口演童話「太陽病院」
太陽病院の院長は、太陽先生です。いつも明るく元気に患者さんをみるのがモットーです。もし、患者さんに元気のない声で「ぐあいは、どうですか?」とたずねたら、逆に「先生、だいじょうぶですか?」と心配されることになります。だから、太陽先生は少しぐらい熱があっても、患者さんの前ではまったく平気という顔をしています。
太陽病院の一日は、太陽先生が外来の患者さんをみることからはじまります。最初にやってきたのは、火星さんでした。
「どうされましたか? 火星さん」
「はい。ここしばらく出なかったせきが、・・・。ゴホンゴホン。また最近ではじめて、・・・ゴホンゴホン」
「そうですか。顔も少し赤いようですし、熱があるかもしれませんね。ちょっと熱をはかってみましょうか?」
太陽先生は、火星さんのおでこに手をあててみました。
「熱い!、熱い!」
と言ったのは、火星さんのほうでした。
「ごめん、ごめん。わしの手のほうが、熱かったみたいじゃなあ。それじゃあ、今度はちょっと口を開けて、のどの奥を見せてくれんか」
火星さんは、口を大きく開けました。見るとのどの奥は、まっ赤にはれあがっています。
「火星さんのせきがとまらないのは、のどの奥で宇宙カビと銀河ウイルスが戦争をしているからじゃ。このままにしておくと、声も出なくなるので、後で薬を出しておきましょう」
「ありがとうございます、・・・ゴホンゴホン。こうなる前に、・・・ゴホンゴホン、もっと早く病院に来ればよかったのですが、・・・ゴホンゴホン」
「これからは、少し変だと思ったら、自分の体に気をかけてみることじゃ。そうすれば、自然になおる力が働いて、薬なんか使わなくてもすぐ元気になるから」
火星さんは、病気の原因がわかって安心しました。頭の上の小さな火山から煙をポッとはいて、帰って行きました。
次にやって来たのは、体の大きな木星さんです。
「どうされましたか? 木星さん」
「先生、もうつらくてつらくて。聞いてくださいよ、先生」
「はい、はい。もちろん、うかがいますよ」
「耳なりがして、耳がいたくていたくて、先生。もうどうにもこうにもしょうがないんですよ、先生。毎日イライラするし、先生」
「ところで、その先生、先生というのはやめてもらえんか。こっちまで耳がいたくなってくる」
「どうもすみません、先生。もう言いませんので、先生。・・・あれ? また言ってしまった。ごめんなさい」
「まあまあ、それより先に耳を見せてごらん」
太陽先生は、木星さんの耳の中に何かないか、のぞきこみました。
「いたずら好きの宇宙人がいて、耳の中でさわいでいるような気がするんです。だれもいませんか? 先生」
「だれもおらんなあ。おんぼろ宇宙船が、迷いこんだようすもないし」
「そうですか。でも、このままでは、何をするにしても落ちつかないし、集中もできないんです。眠っていても、耳なりで目がさめることもあるんです」
太陽先生は、木星さんの耳の中を全部調べましたが、何も見つかりませんでした。
「耳の中には、何も見つからなかったが、心配はしないように。耳なりをなおすには、音楽をきいて、体を動かすことがいちばんいいんだから」
「音楽に合わせて、手足を動かしたり、体でリズムをとったりすんでしょうか?」
「そうそう。でも、別に体を動かさなくてもいいんだ。最初は、音楽に親しむことが大切なんだ。あとから体も心も楽になればいいんだから。すぐには、耳なりは消えないかもしれんが、根気よく、いっしょにやって行こう」
「はい」
木星さんは、何だか気持ちが安らいで、少しイライラも取れたような気がしました。
「さて、これからやろうとしているのは、不安に打ち勝つ力をよびもどす方法で、音楽に合わせて、体を動かしたりゆすったりすることもあるが、単に音楽をきいて、自然の音もふくめて、その音たちのシャワーをあびて、よごれたところをきれいにしいくというものなんだ」
「何だか、むつかしそうですね」
木星さんは、本当に耳なりがなおるのかなあと、またちょっと不安になりました。
「いやいや。そう思うほどむつかしいものではないんだ。まずは、このディスクに入っている音楽をきくところからはじめよう。本当にきくだけでいいんだよ」
「それならできそうです。それで、そのディスクに入っているのは、だれの曲なんですか?」
「この中には、地球人のモーツアルトという人が作曲した音楽がはいっておる。彼の音楽をきいて、気持ちがゆったりしたものがたくさんおる。だから、木星さんもこれをきいて、ゆったりした気持ちになってほしいんじゃ。何か忘れていたものを思い出せて、耳なりも消えるかもしれんよ」
「じゃあ、一度ためしてみます。ありがとうございました」
木星さんは、太陽先生の言うことが「本当かなあ」と思いながらも、ディスクをもらって帰りました。
今日の外来の患者さんは、火星さんと木星さんの二人でした。太陽先生は、今度は入院している患者さんをみてまわります。最初、昨日入院した土星さんのところにやって来ました。
「その後、おなかのぐあいはどうですか?」
「おかげさまで、いたみが取れました。でも、まだ何だかおなかが変な感じです」
「もうあんなにドーナツを食べ過ぎてはいけませんよ。いくらