にいました。
「コロナ六号、G二に、移動」
「コロナ九号、G二に、移動」
二人は、リトル・サンにもどりました。そして、見てきたことをすべて報告しました。コロナ号の記録ボックスも提出しました。記録ボックスは、解析機かけられました。
そして、リトル・サンが出した答えは、ブラックホールには、太陽系の未来はないということです。未来はいくつもの光の帯として用意されてはいるが、どの帯を選ぶかはそのときに決るということです。また、二人が帰ってこれたのは、たまたま運がよかったからかもしれないということです。
ブラックホールとホワイトホールをつなぐもの、宇宙の仕組みなど、まだまだわからないことが多すぎます。カリンたちがいる世界も、いくつもある未来の光のひとつにすぎないのかもしれません。明日の光を信じて生きることに、希望があるということかもしれません。
カリンは、太陽の最高議会に今回の件をつつみかくさず報告しました。マーシャ議長からは、これからもお互い協力しながらやっていきたいとの返答がありました。
小さな太陽たち
ニドとシドは、光の帯に乗って自分たちの見てきたことが、気になっていました。
「地球の魚たち、だいじょうぶかしら?」
「ガンマのクローンたちは、今どうしているのだろう?」
「地球の魚たちは、元気がよすぎるくらいだよ。きっと海が豊かだから、元気な魚たちが生まれるんだ」
カリンの説明に、ニドは安心しました。
「クローンたちは、ガンマにだまされていたことに、やっと気がついて、ほとんどのものが月の遊園地とテーマパークで働いているよ。クローンと言えども、一個の命を持った個人だ。それぞれ名前もついて、今は元気にやっているよ」
カリンの説明に、シドも安心しました。
「ひとつ言い忘れたけど、リトル・サンにガンマのクローンがひとり加わったぞ。がんばり屋なんだけど、ちょっと泣き虫なんだ。泣くと顔がマンガみたいになるから、マンガという名前はどうかと言ったら、それがいいというので、今ではマンガと呼んでいるんだ」
マンガは、実はまだ五才でした。太陽人では、二五才の青年に見えます。クローンとしてすぐ働けるように、ガンマが急速に大人まで成長させたようです。心配なのは、その後遺症です。ゆっくり成長するはずの細胞が、全速力でかけっていた道には、何か見落としがあるかもしれないからです。
ある日、木星のスウから、リトル・サンに電子メールがとどきました。
「いつも、みなさんの活躍を見聞きしています。リトル・サンのメンバーだったことが、誇りに思えます。そんなわたしでも、ひょっとすると、木星に来たことがまちがいじゃなかったのか、自分の選んだ道が正しくなかったのではと思えることもありました。しかし、わたしがこの道を選んだのは、何のためだったのか、だれのためだったのかと、自分に問いかけたとき、それはだれのためでもなく、自分とつながるすべてのもののためだったのです。わたしが動くことによって、風が起り波ができて、その風や波が心地よいものであることが大切だと思っています。わたしの音楽が、その風や波になることを願っています。いつか、リトル・サンにも、わたしの風や波をおとどけします。その日を楽しみに待っていてください。スウより」
うれしい便りがあるかと思えば、悲しいニュースも聞かなければなりません。
「先ほどはいったカニ星雲からの連絡によりますと、海賊たちが住みかとしている星が爆発して、カニ星雲から星がひとつ消えたということです。海賊たちは、反物質を悪党ガンマから買いつけていましたが、もう手に入らなくなったので、自分たちで今ある反物質を増殖させようとしたようです。ところが、増殖に失敗をして、星は爆発して、ブラックホールとなってしまったようです。お近くを航行する宇宙船は、気をつけください。今度のブラックホールの引力圏は、かなり広いようです。ただ今その範囲を調査しておりますので、結果が出ましたらまたお知らせいたします。太陽系放送局、チャンネル一九八六でした」
遠くはなれたカニ星雲の出来事のように思えますが、太陽系からは、もう手にとどく距離です。
ケンタウルス座と太陽系のかけ橋の計画は、リトル・サンとは別のところで進んでいました。ニドとシドの持ち帰った情報が、この計画に役立っていることは言うまでもありません。
しかし、この夢のかけ橋に、多くのフロンティアたちが命を落としています。ニドとシドは、たまたま運がよくてもどってこれただけです。ある者は、ブラックホールの底なしの井戸から抜けることはありませんでした。ある者は、ホワイトホールの光の帯がからまり、身動きがとれなくなりました。
夢のかけ橋の実現に、立ち向かうのがいいのか、逃げるのかいいのか、課題は残されています。ケンタウルス座と太陽系のかけ橋が、実現するのか夢に終わるのか、いずれにしろ、星を継ぐものひとりひとりに、自立した意思が必要なようです。
さて、マンガがリトル・サンに来てから、まだ半年しかたっていませんが、ちょっと泣き虫なところをのぞけば、幸い今は急成長の後遺症は見られません。
また、今まで狭い宇宙船の中で、ガンマからかたよった情報しか与えられなかったので、マンガには見るもの聞くものすべてが、新鮮に映りました。そして、とても好奇心もあり、「これ何?あれ何?」とよくみんなに聞きました。
「ソラさんの前にあるその数字は何ですか?」
マンガは、ソラがすわっている前のパネルを指差しました。そこには「七九七四」の数字がありました。
「教えてあげようかな、やめとこうかなあ」
「そんな意地悪したら、ぼく泣くよ」
「ほら、また泣く」
「あ、そうかナクナヨ!ということだね」
「ハ、ズ、レ。実は、リトル・サンの平均年齢なの」
「どんなことがあっても、ナクナヨ!」ということではなかったようです。でも、平均年齢を言うと、リトル・サンがどんな仙人たちの集まりかと思われるかもしれません。
銀河系の中心から、うんとはなれた太陽系に季節はめぐり、惑星にも春がやってきました。
大地に種が落ちて、太陽のあたたかな日差しをあびて、芽が出て花が咲くように、リトル・サンのメンバーは増えていきました。太陽のドアが開いて、コロナ号二〇〇一機が飛び出しました。コロナ号は、みんな小さな太陽のように輝いて見えます。その中の一機が、海王星をめざして飛んでいます。
「こちら、コロナ一号。海王星さん、寒くはないですか?」
「寒くはありません。わたしには、この寒さがちょうどいいのです」
カリンは、ラジオをつけ、ダイヤルを木星チャンネル三三にあわせました。歌が、流れてきました。
「あなたは、小さな輝く太陽、消えないでそばにいて、どんなときにも。だれでも、小さな輝く太陽、あふれるひかりに、つつまれている」
その歌は、木星のスウがリクエストして、リトル・サンにおくったものでした。カリンは、だれがリクエストした歌かは知りませんでしたが、その歌を口ずさみながら、今度は地球に向けて飛びました。
おわり
参考:口演童話「小さな太陽たち」
口演童話
登場人物
太陽人/カリン、ソラ、スウ、太陽最高議会の議長マーシャ、太陽救助隊、科学者たち
アルファ星人/ニド、ミド、シド、イド、ガンマ、ガンマのクローン、マンガ
コメット星人/チャー、チュー、チョー、ハレーすい星代表マスター・イー
地球人/鉱石調査隊のガードマン、ムーンサーバー隊
太陽系/パトロール隊員のギャラパ、火星人、木星人、海王星、太陽系放送局
あらすじ
SF「小さな太陽たち」は、太陽系を舞台に、リトル・サンというグループの少年少女たちが活躍する物語です。
あるとき、グループの少年カリンは、小型宇宙船に乗り、木星、火星で持ち上がった事件に取り組んでいましたが、ハレーすい星が太陽にぶつかるかもしれないという危機に直面します。すい星には、八〇億という人びとが暮らしていて、その救助に当たらなければなりませんでした。
しかし、カリンは遠くにいて、救助に間に合いません。そこで、リトル・サンの管制室の少女ソラとスウがその任務に就くことになりす。何とかすい星を元の軌道にもどすことができますが、スウが、リトル・サンを辞めると言い出します。別れのあとには出会いがあり、スウのあとに新しいメンバーが加わります。
ある日、カリンと新メンバーが、太陽系のゴミ回収のために、ゴミ再生工場の宇宙ステーションに飛び立ちます。ところが、新メンバーのチャーが、ブラックホールに吸い込まれるという事故が発生します。
カリンたちは悲しみにくれていましたが、ブラックホールから帰還した犯罪者ガンマのことを知ります。カリンたちは、ガンマから瞬間移動装置の秘密を盗み取り、ぶじチャーを救い出します。
そのころ、ガンマは、瞬間移動の秘密を海賊に売って金もうけをしていました。海賊たちは宇宙船から金品をうばい、瞬間移動して逃げてしまうという手際の良さです。この事態を重く見て、リトル・サンのニドとシドの二人が、未来に行って、この問題をとく鍵を見つけに旅立ちます。
ニドとシドは、未来がわかるというホワイトホールに入りましたが、知りたい未来は見えてきません。帰還した二人の報告から、カリンたちは宇宙の広大さを知るばかりでした。
コロナ号発進
宇宙がひとつしかないと思っていると、とんでもない誤解をすることになります。ひとつの宇宙のとなりには、見えないもうひとつの宇宙がよりそっています。そして、そのとなりにはもうひとつの宇宙というように、たくさんの宇宙と時間が交差して、未来の糸が紡がれていきます。では、紡がれた太陽系の一本の糸を見てみましょう。
太陽のドアが開いて、勢いよく宇宙船コロナ号が飛び出しました。コロナ号は、太陽系の惑星間を行き来する一人乗りの小型宇宙船です。コロナ号の外側はシールドされていて、太陽の高熱が船内にはとどかないようになっています。もし、このシールドがなければ、太陽を飛び出すときに、たちどころにコロナ号の操縦士は、六〇〇〇度という熱で焼け死ぬことになります。
今飛び出したコロナ号を操縦しているのは、リトル・サンのメンバーで、カリンという一五才の少年です。カリンは、おもにコロナ号の操縦をしています。現在、リトル・サンのメンバーは、カリン、ソラ、スウの三人です。ソラとスウは一四才で、リトル・サンの管制室で働く少女たちです。三人は、太陽の中に住む太陽人でもあります。
太陽の内側は空洞になっていて、真ん中には小さな太陽があります。ですから、太陽の中の世界は惑星とはちがっていて、いつも太陽が輝いています。内側がシールドされているために、太陽人たちはその中で暮らすことができるのです。太陽そのものは、太陽人のメインコンピューターとつながっていて、人びとは自由に太陽と話すことができます。宇宙では、星も惑星もみんな生きているのです。
リトル・サンには、コロナ号のような宇宙船が全部で一〇機あります。しかし、たった三人のメンバーでは、宝の持ちぐされということになります。メンバーを募集してはいるのですが、いっしょにリトル・サンの仕事をしたいという人がいません。リトル・サンの仕事が、まだ広く人びとに知られていないからかもしれません。
さて、太陽を飛び出したカリンの操縦するコロナ号は、木星をめざして飛んでいました。カリンは、銀河系宇宙局にいたことがあり、宇宙船の操縦の腕はばつぐんです。太陽系交通局のルールでは、緊急のときは、秒速一〇〇〇キロでコロナ号は飛んでもいいことになっています。
「ストップ! ストップ!」
太陽系交通局のパトロール隊が、コロナ号を止めました。コロナ号のエンジンは、動かないようにロックされてしまいました。
コロナ号のエンジンをロックしたのは、パトロール隊員のギャラパでした。
「ずいぶん急いでいるようだが、スピードオーバーですよ。宇宙船の運転免許証を見せてください」
「早く木星に行かないといけないんです。それに、スピードオーバーはしていないはずです。エンジンのロックをはずしてください」
「秒速一〇〇〇キロは、れっきとしたスピードオーバーです!」
カリンは、何だか納得できませんでしたが、ギャラパに免許証をさしだしました。さしだしたと言っても、じかに手わたしたわけではありません。宇宙船の中のスクリーンごしに、見せたのです。
「ほう、リトル・サンのメンバーのカリン君かね。いくらリトル・サンのメンバーだからと言って、スピードオーバーはいけません。このあたりは、秒速五〇〇キロ以上だしてはいけません。五〇〇キロもオーバーしていては、止めないわけにはいきません」
ギャラパには、コロナ号が最近このあたりを暴走している小型宇宙船に見えたのかもしれません。
カリンは、なぜコロナ号が止められなければいけないのかわかりませんでした。早く木星に行かなければと、気がせくばかりです。
「今は緊急出動ですから、秒速一〇〇〇キロまでは、スピードをだしてもいいはずです」
「もし、緊急出動であるなら、赤色灯を回すか、サイレンを鳴らさないといけません。しかし、この小型宇宙船は、そのどちらもしていません。ということは、一般の宇宙船と同じあつかいになります」
カリンは、「しまった!」と思いました。あわてて飛び出したので、赤色灯も回さず、サイレンも鳴らさず飛んでいたようです。
「もう、こうなったら、食べるしかないな」
カリンはそう言うと、非常食として積んでいたクッキーを食べはじめました。このクッキーはソラが作ったもので、彼女はケーキやお菓子を作るのが得意でした。
「どうしたのかしら。コロナ号が、さっきから動かないのよ」
管制室のレーダーでコロナ号を追いかけていたソラが、そう言いました。
「本当に止まったままねえ。エンジントラブルかしら」
と、スウが言いました。
「こちら管制室のソラ。コロナ号応答せよ。・・・。カリン、どうしたの?」
「いやあ、まいったよ。スピードオーバーでつかまっちゃって。今まで、止められていたんだ。おちつくには、何か食べたほうがいいと思って、ソラのクッキーを食べさせてもらったよ」
「クッキー、おいしかった?」
「ああ、とてもおいしかったよ。また、たのむよ」
「それで、スピードの方はちゃんと守っていたんでしょうね?」
「守ってはいたんけど、サイレンを鳴らさず飛んでいたもんだから、一般の宇宙船と同じに見られたんだ」
「そう。それは、わたしたちの方が悪いわね。安全を守る義務をおこたったということだから。カリン、気をとりなおして、急いで木星まで行ってね」
「オッケー!」
コロナ号は、赤色灯を回し、サイレンを鳴らして、秒速一〇〇〇キロで木星へ向けて飛びました。
木星
やがて、コロナ号は木星につき、カリンは、言語翻訳マシンのダイヤルを木星にあわせました。
「木星さん、いったいどうしたのか、くわしく教えてください」
カリンがそう言うと、何とも元気のない木星の声が、言語翻訳マシンのスピーカーから聞こえてきました。
「最近、耳なりがひどいんです。今こうしているときにも、何だか気持ちが集中できなくて、・・。自転していても、そのリズムがくるっているんじゃないかと、・・。自分の話すことやしていることに自信が持てなくて、・・。今、あなたにも失礼なことをしているんじゃないかと、心配です」
だれでも耳なりがして、その原因がわからないとなると、不安になるものです。もし、このままほうっておいたら、木星人たちにも、悪い影響を与えます。
リトル・サンの使命は、困っている人がいれば、できることはないかと聞き、病気の星があれば、その力になることです。
「木星さんの耳なりの原因が何なのか、さっそく調べてみましょう」
「お、おねがいします」
やはり元気のない木星の声です。
最初カリンは、耳なりは電磁波のせいかもしれないと思い、電磁波カウンターで調べてみました。しかし、特に強い電磁波は、計測されませんでした。次に、音波センサーでも調べましたが、害になる音波も見つかりませんでした。カリンは耳なりの原因が何なのか見当もつかず、言語翻訳マシンの前で、首をかしげてしまいました。
「ところで、耳なりはどんなふうに聞こえるんですか?」
「ぽわん、ぽわん、しゅーぎなーん」
「不思議な耳なりですね。今度はこの惑星に、そんな音があるのか調べてみましょう。もし同じ音があれば、それが耳なりの原因かもしれません」
カリンは、木星のどこかにそのような音がないか、木星のすべての音のデータをコロナ号のコンピューターに取りこみました。しかし、そのような不思議な音は、どこにも見つかりませんでした。わかったのは、木星には音が非常に少ないということです。
「どおりで、この惑星は静かだと思った」
今度はすべての音の中から、音楽のデータだけを取り出してみました。
「おや? 音楽のデータがほとんどないぞ。そうか、木星の耳なりの原因がわかったぞ!」
耳なりの原因がわからなくて、不安で不安でしょうがなかったカリンは、少し安心しました。
木星の耳なりの原因は、惑星に音楽がないことでした。音楽は、こころをなごませたり、勇気づけたりします。ところが、音楽がないと、不安というものがどんどんふくらんでいきます。それがもとで、耳なりを引き起こしたというわけです。
「こちらカリン。管制室、応答願います」
「こちら管制室のソラ。カリン、どうしたの?」
カリンは、ソラに木星のことをくわしく話しました。
「それじゃあ、木星のためになる音楽を探してみるわ。それを木星人の最高議会に提出して、木星中に流してもらいましょう。音楽のことなら、スウの方がくわしいから、彼女に探してもらうわ」
スウは、太陽系の音楽を集めたデータベースの中から、ひとつ音楽を選んできました。
「ねえ、ソラ。この交響曲第四一番はどうかしら?」
「だれが、作曲した曲なの?」
「地球人のモーツァルトという人が作ったものよ」
「スウがおすすめの曲なら、まちがいないでしょう。まずは、この曲を木星の最高議会に提出しましょう。一曲じゃ、耳なりはなおらないかもしれないので、もっと曲を探しておいてね」
木星の最高議会は、衛星イオにありました。議会は、自分たちの惑星に音楽が少ないことに気づき、音楽による木星の改造計画をすすめることになりました。スウから音楽の情報をたくさん受取り、今まで沈黙の中で暮らしていた木星人でしたが、何だか急ににぎやかになりはじめました。木星人たちはうきうきした気分を味わい、木星もリズムよく自転をしはじめました。
スウは、木星との交信が多くなるにつれて、木星人の暮らしぶりなどを知ることになりました。
木星はヘリウムや水素というガスのかたまりですから、木星人のほとんどは、数個ある衛星で暮らしていました。ガスの海に船をうかべて、ゆらゆらゆれながら暮らす木星人もいましが、彼らはいつも危険と隣り合わせです。大海原の赤いたつまきにのみこまれて、何人もの人が命をおとしたこともありました。
カリンは、木星人の中から太陽系の歌姫がうまれることを願って、秒速三〇〇キロでゆっくりと木星をはなれました。
黄色い宇宙船
カリンは、仕事の帰りに白鳥座を見るのが好きでした。暗い宇宙に大きなつばさを広げて、白鳥が飛んでいる姿を思いうかべると、自分がゆったりした気持ちになっていくのがわかりました。あせらず、それでいて確実に、未来に飛んで行く自分の姿が、イメージできました。リトル・サンのメンバーは、こういった気持ちを持つことが大切です。
突然、コロナ号の自動ブレーキが作動し、スピードが落ちはじめました。
「おや? まわりに宇宙船が、やけに多くなってきたぞ」
コロナ号のスピードは、どんどん落ちていきました。秒速二〇〇キロ。一〇〇キロ、五〇キロ、一〇キロ、一キロ、ゼロ。とうとうコロナ号は、止まってしまいました。
「こちらカリン。管制室、応答願います」
「こちら管制室のソラ。何かあったの?」
「渋滞にまきこまれたみたいだ。木星と火星の間の交通情報、何かでていないかい?」
「交通局からの発表では、宇宙船といん石がぶつかったようね。宇宙船の燃料が飛びちって、スピードが出せないために渋滞しているとのことよ」
「宇宙船の乗組員たちは、だいじょうぶかい?」
「けがをした人が数人いるようだけど、乗組員は全員ぶじとのことよ」
「了解。どうもありがとう」
コロナ号は、進んでは止まり、止まっては進みと、少しずつしか動くことができませんでした。やがて、事故の現場にやってきました。いん石とぶつかったのは、黄色い宇宙船のようです。後ろの燃料タンク部分が破損して、燃料がもれ出したようです。
事故の整理にあたっていたのは、太陽系交通局のギャラパでした。
「やあ、これは、カリン君。木星からの帰りかね?」
「はい。ところで、あの宇宙船は、どこの星からやってきたんですか?」
「あれは、オリオン座からやってきた修学旅行の宇宙船だ。宇宙船の横にある馬のマークを見れば、だいたい見当がつくだろう」
オリオン座には、星が見えない黒い馬の形をした部分があります。これは星がないのではなく、黒い馬がその前にいるから見えないのだ、という伝説がありました。
カリンはコロナ号を黄色い宇宙船の横につけ、言語翻訳マシンのダイヤルをオリオン座に合わせました。
「はじめまして、リトル・サンのカリンです。けが人がいるとうかがいましたが、・・?」
「わたしは、オリオン座アルファ星のイドと申します。この修学旅行の責任者であり、学生たちの教師でもあります。いん石とぶつかったときに、数人の学生がころんでけがをしましたが、全員かすり傷です。ご心配していただき、ありがとうございます」
「ちょっと、けがをした方の傷口を見せていただけますか?」
いん石と衝突事故をおこすと、あとで厄介なことになることがあります。それは、いん石の中にとじこめられている未知のばい菌が、傷口から入ることがあるからです。それを心配して、カリンはイドに聞いたのでした。
スクリーンに映しだされたけが人の傷口を見ると、そう心配するような傷ではありませんでした。しかし、大事をとって、カリンは抗菌シールを取り出しました。
「抗菌シールをお渡しします。透明なシールの中には、感染のおそれがあるばい菌にきく薬がしみこんでいます。それを二四時間、傷口にはっておいてください。もし、途中シールが赤くなったら、抗菌作用が落ちたということですから、シールを交換してください」
リトル・サンの使命は、困っている人がいれば声をかけて、できることがあればすすんで実行することです。ただ単に管制室に入ってきた救助信号をキャッチして、コロナ号を飛ばすことではありません。また、出会いというものも大切にしています。
火星
交通渋滞の向こう側には、たくさんの星が輝いていました。カリンは、コロナ号のスピードを上げました。
突然、管制室から連絡がはいりました。今度は、火星に行ってほしいというのです。コロナ号は、火星をめざし、方向を変えました。もちろん、赤色灯を回し、サイレンを鳴らして、秒速一〇〇〇キロで。
火星についたカリンは、一目で火星のひどさがわかりました。言語翻訳マシンを火星にあわせましたが、解読不能です。それ程火星の状態が悪かったのです。
あちこちの火山が、黒い煙をはいています。このままでは、火星人たちの肺や気管支がやられてしまいます。空が黒い雲でおおわれて、地上に太陽の光もとどかなくなり、巨大ドームで育った植物たちも、このままではもやしになってしまいます。
カリンは、火山の真上にやってきて、コロナ号で火口の中に飛びこみました。もちろん、コロナ号はシールドされているので、溶岩にとけてしまうことはありません。火口の中には、異常は見つかりませんでした。別の火山も調べましたが、結果は同じでした。
今度は、火山の煙と灰を調べることにしました。煙と灰のサンプルを少しとって分析したところ、そのどちらにも、凶悪な宇宙カビと銀河ウィルスが見つかりました。
電子顕微鏡のモニター画面には、宇宙カビと銀河ウィルスが、映しだされました。
「こいつらが、戦争をしているから、火星の表面がこんなにも熱いんだな」
原因がわかったので、カリンには問題がすぐ解決するように思えました。しかし、そうあまくはありませんでした。
「こちらカリン。管制室、応答願います」
「こちら管制室のソラ。何が原因で、火星はそうなったのかしら?」
「宇宙カビと銀河ウィルスの戦争が、原因らしいんだ。こいつらをやっつける薬はないか、調べてみてくれないか?」
「わかったわ。調べて、すぐまた連絡するわ」
しばらくたって、
「カリン。宇宙カビと銀河ウィルスのことがわかったわよ」
「で、どんな薬がきくんだい?」
「それがねえ。ウィルスにきく薬は手にはいるのだけど、カビにきく薬はないのよ」
「じゃあ、ウィルスをやっつけても、カビが火星を支配するということかい?」
ソラが、太陽のメインコンピューターで調べた結果、今回の火星のようなケースが、過去にふたつあったことがわかりました。ソラは、そのことをカリンに説明しました。
「過去のへび使い座のケースでは、ウィルスをやっつけたところまでは良かったのだけど、最後にはカビに支配されて、その星の人たちはみんな星を追い出されたの。宇宙空間に大きなステーションを作って、今ではみんなそこで生活しているわ」
「それって、ふるさとの星がなくなったのと同じことだね。このままじゃあ、火星人たちも、自分たちの星を追い出されるのかい?」
「でも、もうひとつふたご座のケースがあるわ。そこでは、宇宙カビと銀河ウィルスを小さなカプセルに閉じこめることに成功したの。それはねえ。・・・」
突然、コロナ号と管制室との連絡が、切れました。コロナ号に宇宙カビがはりついて、連絡を妨害したのでした。カリンは、すぐにコロナ号にバリアスクリーンをはりました。これ以上カビたちが、コロナ号にはりつかないようにするためです。すでにはりついたカビは、熱線で焼きはらいました。
「カリン、応答願います! カリン!、・・」
ソラはずっと心配で、カリンの名前を呼びつづけていました。
「こちらカリン。今、カビにおそわれそうになったんだ。でも、もうだいじょうぶ」
「ああ、よかった。急に連絡できなくなったので、心配したわ」
「それで、さっきのつづきを話してくれないか?」
「そうそう、ふたご座のことよね。それでね。宇宙カビと銀河ウィルスをよく調べると、銀河ウィルスの方が強いことがわかったのよ」
「それじゃあ、簡単だ。このままほうっておいて、カビがウィルスにやられるのを待って、あとは薬でウィルスをやっつければいいんだ」
「それが、そう簡単にはいかないのよ」
いったん戦争がはじまると、自分たちの生きのびることばかり考えるから、いろんな問題が出てきます。宇宙カビと銀河ウィルスの戦争も同じでした。
火星の火山爆発の原因がわかっても、目の前にいるカリンには、解決の手立てはありませんでした。
「何とかならないのかい? ソラは、カビやウィルスのような微生物にくわしいんだから」
「弱いカビとウィルスは、戦争で死んでしまうわ。生き残るのは強いカビと強いウィルスなの。でも最後は、いちばん強いウィルスだけが生き残るの。ウィルスに効く薬はあっても、最後に生き残る強いウィルスには、まだ特効薬はないの」
「じゃあ、火星人たちはみんな、最後に強いウィルスに感染してしまうのかい?」
「それで、ふたご座のケースを参考に考えたんだけど、・・。カビがウィルスにやられて数がへり、ウィルスの数が少し増えたとき、薬を使ってウィルスの数をカビの数までへらすの。これをくりかえして、カビとウィルスの数をへらすの」
「それから、どうするんだい?」
カリンは、微生物のことにくわしくないので、ソラの言うことを熱心に聞きました。
「そんなふうにして、カビとウィルスのバランスを薬で調節して、強いウィルスが生まれないようにするの。そして、火星人たちの科学力でコントロールできる数まで、カビとウィルスの数をへらすの。ふたご座の人たちは、そうして自分たちのふるさとを守ったらしいの」
「ぼくの専門じゃないから、何だかややこしいなあ。ところで、ウィルスにきくという薬は、どこにあるんだい?」
「その薬は、火星にもあるはずよ。今から資料を送信するから、火星の議会にも提出して、説明してね」
「え? 微生物にくわしくないぼくが、・・。説明するのかい?」
「だって、わたし、そっちにすぐ行けないもの。火星の運命がかかっているのよ」
「りょ、了解」
自信のないカリンの声が、リトル・サンの管制室に流れました。
リトル・サンのメンバーは、自分の専門じゃないことでも、その任務につかないといけないことがあります。経験したことだけしていては、この仕事はつづかないことになります。
考えてみれば、いつも新しい明日がくるわけで、その新しい明日でする経験はその日にとっては、すべてが新しいことです。カリンもそう考えることによって、また気持ちをきりかえました。
ハレーすい星
カリンが火星での任務をおえて帰ろうとしたとき、また緊急連絡がはいりました。
「カリン! 大急ぎで帰ってきて! 太陽につっこんでくるの!」
「いったい、何が太陽につっこんでくるって言うんだい?」
エンジントラブルでコントロールのきかない宇宙船なら、その宇宙船とドッキングして、つっこむ前に乗組員を助ければいいし、それなら、ソラやスウにもできるはず。
「すい星が、つっこんでくるのよ!」
「すい星の一個や二個ぐらいで、太陽はびくともしないはず。どうして、そんなに大さわぎしているんだい?」
「そのすい星には、たくさんの人が住んでいるの。わたしたち二人だけで、その人たちを救えないわ」
カリンにも、だんだん状況がのみこめてきました。
リトル・サンの管制室から送られてきた情報によると、すい星は「ハレーすい星」と言い、ふらふら宇宙を飛びながら、ほぼ太陽に衝突する軌道を飛んでいるらしいとのこと。ハレーすい星には、コメット星人八〇億人が住んでいました。
こんな大事件では、もしかする今回はリトル・サンの出番はないかもしれません。ハレーすい星が太陽にぶつかるまで、あと三六時間。運命の時間は、刻一刻とせまってきています。
ハレーすい星が太陽にぶつかる運命の時間には、カリンは太陽にもどれそうにありません。しかし、カリンは、リトル・サンが役立てることがあるなら、どんなことでもしようと思っていました。
「ぼくたちに、できることはないかい?」
「まだ情報が不足していて、何ができるかどうかわからないわ」
「太陽の最高議会には、連絡をとったのかい?」
「連絡をとったわ。これからどうしようかと、議会も大さわぎよ」
「ハレーすい星からの連絡は、どうなっている?」
「向こうも大変な混乱で、状況がはっきりしないのよ。何でも、流星群と衝突して、シールドがこわれたらしいの」
「それで、すい星のレーダー機能がおかしくなって、ふらふら飛んでいるんだな」
「何か、すい星のレーダー機能を回復させる方法はないかしら?」
「情報が不足していて、まだ対策を立てるのはむりだ。太陽の最高議会とさらに連絡をかわして、すい星の情報ももっと集めてくれ。流星群のことも、もっと知りたい」
今までカリンは、管制室の指示で動くことが多かったのですが、今回は逆です。ひょっとすると実際に行動するのは、ソラとスウになるかもしれません。実際の事件、事故に直面すると、あわててしまって普段の力がはっきできないものです。管制室の二人には、今回いつもの冷静さはありませんでした。
ハレーすい星のレーダーであるしっぽが折れたのでは、その軌道を修正するのは簡単ではありません。もともとハレーすい星は七六年周期で太陽系にもどってくるのですが、広い宇宙で迷子にならずにもどってこれるのは、しっぽのおかげです。この大事なしっぽのレーダー機能がこわれたのでは、飛ぶべき方向がわかりません。
時間は、容赦なく過ぎていきます。太陽とすい星の衝突まで、あと三四時間です。問題を解決する早道は、正しい情報をたくさん手にいれることです。早く修復という大手術をしないと、太陽とすい星は衝突してしまいます。この大手術には、コメット星人八〇億人の命がかかっています。
「ソラ。その後、何かわかったかい?」
「今わかっているのは、ハレーすい星のしっぽのシールドをこわしたのは、しし座の流星群ということ。過去にこの流星群に何度か遭遇したことがあったけど、その時は何の被害もなかったこと。ところが、今回ハレーすい星には、シールドのエネルギーの弱くなった部分があったということ」
まだ、情報が不足しています。これだけでは、行動はおこせません。それでも、しだいに情報が集まり、事の重大さが見えてきました。
シールドのエネルギーが弱いと、小さないん石がぶつかっただけでも、大きな影響がでます。それが、レーダー機能を持つしっぽとなれば、すい星の軌道をコントロールできなくなるのも当然です。
どうしてしっぽ部分のエネルギーが弱くなった原因は、ほかにエネルギーをたくさん消費したからでした。というのは、コメット星人の人口が増えて、エネルギーの多くを生活エネルギーとして使ったためでした。
今、コメット星人たちができるのは、何とか内部から補助シールドで、すい星の内部環境を保つことだけです。流星群との衝突で、大きくずれてしまった軌道を修正する技術は、今のコメット星人にはありませんでした。
解決策は、宇宙空間にあるすい星のしっぽのところに行き、専門の技術者がシールドを修復することですが、・・。
「こちら、太陽最高議会のマーシャです」
「こ、こちら、リトル・サンのソラです。何でしょうか? マーシャ議長」
「さっき議会で、ひとつの結論がでて、リトル・サンに協力してほしいことがあるのだ」
「それで、わたしたちが、どんな協力を?」
「まずは、サルベージ宇宙船にシールド修復のリペアマシンを積んで、太陽救助隊が今回の任務につこうと考えておる」
「太陽救助隊は、いちばん勇敢な救助隊です。その救助隊が出動するのであれば、わたしたちの出番はなさそうですが」
「いやいや君たちには、重要な任務があるんだ」
リトル・サンに、何ができるというのでしょう。たった三人のリトル・サンに。
太陽救助隊は、かずかずの救助活動で活躍してきました。宇宙ステーションの大火災から、たくさんの人たちを助け出したこともありました。地割れに落ちた宇宙船を引き上げたこともありました。太陽救助隊は、太陽系の中でいちばん信頼できる救助隊です。
「こわれたしっぽを修復するのは、太陽救助隊だが、その現場に行くのは容易なことではない。軌道が不安定なすい星のしっぽにたどりつくには、冷静にサルベージ宇宙船を誘導できなくてはならない。また、リペアマシンを使うタイミングをちゃんと指示できなくてはならない。君たちには、その役をお願いしたいのだ」
マーシャ議長は、リトル・サンを信頼して、そう言いました。
「そ、そんな重要な任務を、わたしたちが?」
ソラとスウは、顔を見合わせ、返事に困りました。
信頼されることは、誇りに思っていいことかもしれませんが、サルベージ宇宙船を誘導して、リペアマシンを使う指示をどうだしたらいいのか、ソラとスウにはわかりませんでした。
二人は、カリンに連絡をとりました。
「ねえ、カリン。今度の任務をやりとげる自信がないのよ。どうしたらいい?」
カリンが太陽に帰ってこれるのは、四〇時間後。それでは、間に合いません。カリンはアドバイスするだけで、最後の決断をするのは、ソラとスウです。迷っているうちにも、時間は過ぎていきます。
衝突!?
太陽とハレーすい星の衝突まで、あと二五時間。
「ぼくが行けたらいいのだが、・・。君たち二人が、やるしかないだろう。マーシャ議長は、君たちならできると思って、頼んできたんだ。もし君たちが信じられないなら、何も頼みはしないだろう。やるかやらないかは、ぼくが決めることじゃない。二人が、決めることだ」
ソラは、コロナ二号の、スウは、コロナ三号のハンドルをにぎりました。
「行くわよ! スウ」
「オッケー! ソラ」
二人は、二隻のサルベージ宇宙船をしたがえました。
二隻のサルベージ宇宙船は、オアルとネと言う名前でした。ソラはオアル・サルベージを、スウはネ・サルベージを誘導しました。やがて、肉眼でハレーすい星のこわれたしっぽが見えるところまできました。しかし、衝突まで残りあと一八時間でした。サルベージ宇宙船をすい星から一〇万メートルのところに待たせて、ソラとスウはしっぽに近づきました。磁気あらしがひどくて、コロナ号のハンドルが、思うようにいうことをききません。
「ああ!」
「ねえ、だいじょうぶ? ソラ」
「びっくりしたわ。もう少しで、吹き飛ばされるところだった。スウの方は、だいじょうぶ?」
「こっちは、平気よ。でも、このままサルベージ宇宙船が近づいたら、磁気あらしで飛ばされるかもしれまいわ」
「磁気あらしの起こらない磁気の弱いところを探さないと、・・。時間がないわね」
「ちょっと待って、ソラ。確かコロナ号には、磁気センサーがあったわよね?」
「あ、そうか。磁気センサーで磁気の弱いところを探して、そこにサルベージ宇宙船を誘導すればいいんだわ」
ところが、ソラの乗ったコロナ二号は、さっきの磁気あらしのショックで、磁気センサーがこわれてしまっていました。しかたなく、スウの乗ったコロナ三号で、磁気の弱いところを探すことになりました。スウが探している間に、ソラは二隻のサルベージ宇宙船のところにもどり、スウの合図を待ちました。
「こちら、コロナ三号。磁気あらしの弱いところが見つかったわ。Fの三五とMの三六地点よ。ソラは、オアル・サルベージを誘導して、Fの三五地点へ向かってね。わたしは、少しおくれるけど、ネ・サルベージをMの三六地点に誘導するわ」
「わかったわ」
時間は、容赦なく過ぎていきました。衝突まで、あと八時間です。
ソラとスウは、サルベージ宇宙船を予定の地点に誘導しまた。衝突まで残り時間は、あと二時間。すぐにでもリペアマシンを使わなければ、太陽の引力からハレーすい星は抜けることはできません。
「五、四、三、二、一。オアル・サルベージ、リペア線照射!」
「ネ・サルベージも、リペア線照射!」
二隻のサルベージ宇宙船のリペアマシンから、シールド修復のリペア線が照射されました。
二隻のサルベージ宇宙船の救助隊員たちは、四五分間リペア線を照射しつづけました。その甲斐あって、ハレーすい星のやぶれたシールドは修復され、すい星のしっぽは、もとのレーダー機能をとりもどすことができました。修復があと一五分おくれていたら、すい星は太陽の引力にとらわれて、太陽と衝突するところでした。
八〇億の民は喜びの声を上げ、救助に関わった人たち全員に深く感謝しました。
「こちら、ハレーすい星の代表マスター・イーです。このたびは、みなさまの多大なる努力のおかげで、わたしたちの星が救われました。誠にありがとうございました。太陽救助隊のみなさまも、大変お疲れさまでした。太陽のマーシャ議長にも、大変感謝しております。これからわたしたちは長い旅にでて、また太陽系にもどってきますが、その時はエネルギー問題に真剣に取り組んだ姿を見ていただきたく思います。本当にこの度はありがとうございました」
ハレーすい星は、長いしっぽをまるで魔法使いのほうきのようにして、太陽系をはなれていきました。しっぽがあれば、広くて暗い宇宙でも迷子にならずにいられます。しっぽの示す方向の反対側に、いつも太陽が輝いているからです。
「リトル・サンのメンバーになって、まだ一年だけど、こんなに気を張りつめて仕事をしたのは、はじめて。疲れちゃったわ」
管制室にもどったソラは、そう言ってイスに腰をかけました。緊張の糸が切れたように、腕をだらんと下ろして、両足をなげだしました。
スウもテーブルに頭を横たえて、今までのことをぼんやり思い出していました。
「だだいま。ソラに、スウ、やったね! 君たちのおかげでたくさんの人の命が救われて、本当によかった。お疲れさま」
カリンは、そう言ったものの、何だか元気のない二人に、ちょっととまどいました。
「どうしたんだい? 二人とも。元気がないねえ。きっと大役だったので、疲れたんだね」
「疲れたことには疲れたけど、ハレーすい星からは、わたしたちに何の感謝の言葉もないのよ」
「何言っているんだ、スウ。みんな君たちの活躍を見ていたじゃないか。感謝しないはずはないだろう。二人のことは、太陽救助隊として見ていただけだろう」
「わたしたちは、太陽救助隊じゃないわ。リトル・サンよ!」
ソラは、強い口調でそう言いました。
「まあまあ、ちょっと落ちついてくれよ。ぼくたちの仕事は、感謝されるというような、見返りを期待してやる仕事じゃないだろう。リトル・サンのメンバーは、東に困っている人がいればかけつけて、できることはないかとたずね、西に病んでいる人がいれば、その人の話しを聞くことだろう」
「それは、そうだけど、・・」
ソラは、言いたいことが、のどのとこまで出てきているのだけれど、うまく言えなくて、口をつぐんでしまいました。
そのとき、ぽつりとスウが言いました。
「わたし、リトル・サンをやめる」
「え、え?」
カリンとソラは、びっくりして、あとの言葉がつづきませんでした。
別れと出会い
リトル・サンをやめると急に言い出したスウでしたが、カリンには、その理由が見当もつきませんでした。
「いきなり、リトル・サンをやめると言いだして、いったいどうしたというんだい?」
「今度のハレーすい星の仕事が、つらかったからじゃないの。実は、木星で暮らしたいと思ったからなの」
「どうして、木星で?」
「この前、木星で音楽がないと言う事件があったわよね。その後、何度も木星とそのことで交信していてわかったの。わたしの本当にやりたいことが。それは、音楽なの。太陽系を音楽でうるおすことが、わたしの使命に思えたの」
「じゃあ、残されたカリンとわたしはどうなるの?」
ソラが、強い口調で言いました。
「カリンとわたしを残して行ってしまうなんて、そんなの勝手すぎない?自分のやりたいことが見つかったからって、リトル・サンを投げ出していいの?」
すかさず、カリンは、
「そんなことを言うんじゃないよ、ソラ。リトル・サンが結成されたときは、ぼく一人だったんだ。右も左もわからない宇宙で、ぼくは君たちに会える日をずっと待っていたんだ。そして、一年後君たちに出会えて、とてもうれしかった。でも、出会いがあれば、別れもかならず来るものなんだ。ちょっと、その別れが早かっただけじゃないか」
「カリン、ありがとう。ごめんね、ソラ」
ソラは、一度大きく深呼吸をして、
「いいえ、わたしもちょっと言いすぎたわ。スウがいなくなると思ったら、急にさみしくなって、つい言わなくてもいいことまで言ってしまって。ゆるしてね」
その時、管制室のドアをたたくものがおりました。ドアを開けると、そこに立っていたのは、ハレーすい星のコメット星人三人とオリオン座アルファ星のイドでした。
コメット星人たちは、手紙を持っていました。
「リトル・サンのみなさま、この度は大変お世話になり、ありがとうございました。みなさまのおかげで、ハレーすい星は救われました。実は、その活躍ぶりを見ていたチャー、チュー、チョーの三名が、どうしても太陽に残りたいと申しまして、残ってリトル・サンのメンバーとして、働きたいと申します。どうかその志をくみおき、よろしくお願いいたします。そして、かさねてこの度は、本当にありがとうございました」
手紙の主は、ハレーすい星代表のマスター・イーからでした。
コメット星人のチャー、チュー、チョーの三人は順番に、
「足を引っぱることがあるかもしれませんが、一所懸命頑張りますので、どうかよろしくお願いいたします」
「体は小さいですが、コンピューターで大きなログラムを組むことができます。何かお役に立てればと思っています」
「宇宙船の操縦には自信があります。カリンさん、ソラさん、スウさん、これからよろしくお願いします」
カリンとソラは、にこっと笑ってうなずきましたが、スウは、ちょっとてれ笑いをしました。
チャー、チュー、チョーの三人が加わって、リトル・サンのメンバーは、六人になりました。
「カリンさん、おひさしぶりです。修学旅行の宇宙船の事故のときには、大変お世話になりありがとうございました。あれから、学生たちがいろいろ調べまして、リトル・サンに大変興味を持ちました。調べていくうちに、三名の学生たちが、リトル・サンのメンバーになりたいと申しまして、宇宙船の中で卒業式をむかえて、今ここに連れてまいりました。どうぞ、よろしくお願いいたします」
アルファ星のイド先生は、うしろにひかえていた三人の卒業生たちをカリンたちに紹介しました。
ニド、ミド、シドの三人は順番に、
「リトル・サンのメンバーに加えてください。カリンさん、よろしくお願いします」
「コメット星人たちとも、仲良くやっていきます。ソラさん、よろしくお願いします」
「はじめてお会いしますが、スウさん、これからずっとよろしくお願いします」
スウは、またちょっとてれ笑いをしました。カリンとソラは、これから忙しくなりそうだという顔をしました。
リトル・サンのメンバーは、これで九人になりました。しかし、もうすぐ、八人になります。
スウは、カリンとソラに、
「一年という短い時間だったけど、どうもありがとう。わがままを言ってやめることになるけど、二人のことは決して忘れないわ。そして、リトル・サンのことも。リトル・サンの一年間があったからこそ、今こうして新しい道を歩めるんだと思っている。カリンとソラには、感謝してもしつくせないくらい、いろんなことを教えてもらったし、勇気づけられたわ。本当にありがとう」
「木星のヘリウムを吸って、変な声になるなよ」
「またここに遊びに来てね」
スウは、うんとうなずくと、新しいリトル・サンのメンバーに、
「リトル・サンは、みなさんを大歓迎します。でも、わたしはみなさんとは、今日でお別れです。お会いしてもうお別れなんて、何だか変な感じですが、かげながら応援しています。コメット星人のみんな、アルファ星のみんな、カリンとソラをいじめたら、わたしが承知しないわよ!」
ソラは、最後に冗談を残して、コロナ三号で木星へ飛びました。
宇宙ゴミの回収
さて、リトル・サンの活動は、どうしてもコロナ号での移動が多いので、まずはコロナ号の操縦を覚えなくてはなりません。カリンはコロナ一号に乗り、コメット星人のチャー、チュー、チョーをそれぞれ四号、五号、六号に乗せ、太陽を飛び出しました。チャーは少女で、チューとチョーは少年でした。少年少女と言っても、彼らの年は、六五五四才でした。六五五四才と言っても、大長老ではありません。これは、ハレーすい星の時間計算なので、太陽人からすると一二才ぐらいの少年少女に見えます。
「海王星に向けて、出発!」
カリンは、チャー、チュー、チョーの三人をしたがえました。
チャー、チュー、チョーの乗ったコロナ四号、五号、六号は、金魚のフンのように、カリンの一号についていきました。
やがて、海王星、冥王星の近くにきました。この辺から見る太陽は、指の先にもならないくらい小さく見えます。日差しも弱くなり、水という水は、みんな氷になってしまっています。そして、太陽の光があまりとどかないことをいいことに、ゴミを不法に捨てていく者がいたりします。
「これから、ゴミの回収をするぞ」
「ゴミを拾うのも、リトル・サンの仕事ですか?」
ハレーすい星を救った活躍ぶりを見ているチョーにとっては、ゴミ拾いとリトル・サンがむすびつかないのも当然です。
「チリも積もれば山となるように、一ミリのゴミでも、それが高速で宇宙船とぶつかったら、大事故になるんだ。さあ、はじめるぞ」
カリンたちは、コロナ号に備えているネットを出しました。その中に、どんどんゴミを入れていきました。ネットは、風船のようにふくらんでいきました。
ゴミのほとんどが、いらなくなった宇宙船と人工衛星でした。もうこれ以上ふくらまないというくらいネットは大きくなりました。カリンたちはそのゴミを捨てに、ゴミ再生工場の宇宙ステーションに向いました。宇宙ステーションは、太陽系のいちばん外側にありました。
宇宙ステーションでは、集まったゴミに強い圧力を加えて、小さなかたまりにします。そのかたまりは、また建築資材などにして再生して使われます。放射能を出すようなゴミは、専用のゴミロケットに積みこんで、ブラックホールに発射します。
「これから、ゴミロケットの発射を見学するぞ」
カリンたちは、ゴミロケットの発射台のすぐそばまで来て、発射の秒読みを聞きました。
「五、四、三、二、一、発射!」
ゴミロケットは、宇宙ステーションからゆっくりとブラックホールめがけて、飛び出しました。
「きゃーっ! だれか、助けてー!」
そう叫んだのは、チャーでした。チャーの乗ったコロナ四号は、ゴミロケットにひっぱられて、まいあがりました。コロナ四号のネットが、ゴミロケットにひっかかって、いっしょに飛んでしまったのでした。
「チャー、ネットを切りはなすんだ!」
「だめ。切りはなせないわ!」
「ゴミロケットにひっぱられていてはだめだ。全速力でゴミロケットと同じ方向に飛び、前に出てネットをはずすんだ!」
「だめ、だめ。ぜんぜんエンジンが、いうことをきかないわ!」
カリンたちは、全速力でゴミロケットを追いかけましたが、ゴミロケットはしだいにスピードを上げて、追いつくどころかどんどんはなされていきました。
カリンは、ゴミ再生工場の宇宙ステーションに連絡をとりました。
「今発射したゴミロケットをとめてください。ぼくらのメンバーが、ゴミロケットにひっぱられています」
「了解」
「ああ、よかった。助かった」
ところが、安心したのもつかの間、その後もゴミロケットは、飛びつづけました。
チャーの乗ったコロナ四号は、ゴミロケットにひっぱられ、ブラックホールに向って一直線に飛んでいきます。
「こちらゴミ再生工場の宇宙ステーション。ゴミロケットが、ストップできません!」
「なぜ?」
「もうゴミロケットは、ブラックホールの引力圏に入っていて、こちらから電波を送っても、電波自体がすいこまれてしまいます。あと一〇秒ぐらいで、向こうからの電波もとどかなくなります」
「そ、そんなあ!」
カリンたちの落胆ぶりは、表現のしようがありません。そして、もうこれ以上、後を追いかけることはできません。カリンたちの乗ったコロナ号も、ブラックホールの引力圏に入ってしまうからです。
「ねえ、みんな! はやく・・、たす・・、けに・・、・・」
「チャー! きっと、助けにいくからなー!」
カリンの声は、チャーにはとどきませんでした。
ちょっとした油断が、大きな事故につながってしまいました。チャーは、ほんの数日前にリトル・サンのメンバーになったばかりです。これからどんどん勉強をして、役に立ちたいと思っていた矢先の事故でした。
「ぼくが、悪いんだ。もっとみんなに気をくばり、注意をしていれば、こんなことにはならなかったんだ」
「ネットをしまうようにという指示は、ちゃんと出ていました」
チョーが、そう言いました。
「たとえそうだとしても、コロナ号の不良で、ネットがしまわれなかったのなら、ちゃんと整備しなかったぼくが悪いんだ」
「こちら、管制室のソラ。整備がなされていなかった責任は、わたしにもあるわ。そんなに自分ばかり責めないで、カリン」
目の前で、チャーがブラックホールにすいこまれるのを見たカリンにとっては、ソラの言葉はなぐさめにはなりませんでした。カリンには、急に六人ものメンバーが増えたといううれしいことがあり、少しうかれた気分があったのかもしれません。しかし、悲しい現実は、しっかり受けとめなければなりませんでした。リトル・サンのこれからの運命がかかっているのですから。
カリンの頭の中では、「どうしてこんなことに? なぜこんなことに?」と、疑問符ばかりがうかんできます。運命という言葉で、かたづけたくありませんでした。カリンたちは、暗い気持ちで太陽に帰りました。
このことは、チャーのふるさとであるハレーすい星にも伝えられました。折り返し、ハレーすい星代表のマスター・イーから、リトル・サンにメッセージがとどきました。
「宇宙の歴史にくらべたら、コメット星人の命の長さは、長さにもならないかもしれません。親から子へ、子から孫へと受け継がれる命さえ、たとえ長さにならなくても、チャーの六五五四年間はむだではなかったと信じています。いや、そう信じさせてください。そして、自分のやりたいことを探していたチャーにとっては、それに出会えたことは、何よりもうれしかったにちがいありません。そのうれしい気持ちに出会えたリトル・サンが、これからもあり続けることをわたしは願っています」と。
ブラックホール
リトル・サンの新メンバーであるアルファ星人のニド、ミドは少女で、シドは少年でした。年は三人とも同じで、二〇〇一〇才でした。太陽人では、一三才ぐらいに見えます。
ニドたちは、修学旅行で太陽系をめざしてきたわけですが、アルファ星を出発してすぐに冬眠をしました。宇宙船のカプセルの中で、二万年という長い冬眠です。宇宙船は自動操縦されていて、太陽系が近づいたときに、カプセルが開く仕組みになっていました。
修学旅行の行く先に、遠くを希望したアルファ星人の学生たちは、みんな宇宙船の中で授業をうけ、卒業して育っていきます。母星のアルファ星に帰る者は、ほとんどいません。たとえ帰っても、知らない人ばかりがいるということになります。
「ブラックホールから、帰ってきたという人を知っているわよ」
ニドの突然の言葉に、ソラはびっくりしました。
「ブラックホールって、すべてをのみこんでしまうんじゃないの?」
アルファ星人たちは、とても勤勉で、いろんな知識をたくわえていました。冬眠している間にも、学習がなされていて、悲しい事故があったブラックホールについても、とてもくわしい知識を持っていました。
「これは聞いた話しだけど、アルファ星にとても頭のいい犯罪者ガンマがいて、自分を死刑にするのなら、ブラックホールにほうりこんでほしいと言ったの。それで、裁判所はガンマをロケットに乗せて、ブラックホールに永久に追放すると決めたの。だけど、追放されて数年後、ガンマが生きているといううわさが流れはじめたの」
「ブラックホールにのみこまれたものは、出てこられないはずよ」
「でも、調べてみたら、そのうわさは本当で、ガンマは地下組織にかくれていたの」
「それで、ガンマは、どんな方法でブラックホールから出てきたの?」
「そのつづきは、わたしが話すわ」
科学にくわしいミドが、今度は話しはじめました。
「ガンマは、その知識や技術を悪いことに使わなければ、とても優秀科学者でした。追放される少し前に、ガンマは反物質を発見したらしいの」
「ハンブッシツって、何?」
「反物質というのは、ブラックホールにある物質のことで、物質がブラックホールにとりこまれると、あるところを境に物質が反物質というものに変るの。ブラックホール自体は、とても小さなものなのに、まるでブラックホールの中に、反物質の世界が無限に広がるという感じなの。その反物質をガンマは手に入れて、ロケットの中に持ちこみ、そのエネルギーを使って、まいもどったというわけ」
「もし、その話しが本当なら、チャーをブラックホールから救い出すことができるかもしれないわね」
しかし、地下組織にかくれているガンマを見つけるのは、容易ではありません。それに、今からアルファ星に行っても、二万年かかってしまいます。不老不死の薬でも発見しないかぎり、その頃には、ガンマもきっと死んでいるでしょう。
「実は、ガンマはときどき太陽系に来ているらしいの」
ニドの言葉に、またソラはびっくりさせられました。
オリオン座のアルファ星から太陽系に来るには、普通二万年はかかります。しかし、ニドの話しでは、ちがうようです。
「ガンマは瞬間移動のできる機械を発明したらしくて。それを宇宙船のコンパスにして、どこへでも自由に移動しているらしいの」
「ニド。それは本当の話しなの?それに、なぜ、ガンマは太陽系に来ているの?」
「瞬間移動の話しは、ほぼまちがいないと思うわ。でも、なぜガンマが太陽系に来ているのかは、くわしくは知らない」
ソラには、チャーを救い出す明るい手だてが、少し見えてきたような気がしました。
そのとき、カリンたちが無言で帰ったきました。
確かな証拠がないので、単なるうわさが一人歩きしただけかもしれませんが、わずかな望みでもあるなら、チャーの救出をあきらめては、あとで後悔することになります。ソラは、ブラックホールのこと、反物質のこと、ガンマのことを矢継ぎ早に話しました。
「その犯罪者のガンマとやらをつかまえて、反物質を手に入れよう。ガンマが乗った宇宙船が来たらすぐわかるように、レーダーにフィルターをかけよう」
カリンは、レーダーにフィルターをかけようと、フィルタースイッチに手をかけました。
「カリン、ちょっと待って。そのフィルターって、太陽系の宇宙船の信号を消すフィルターのことじゃない?」
「そうだよ、ソラ」
「そんなことをしたら、太陽系の宇宙船が遭難信号を出しても、わたしたちはすぐに出動できないじゃないの?」
「だいじょうぶ。太陽救助隊のレーダーが、バックアップしてくれるから」
カリンは、レーダーのフィルタースイッチをオンにしました。
レーダースクリーンからは、太陽系の宇宙船の信号は消えて、太陽系以外からきた宇宙船の信号が映し出されました。その数は、全部で四二個ありました。
「こんなにたくさんあったのでは、かりにこの中にガンマの宇宙船があったとしても、てわけして探しているうちに、気づかれて逃げられてしまうかもなあ」
カリンの心配をよそに、ソラは何か情報を持っているようです。
「四二個のうち、四〇個は、ケンタウルス座の宇宙船よ。今度、ケンタウルス座と太陽系を結ぶかけ橋を作る計画しているの。それで、その調査にやってきているの。問題は、残りの二個の信号ね」
「二個とも、わたしたちオリオン座アルファ星の宇宙船よ」
そう言ったのは、ニドでした。さらに続けて、
「一個は、わたしたちが乗ってきた宇宙船で、先生のイドが操縦しているわ」
「あ、そうか。修学旅行生がみんな卒業して、イド先生は太陽系の惑星間バスの運転手になったんだわ。じゃあ、残りの一個があやしいわね。ニド、あの宇宙船に連絡をとってみて」
「はい」
あやしい宇宙船からは、何の応答もなく、ますますあやしくなっていきました。
カリン、チュー、チョーの三人は、コロナ号に乗り、太陽を飛び出しました。
月の裏側
カリン、チュー、チョーの三人は、月をめざしています。あやしい宇宙船は、地球の衛星である月に着陸していました。管制室にいるソラ、ニド、ミド、シドの四人は、月の情報を集めはじめました。
言語翻訳マシンで、月から直接情報が得られればいいのですが、惑星との交信がやっとできるようになったところで、衛星とはまだ成功していません。
さて、ソラたちが調べてわかったことは、月はもともと太陽系にはなくて、すい星として地球をかすめたときに、地球の引力にとらえられたということです。月のふるさとは、オリオン座にあることもわかりました。
「オリオン座、ガンマ、月。何だか、匂ってくるわねえ」と、ソラ。
「何か、臭いですか? ぼくじゃないですよ」と、シド。
「何、言っているの。オリオン座、ガンマ、月が、何か関係ありそうだということよ」
シドがとんちんかんなことを言ったのは、管制室でその居場所を気にしてのことかもしれません。ウーマンパワーの強い管制室では、身長二メートルのシドも小さくなっていました。
「オリオン座、ガンマ、月が、運命の赤い糸で結ばれているということですね」と、シド。
「?、?、?」と、ソラ、ニド、ミド。
ソラは、地球の最高議会に連絡をとりましたが、月のあやしい宇宙船のことは知らないということです。多分、あやしい宇宙船は、そっと地球にやってきて、月の裏側に着陸したからです。月は、いつも同じ顔だけを地球に向けているので、裏側に着陸されては、地上からは何も発見することはできません。
現在、月の表には遊園地とテーマパークがあり、地球人たちはそこで自由に遊び、楽しむことができます。今子どもたちに人気があるは、「月とすっぽん」という遊園地です。中でも、すっぽんの体の中を表現したロールプレイゲームと月着陸シュミレーションが大変な人気です。
テーマパークで人気があるのは、「ゲッカビジン」です。ここでは、一〇〇万種類の植物が集められて、四季を楽しめる工夫がされています。中でも、サボテンのコーナーでは、自分の体重を気にしないで、おいしいサボテン料理を楽しめます。また、秋には、もちつき大会があり、昔体験もできます。重力が地球の六分の一ですから、力の弱い小さな子たちや女性でも、きねをふりあげて、もちをつくことができます。
月には、めずらしい鉱石もうもれていますが、そちらの開発はまだおくれています。特に、月の裏側は、連絡がとりづらいということもあって、手つかずのままです。
「こちらカリン。管制室、応答ねがいます」
「こちらソラ。今、どこにいるの?」
「今、月の遊園地にいるんだ」
「いいなあ、今度わたしも連れていってね、なんて話しは置いといて。何してるの、そんなところで!」
「遊園地の中じゃないよ。入口にいるだけだよ。それで、あやしい宇宙船は、まだ月の裏にいるかい?」
「ええ、ずっと動かないでいるわ」
カリンとチューは、あやしい宇宙船に近づく準備をはじめました。
リトル・サンの管制室から、あやしい宇宙船に一度信号を送っているので、向こうは警戒をしているかもしれません。うっかり近づいては、気づかれるかもしれません。カリンとチューは、レーダーバリアをはって、あやしい宇宙船に近づくことにしました。
レーダーバリアは、どんなレーダーにも発見できないかわりに、外部からの電波もとどかなくなります。管制室からの連絡もはいらなくなりますが、電波の送信はできるので、一方通行の会話なら問題はありません。
チョーは、連絡係として、月の表に残ることになりました。
あやしい宇宙船に向った二人は、その宇宙船が着陸したと思われる地点から、手前五キロのところまで近づきました。いくらレーダーバリアをはって、そっと近づいたとしても、コロナ号のエンジン信号までは消せません。そこで、これから先は、歩いて行くことにしました。
月では、歩くよりも、はねた方が進みます。カリンとチューは、ウサギのようにピョンピョンはねて行きました。
「わーい、こんなに高くはねるぞ。カリンさんより、ぼくの方が高いぞ」
「チューなんかに負けるもんか、ぼくの方が高いぞ、なんて言っている場合じゃないんだ。そんなに高くはねて、見つかったらどうするんだ!」
カリンは、チューを連れてきたのは、まちがったかなと一瞬思いました。
「管制室のレーダーがとらえたのは、あの宇宙船だな」
カリンとチューは、あやしい宇宙船が大きな岩山のかげにあるのを見つけました。まるで、見つからないように、かくれているようです。機体の色も真っ黒で、あやしい宇宙船は、いかにもあやしいという感じです。
「アルファ星で、あんなサメのような宇宙船は見たことがない」
チューの知っているアルファ星の宇宙船ではないようです。地下組織で作られた宇宙船だから、一般には知られていないのかもしれません。しかし、リトル・サンの管制室のレーダーがとらえた信号は、アルファ星の宇宙船のものです。よく見ると、あやしい宇宙船は、何か地面からほりだしているようです。
「こうなったら、船内にもぐりこんで、いったいだれが何をしているのか調べないと」
「カリンさん、ここは、ぼくにまかせてください。ぼくは、体も小さいし身も軽いので、かくれ場所もすぐ見つけられます」
カリンは、少し心配でしたが、チューの前向きな気持ちも大切にしたいと思いました。
「無理はするなよ。船内のようすがわかればいいんだから」
「はい」
あやしい宇宙船は、おなかのドリルで地面に穴をあけていました。ドリルでくだけない岩は、サメのような口でかみくだき、ベルトコンベヤーで奥に送っていました。お尻からは砂をはきだしていました。
チューは、サメのような口にかまれないように、岩といっしょに宇宙船のおなかに入っていきました。
ところが、一時間過ぎても、チューは出てきません。カリンは、自分ももぐりこもうかと思いましたが、そのとき、あやしい宇宙船から、だれかの声がしました。
「そこにかくれているのは、わかっているんだぞ。すぐに出てこい!」
出てこいと言われて、のこのこ出て行く者はいません。相手が、はったりをかけているのかもしれないからです。
カリンは、かくれたまま、
「おまえは、だれだ?」
「おれの名は、ガンマ。さっきおれの宇宙船シュガーに、ネズミが一匹まぎれこんだ。そのネズミのことがかわいかったら、はやく出てこい!」
あやしい宇宙船は、やはり悪党のガンマが乗る宇宙船でした。ネズミというのは、チューのことにちがいありません。ここは、いさぎよくつかまるしかありません。チューの命には、かえられません。
カリンは、姿を現しました。そのとたん、
「それ、あの小僧をひっつかまえろ!」
「ありゃりゃ、ガンマがいっぱい宇宙船から出てきたぞ。何でこんなに、ガンマがたくさんあるんだよお」
カリンは、たくさんのガンマたちにびっくりしました。実は、ガンマは、自分の細胞を培養してクローンたちを作ったのでした。そして、クローンたちを自分の手足にして、道具のように使っていました。生体実験をするときも、危険な作業をするときも、ガンマはクローンを都合のいいように使っていました。
カリンは、ガンマのクローンたちにつかまって、チューと同じ部屋にとじこめられました。
「おれは、おまえたちの命を取るような悪党ではない。その代わり、一生この宇宙船シュガーで、奴隷として働かしてあげよう」
ガンマはそう言うと、角砂糖を九個口にほおばりました。悪党の上に、ガンマは甘党でもありました。
「レーダーから、あやしい宇宙船が消えました」
リトル・サンの管制室で、レーダーを担当していたミドが言いました。
「こちら管制室のソラ。コロナ六号、応答願います」
コロナ六号には、チョーが乗っていて、連絡係をしているはずですが、応答がありません。
「まさか連絡係をさぼって、遊園地で遊んでいるんじゃないんでしょうね。月の表には、誘惑が多いから」
ソラの思った通り、チョーはコロナ号を降りて、遊園地の入口に向っていました。
「ほんの十分間ぐらいなら、いいだろう。ここに来て、遊ばない手はないだろう。早く行って、早くもどってくれば、だいじょうぶ、だいじょうぶ」
チョーは、遊園地「月とすっぽん」に急いで入って行きました。ところが、チョーが思っていたところとは、何だかようすがちがいます。
「だれだ、おまえは?」
男が、前をさえぎり、チョーをにらみつけました。
「ぼ、ぼくは、コ、コメット星人です」
チョーが入ったのは、遊園地ではありませんでした。
反物質リング
チョーが、遊園地とまちがえて入ったところは、「鉱石調査隊ムーンベース」というところでした。
鉱石調査隊ムーンベースは、月にどんな石や土があるのかを調べる基地です。深い穴をほって、珍しい石がないかを探したり、どんな地質で月ができているのか調べたりします。そして、男は、そこのガードマンでした。
「どこの銀河のコメット星人かは知らんが、ここは子どもが来るようなところではない」
「ここは、遊園地じゃないんですか?」
「遊園地の入口は、となりだ。よく見ればわかるだろうが。遊園地の方には、月とすっぽんのアーチがあって、そこをくぐるようになっている。こっちの入口の門に、何て書いてあるか見なかったのか?」
「あわてて入ったので、よく見ませんでした。それで、ここは、どこですか?」
「ここは、鉱石調査隊ムーンベースだ! おれは、ここのガードマンだ! よく覚えておけ!」
よく確かめもせず入ったのは悪いが、一方的にどなられるのも、チョーとしては納得がいきません。
ガードマンは、また一方的に、
「ここで会ったのも何かの縁だ。おまえに、ビッグニュースをプレゼントしよう」
「何ですか? ビッグニュースって?」
「どうせ明日になったら発表されるから、今話してもいいだろう。実はな、反物質というものが、この月で発見されたんだ。おまえ、反物質を知っているか?」
ガードマンがそんなことを人に話してもいいのか、とチョーは心配しました。情報がまったくガードされていないな、とも思いました。しかし、いつか反物質に出会うときがあると思っていたので、それが使えるのかどうかの方が、チョーには関心がありました。
「扱うのに高度な技術が必要な反物質なんて、地球人の手におえるのかなあ?」
「年もいかない子どものくせに、なまいきなことを言うんじゃない!」
「ぼくは、ガードマンのおじさんより年上だよ」
「五六五才の大人をからかうのも、いいかげんにせんか! せっかく秘密を教えてやったのに」
「教えたら、秘密にならないよ。それに、ぼくは、六五五四才だよ」
「まだ、言うか!」
わからず屋のガードマンと話をしていてもしょうがないので、チョーはさっさと退散しました。
ところで、この頃の地球人の平均寿命は、八〇〇才でした。
「こちらチョー。管制室、応答願います」
「こちらソラ。いったい今まで、何していたの?」
「遊園地に、じゃなかった。遊園地のそばの鉱石調査隊ムーンベースを調査していました」
「それなら、話しが早いわ。チョーは、もう一度そこに行って、最大重量が一キログラムになる反物質をもらってきてちょうだい。リトル・サンのメンバーだと言えば、手渡してもらえるから。もらったら至急転送ロケットで、科学省に送ってちょうだい」
ソラが、反物質のことを知っていたのは、地球の最高議会から太陽に連絡がはいっていたからでした。
チョーは、鉱石調査隊ムーンベースのわからず屋のガードマンに、また会わなければならないかと思うと、ちょっとゆううつでした。しかし、リトル・サンのメンバーであることを話したら、手のひらを返したように、ガードマンはムーンベースの中に通してくれました。
「こちらチョー。これから、転送ロケットに反物質を入れて、太陽の科学省に送ります」
「こちら管制室のソラ。反物質がとどいたら、太陽の科学者たちが、すぐに実験にとりかかるはずよ。転送が終わったら、カリンたちを探しに行ってちょうだい。ぜんぜん連絡がとれないのよ。多分あやしい宇宙船の着陸地点の近くにいるはずだから。それから、あやしい宇宙船は、もう消えていないから、レーダーバリアは使わないでね」
「了解」
反物質を積んだ転送ロケットは、ぶじ太陽の科学省につきました。科学者たちは、反物質の存在を知ってはいましたが、実際にそれを見るのははじめてでした。
反物質は、形があるようで形がなく、まるで雲のようです。重さもあるようでないような、重さが一グラムから一キログラムまで変化します。科学者たちは、いろいろ実験をして、とうとう反物質のエネルギーを取り出す方法を見つけました。
まず、反物質を棒にして、ガラス棒とねじりあわせます。ねじりアメのようになったそのねじり棒を輪にすると、その輪の中から反物質のエネルギーが取り出せます。反物質リングの完成です。
コロナ号のコンパスの中に、反物質リングを入れて、科学者たちは何度も実験をくりかえしました。そして、とうとうコロナ号は、瞬間移動ができようになりました。しかし、まだ無人のコロナ号での成功でした。
チョーは、月の裏側でカリンとチューのコロナ号を発見しました。また、月に大きな穴があいているのも見つけました。
「こちらチョー。管制室、応答願います」
「こちら管制室のソラ。カリンたちは見つかった?」
「コロナ号は見つかりましたが、二人はどこにもいません。それから、何かをほりだしたような大きな穴を見つけました」
「きっと、その穴から反物質をほりだしているのよ。あやしい宇宙船は、やはりガンマみたいね」
実はガンマは、月がオリオン座から飛びだす前に、反物資を発見したのでした。そして、実験をくりかえして、反物質のエネルギーを取りだす方法を見つけ、ブラックホールに追放されるときに、反物質リングをロケット内に持ちこんだのです。自分は死んだと見せかけて、また自由を手にいれたというわけです。
そして、ガンマは、月が太陽系にあることを知って、その後も反物質を取りに来ていたのでした。
「何かがやって来るみたいです」
「どうしたの? チョー」
「わあー! 真っ黒なサメ型宇宙船だ!」
ガンマの宇宙船シュガーが、瞬間移動して現れました。チョーはあわてて、岩かげにかくれました。
宇宙船は、おなかからドリルだして、穴をほりはじめましたました。ガンマは、また反物質を手に入れようと、月にもどってきたのでした。
宇宙船シュガー
チョーは、岩にまぎれて宇宙船シュガーにもぐりこみました。中でガンマがたくさん働いているのには、さすがびっくりしましたが、船内を調べているうちに、カリンたちがとじこめられている部屋にたどりつきました。
「二人とも、ぶじでよかった」
「ありがとう、チョー。さあ、早くここから逃げるぞ」
「ええ? 逃げ出すんですか?」
「立ち向うのもいいが、それは時と場合によるんだ。ところで、さっきから、チューは何をやっているんだ?」
「この部屋の電気回路から、宇宙船のコンピューターにアクセスして、データをぬすんでいます」
「ええ? ぬすむんですか?」
チョーは、ぬすんだらどろぼうになると思ったようです。
「それも、時と場合によるんだ。さあ、早く逃げるぞ!」
カリンたちは、宇宙船から抜け出して、大急ぎでコロナ号に乗りこみました。
ガンマは、カリンたちが逃げたことに気がつきました。
「ここの秘密を知ってしまったからには、逃がすわけにはいかん。月の表に行くまでに、つかまえるんだ!」
ガンマは、宇宙船にいるクローン全員に後を追わせました。五〇人のクローンたちは小型宇宙船に乗って、月の表と裏の境界線まで追って行きました。
カリンたちは、もうここまでくれば、安心だと思いました。境界線には、ここを警備しているムーンサーバー隊が六〇〇人いて、クローンたちは逆につかまってしまいました。
「しまった。逃げられたか。おまけに、おれのクローンたちもつかまってしまった。でも、まあ、いい。クローンたちは、また培養すればいいんだから」
カリンたちには逃げられる、反物質の秘密もばれてしまう、クローンたちもつかまってしまうと、よくないことばかりが起こります。ガンマは気をとりなおそうと、角砂糖九個を口に投げこみましたが、床にバラバラと落ちてしまいました。
「もう、これなんだよな」
ガンマは、角砂糖をふみつけました。うまくいかないときは、うまくいかないことが重なるようです。ガンマは、すべって転びそうになり、うっかり瞬間移動のボタンを押してしまいました。
「ガンマの宇宙船の信号が消えたわ」と、ミド。
「逃げられたようね」と、ソラ。
「ガンマは、ブラックホールの中だよ」と、チュー。
「どうして、そんなことわかるの?」と、ソラ。
チューは、宇宙船シュガーのコンピューターに、こっそりプログラムを組みこんでいました。瞬間移動のボタンを押すとブラックホールに移動するプログラムです。ボタンを押しても押しても、移動するのはブラックホールな中だけです。
チューの組みこんだプログラムは、パスワードがないと解除できません。
「あの小僧たち、逃げるときに、おれのかわいい宇宙船シュガーに変なプログラムを組みこんだな。このままでは、一生ブラックホールの中だ」
ガンマは、宇宙船シュガーを捨てることにしました。小型宇宙船に乗りこんで、宇宙船シュガーから飛びだしました。
「・・・」
ガンマは、声も出す間もなく、小型宇宙船もろともキリになって消えてしまいました。
さて、チューが宇宙船シュガーのデータを送信してくれたので、太陽の科学者たちは、人を乗せて瞬間移動ができるようなプログラムをコロナ号に組みこめました。
「これで、ブラックホールに吸いこまれたチャーを助け出すことができるぞ」
ここで、科学者たちは、大きなかんちがいをしていました。ブラックホールを出たり入ったりできるコロナ号ができれば、チャーを救い出せると思ったことです。
実はブラックホールに行っても、そこには、チャーの姿も形も何も存在しないのです。チャーの乗ったコロナ四号のコンパスには、反物質リングが入っていないのですから、ガンマのように、キリになって消えてしまっているのです。
科学者たちは、みんな腕を組んだまま考えこんでしまいました。
「ぼくの耳からは、チャーの助けを呼ぶ声が消えないんだ。ブラックホールに吸いこまれてしまうコロナ四号が、目に焼きついているんだ。何とかならないのですか?」
カリンは、ムーンサーバー隊の基地で、くやしくて泣けてきました。
「今の科学技術では、どうにもならん」
太陽の科学者たちも、くやしさは押さえられませんでした。
ハレーすい星でいっしょに育ったチュー、チョーも、くやしくてなりません。
「いっしょに遊んだことや勉強したこと、リトル・サンに入ると決心したときのこと」と、チュー。
「ぼくたちの記憶から、一生消えることはないよ」と、チョー。
そのとき、太陽の科学者の一人が聞きかえしました。
「今、何て言った?」
「いっしょに遊んだ、と」
「いや、チューの言ったことじゃない。チョーが言ったことだよ」
「ぼくたちの記憶から、一生消えることはない、と」
「そうだ! その記憶だ!」
そのとき、ほかの太陽の科学者たちも、みんなぴんときました。
記憶
記憶というのは、ただ単に頭の中にしまわれているものではないことが知られています。物質が移動すると、そこにしばらく記憶粒子が残っています。もし、コロナ四号の記憶粒子が残っていれば、反物質のエネルギーを使って、元通りに再生できるかもしれません。
カリン、チュー、チョーの三人は、コロナ四号の記憶粒子を回収するために、月を飛び立ちました。リトル・サンの管制室も、にわかにあわただしくなりました。
リトル・サンの管制室では、ソラがみんなに指示を出しました。
「ニドは、太陽の科学者たちのところに行って、その後の情報を集めてきてちょうだい」
「了解!」
「ミドは、コロナ四号が消えた地点の気象を調べてちょうだい。もし、記憶粒子が流されていたら、カリンたちにすぐ連絡して」
「了解!」
「シドは、カリンたちが帰ってきたらすぐに作業ができるように、コロナ号の発進ポートの整理と準備をたのむわ」
「了解!」
ミドが調べたところ、ゴミロケットが発射された宇宙ステーションとブラックホールの間には、流星群が通ったこともないし、磁気あらしも発生していないとのことです。また、宇宙ステーションでは、事故後ゴミロケットの発射を見送っているらしくて、ゴミロケットの軌道上は乱れていないとのことです。
ニドからの連絡では、太陽の科学者たちは、コロナ四号がすっぽり輪の中に入るくらいの反物質リングを完成したとのことです。そして、もうすぐそれがコロナ号の発進ポートに運ばれてきます。
シドの作業も完了しています。
「こちら管制室のソラ。カリン、そちらの作業はどう?」
「記憶粒子を回収したから、すぐ帰るよ」
「こちらの準備もできているわ。気をつけて帰ってきて」
「ところで、そっちには瞬間移動できるコロナ号があるんだよね。それで、回収すれば、もっと早く行動できたんじゃないのかなあ」
「でも、まだ実際に人が乗って、宇宙空間を航行していないのよ。もし、事故でも起ったら大変でしょう。それに、操縦の仕方もおぼえないといけないし」
「それじゃあ、帰ったらぼくが、一番乗りだ」
「カリン、おそかったみたいね。ニドとシドが、もう練習しているわ」
カリンは、ちょっとくやしいと思いましたが、うれしくもありました。
カリンたち三人が、リトル・サンにもどってきました。記憶粒子は、小さな三つのカプセルに入っていました。その中に、チャーの記憶粒子のひとつでも回収されていれば、チャーは再生されます。しかし、記憶粒子のエネルギーが弱くなっていて、再生されないことも考えられます。また、回収作業中に、記憶粒子をこわしてしまったり、どこかにはね飛ばしたのなら、記憶粒子は回収されていないことになります。
反物質リングのまんなかに、三つのカプセルが置かれました。あとは、反物質リング作動のスイッチを押すだけです。
「カリンたち男性は、ちょっと席をはずしてくれる?」
「男女を差別するなんて、ソラらしくないぞ。それに、ぼくたちは、ちゃんと回収作業をしてきたんだ。チャーがもどってくるところを見とどける権利はあるはずだ」
「記憶粒子が、ちゃんと回収できたという自信はあるの?」
「自信は、・・あ、あるさ」
カリンの返事は、自信がなさそうです。目に見えない記憶粒子の回収なんて、一度もしたことがなかったからです。
ソラが、カリンたちに席をはずしてほしいと言ったのは、カリンたちを信じていないということではありませんでした。
「カリンたちのことは、信じているわ。でも、もしチャーの着ていたスーツの回収ができていなかったら、チャーは裸でみんなのところに姿を現すことになるわ。だから、男性には、ちょっと遠慮してほしいの」
そして、ソラは反物質リングの作動スイッチを押しました。
反物質リングの中に、コロナ四号が虹色にぼんやり光りながら現れました。機内にチャーの姿もあるようです。やがて、コロナ四号は完全に姿を現しました。中から、チャーがスーツを着たまま出てきました。
「成功だ! やったぞ!」
「チャー、お帰り!」
みんな、喜びの声を上げました。
「ほら、言ったじゃないか。自信があるって」
「ひとつだけ収されなかった記憶粒子があったわよ。どうしてくれるの、カリン?」
「何が、足りなかったんだい?」
「わたしが作った非常食用のクッキーよ。もうカリンのコロナ号には、積んであげないから」
「それなら、ブラックホールに吸いこまれる前に、わたしがみんな食べちゃった。ごめんなさい」
チャーは、ゴミの回収作業をしながら、おなかにクッキーを回収したようです。
「ところで、チャーがもどってこれたということは、ガンマもいつかもどってこれるということかしら」
ソラの心配は、すぐ解消されました。
「宇宙船シュガーは瞬間移動ボタンを押すたびに、ブラックホールの中で移動します。移動する前のところに記憶粒子が残っても、ブラックホールの中です。記憶粒子は、キリのように消えて、回収するのは不可能です。だから、ガンマは、もうブラックホールからは出てこられないと思います」
宇宙船シュガーのコンピューターに、プログラムを組みこんだチューが、そう説明しました。
未知への旅立ち
ニドとシドは、早くから反物質リングを取りつけたコロナ号で練習していたので、他のみんなよりは、うんと操縦の腕があがっていました。
カリンたちのコロナ号にも、反物質リングの取りつけ作業がはじまりました。そんな時、太陽最高会議の議長マーシャから、リトル・サンに調査の依頼がはいりました。
「みんなの知っての通り、ガンマは月から反物質をほりだして、それを売っていました。それも銀河をあらす海賊たちにです。海賊におそわれたからという救助信号で、パトロール隊が現場にかけつけても、海賊はもうとっくに、瞬間移動してしまっています。これも、反物質が先に悪の手先たちによって、使われはじめたからです。これ以上、海賊たちの勝手にさせるわけにはいきません。これを解決する答えは、未来にあると考えています」
「それで、ぼくたちに何をしろと?」
「だれかに未来に行ってもらって、答えを持ち帰ってきてほしいのだ」
「未来になんて、行けるのでしょうか?」
まだ、タイムマシーンも発明されていないのに、未来に行けるなんて、カリンには思えませんでした。
マーシャ議長の話しによると、ブラックホールの果てにはホワイトホールがあって、その先に未来があるというのです。そして、ホワイトホールの果てには、現在があって、今にもどってこれるのだというのです。
ホワイトホールというのは、ブラックホールとは反対で、何でも中から出てくるというものです。小さな穴なのに、いろんな物がぎっしりつまっていて、まるでマジックのシルクハットのように、物が飛び出してくるというものです。
「ケンタウルス座の近くにあるホワイトホールと、こちらのブラックホールのエネルギースペクトルが、同じだということがわかたんだ。もし、ホワイトホールとブラックホールがつながっていたなら、ケンタウルス座と太陽系とのかけ橋を作る計画も、いっきに進展することになる。どうだ、やってくれないか?」
カリンは、すぐに返事ができませんでした。ブラックホールにコロナ号を飛ばすのは、自分ではなく、ニドとシドになるからでした。
「わたしたちのことなら、だいじょうぶです。じゅうぶん訓練をしてきましたから」
身長一一〇センチのニドが、言いました。
「金品をぬすむだけならまだしも、命をもうばう海賊はゆるせません。命をおびやかすものには、強く立ち向かいたいです」
身長二メートルのシドが、言いました。
カリンは、決心しました。ソラたちも、それでいいという目をしました。
「マーシャ議長、今回の任務、お引き受けします。ただし、ケンタウルス座と太陽系のかけ橋の件は、リトル・サンの使命とは、少しちがうように思えます。情報は提供いたしますが、実行するのはそちらでお願いします」
「了解した」
ニドはコロナ七号に、シドは九号に乗りこみました。
「こちらソラ。コロナ七号、九号。瞬間移動の座標をB九にあわせてください」
「こちら、コロナ七号。あわせました」
「コロナ九号も、あわせました」
「ブラックホールに入ったら、連絡が取れなくなるから、もし非常事態で引き返すのであれば、座標をG二にするのよ。最後に言い残すことはない?」
「まるで、死にに行くみたいね。言い残すことは、何もないわ。すぐもどるから」
「ごめん、ごめん、ニド。シドは、どう? 何かない?」
「もし、ガンマに会ったら、そんなに砂糖ばかりなめていたら、糖尿病になるからやめなって言ってやる」
ニドとシドは、みんながコロナ号の発進ポートで見守るなか、未来に旅立ちました。
ブラックホールやホワイトホールというのは、形があってないものです。そこへ行ってもどってきたと言っても、にわかに信じられるものではありません。空間や時間がゆがんでしまうなら、記憶もゆがめられるかもしれません。
「ブラックホールに吸いこまれるにつれて、宇宙が小さな星になって、その星も最後には消えてしまったの。気がついたら、リトル・サンにもどってきていたわ」
チャーの話しでは、まったくブラックホールのことはわかりません。
ブラックホールに瞬間移動したコロナ七号と九号は、真っ暗な空間にういていました。空間と言っても、空気があるわけではありません。星も何も見えないところで、どっちに行けば、ブラックホールの果てに行けるのかもわからないところにいました。
「シド、レーダーを見て!」
「何だ、こりゃ。二個の信号をキャッチしているぞ」
「一個は、それぞれから見えるコロナ号。もう一個は、何なの?」
「ずいぶん大きな宇宙船のようだけど。外には、何も見えないぞ。こんなに近くにいるのに」
「コロナ九号と信号が重なったわ。シドの下に宇宙船がいるみたい」
「ゆっくり下に移動してみるよ」
ゴゴン!。コロナ九号は、宇宙船にぶつかりました。
「シド、だいじょうぶ?」
「ああ、平気だ。生物反応がないから、無人の宇宙船のようだ。中のようすを見てくるよ」
「気をつけてね」
シドは、無人の宇宙船に移動しました。その宇宙船が、ガンマの乗っていた宇宙船シュガーだとわかるまでには、時間はかかりませんでした。
「ガンマは、いったいどこに行ったんだろう」
「何か、手がかりはない?」
「航行記録には、最後に小型宇宙船が発進したと残っている。でも、小型宇宙船には、反物質は積んでいなかったみたいだから、ガンマはそのままブラックホールに吸いこまれたみたいだ」
「シド、今いい考えがうかんだわ。宇宙船シュガーの反物質を取り出してみたらどうかしら。宇宙船シュガーは、ブラックホールでの安定を失い、そのまま吸いこまれていくんじゃないかしら」
「あ、そうか。そのあとを追いかければ、ブラックホールの果てに着くということだな。ニド、それは名案だ!」
ニドとシドは、宇宙船シュガーから反物質をぬきとりました。宇宙船シュガーは、たちまちブラックホールに吸いこまれていきました。ニドとシドは、そのあとを全速力で追いました。
ブラックホールの果ては、案外明るいところでした。何千本、何万本という光の帯が伸びていました。この光の帯の向こう側に、ホワイトホールがあるのかもしれません。そこに未来があるのかもしれません。ニドとシドは、ひとつの光の帯に乗ることにしました。
「光の帯に乗って、もし、もどれなくなるといけないから、この場所の座標を調べておきましょう」
「コロナ九号の計測では、BRの九だ。ニドの方は、どうだ?」
「同じく、BRの九よ。計器にくるいはなさそうね。出発しましょう」
二人は、何本もある光の帯のひとつに乗りました。まるでジェットコースターにでも乗っているようなスピードで、二人は光に運ばれていきました。
二人が最初に見たのは、地球の景色でした。しかし、そこには信じられないことが、映画を観ているように映りました。
地球には、二つの大陸がありました。ひとつの大陸には、地球でいちばん太っちょの木が生えていました。もうひとつの大陸には、いちばんのっぽの木が生えていました。その二本の木が、枯れはじめました。土が赤くなり、地球はサビだらけになりました。海は真っ赤に染まり、魚たちはみんな死んでしまいました。
「BRの九」
「BRの九」
ニドとシドは、元のブラックホールの果てにもどってきました。
「地球の未来が、サビだらけになるなんて信じられないわ」
「別の光の帯に乗ってみよう」
今度は、金星の景色が映りました。金星のシールドがやぶれて、金星人たちが太陽の強い日差しをあびています。太陽救助隊が、シールド修復の作業をしました。金星人たちは、もう少しで焼け死ぬところでした。金星人の代表が、太陽救助隊にお礼を言っています。「おかげで救われました。ありがとう」と言った金星人の代表は、ガンマでした。
「BRの九」
「BRの九」
二人は、また元にもどってきました。
「金星人の代表が、ガンマだなんて信じられないわ。別の光の帯に乗ってみましょう」
「ニド、もう、よそう。ここには、未来はないのかもしれない」
「シド、あきらめちゃだめよ。わたしたちの未来がかかっているのよ」
「じゃあ、もう一度だけにしよう。それで答えが見つからなければ、あきらめて帰ろう」
今度二人は、真っ白で一筋にのびる光の帯を見つけました。ほかの光の帯に比べると、帯というよりも細い糸のようです。二人は、その光に乗りました。
何の景色も映りませんでした。やがて、少し形がちがうけれど、二人は見なれた星座を見つけました。座標は、G三を示していました。
座標G三は、ケンタウルス座の座標です。コロナ七号と九号は、ホワイトホールの出口にいました。
「コロナ六号、G二に、移動」
「コロナ九号、G二に、移動」
二人は、リトル・サンにもどりました。そして、見てきたことをすべて報告しました。コロナ号の記録ボックスも提出しました。記録ボックスは、解析機かけられました。
そして、リトル・サンが出した答えは、ブラックホールには、太陽系の未来はないということです。未来はいくつもの光の帯として用意されてはいるが、どの帯を選ぶかはそのときに決るということです。また、二人が帰ってこれたのは、たまたま運がよかったからかもしれないということです。
ブラックホールとホワイトホールをつなぐもの、宇宙の仕組みなど、まだまだわからないことが多すぎます。カリンたちがいる世界も、いくつもある未来の光のひとつにすぎないのかもしれません。明日の光を信じて生きることに、希望があるということかもしれません。
カリンは、太陽の最高議会に今回の件をつつみかくさず報告しました。マーシャ議長からは、これからもお互い協力しながらやっていきたいとの返答がありました。
小さな太陽たち
ニドとシドは、光の帯に乗って自分たちの見てきたことが、気になっていました。
「地球の魚たち、だいじょうぶかしら?」
「ガンマのクローンたちは、今どうしているのだろう?」
「地球の魚たちは、元気がよすぎるくらいだよ。きっと海が豊かだから、元気な魚たちが生まれるんだ」
カリンの説明に、ニドは安心しました。
「クローンたちは、ガンマにだまされていたことに、やっと気がついて、ほとんどのものが月の遊園地とテーマパークで働いているよ。クローンと言えども、一個の命を持った個人だ。それぞれ名前もついて、今は元気にやっているよ」
カリンの説明に、シドも安心しました。
「ひとつ言い忘れたけど、リトル・サンにガンマのクローンがひとり加わったぞ。がんばり屋なんだけど、ちょっと泣き虫なんだ。泣くと顔がマンガみたいになるから、マンガという名前はどうかと言ったら、それがいいというので、今ではマンガと呼んでいるんだ」
マンガは、実はまだ五才でした。太陽人では、二五才の青年に見えます。クローンとしてすぐ働けるように、ガンマが急速に大人まで成長させたようです。心配なのは、その後遺症です。ゆっくり成長するはずの細胞が、全速力でかけっていた道には、何か見落としがあるかもしれないからです。
ある日、木星のスウから、リトル・サンに電子メールがとどきました。
「いつも、みなさんの活躍を見聞きしています。リトル・サンのメンバーだったことが、誇りに思えます。そんなわたしでも、ひょっとすると、木星に来たことがまちがいじゃなかったのか、自分の選んだ道が正しくなかったのではと思えることもありました。しかし、わたしがこの道を選んだのは、何のためだったのか、だれのためだったのかと、自分に問いかけたとき、それはだれのためでもなく、自分とつながるすべてのもののためだったのです。わたしが動くことによって、風が起り波ができて、その風や波が心地よいものであることが大切だと思っています。わたしの音楽が、その風や波になることを願っています。いつか、リトル・サンにも、わたしの風や波をおとどけします。その日を楽しみに待っていてください。スウより」
うれしい便りがあるかと思えば、悲しいニュースも聞かなければなりません。
「先ほどはいったカニ星雲からの連絡によりますと、海賊たちが住みかとしている星が爆発して、カニ星雲から星がひとつ消えたということです。海賊たちは、反物質を悪党ガンマから買いつけていましたが、もう手に入らなくなったので、自分たちで今ある反物質を増殖させようとしたようです。ところが、増殖に失敗をして、星は爆発して、ブラックホールとなってしまったようです。お近くを航行する宇宙船は、気をつけください。今度のブラックホールの引力圏は、かなり広いようです。ただ今その範囲を調査しておりますので、結果が出ましたらまたお知らせいたします。太陽系放送局、チャンネル一九八六でした」
遠くはなれたカニ星雲の出来事のように思えますが、太陽系からは、もう手にとどく距離です。
ケンタウルス座と太陽系のかけ橋の計画は、リトル・サンとは別のところで進んでいました。ニドとシドの持ち帰った情報が、この計画に役立っていることは言うまでもありません。
しかし、この夢のかけ橋に、多くのフロンティアたちが命を落としています。ニドとシドは、たまたま運がよくてもどってこれただけです。ある者は、ブラックホールの底なしの井戸から抜けることはありませんでした。ある者は、ホワイトホールの光の帯がからまり、身動きがとれなくなりました。
夢のかけ橋の実現に、立ち向かうのがいいのか、逃げるのかいいのか、課題は残されています。ケンタウルス座と太陽系のかけ橋が、実現するのか夢に終わるのか、いずれにしろ、星を継ぐものひとりひとりに、自立した意思が必要なようです。
さて、マンガがリトル・サンに来てから、まだ半年しかたっていませんが、ちょっと泣き虫なところをのぞけば、幸い今は急成長の後遺症は見られません。
また、今まで狭い宇宙船の中で、ガンマからかたよった情報しか与えられなかったので、マンガには見るもの聞くものすべてが、新鮮に映りました。そして、とても好奇心もあり、「これ何?あれ何?」とよくみんなに聞きました。
「ソラさんの前にあるその数字は何ですか?」
マンガは、ソラがすわっている前のパネルを指差しました。そこには「七九七四」の数字がありました。
「教えてあげようかな、やめとこうかなあ」
「そんな意地悪したら、ぼく泣くよ」
「ほら、また泣く」
「あ、そうかナクナヨ!ということだね」
「ハ、ズ、レ。実は、リトル・サンの平均年齢なの」
「どんなことがあっても、ナクナヨ!」ということではなかったようです。でも、平均年齢を言うと、リトル・サンがどんな仙人たちの集まりかと思われるかもしれません。
銀河系の中心から、うんとはなれた太陽系に季節はめぐり、惑星にも春がやってきました。
大地に種が落ちて、太陽のあたたかな日差しをあびて、芽が出て花が咲くように、リトル・サンのメンバーは増えていきました。太陽のドアが開いて、コロナ号二〇〇一機が飛び出しました。コロナ号は、みんな小さな太陽のように輝いて見えます。その中の一機が、海王星をめざして飛んでいます。
「こちら、コロナ一号。海王星さん、寒くはないですか?」
「寒くはありません。わたしには、この寒さがちょうどいいのです」
カリンは、ラジオをつけ、ダイヤルを木星チャンネル三三にあわせました。歌が、流れてきました。
「あなたは、小さな輝く太陽、消えないでそばにいて、どんなときにも。だれでも、小さな輝く太陽、あふれるひかりに、つつまれている」
その歌は、木星のスウがリクエストして、リトル・サンにおくったものでした。カリンは、だれがリクエストした歌かは知りませんでしたが、その歌を口ずさみながら、今度は地球に向けて飛びました。
おわり
参考:口演童話「小さな太陽たち」
口演童話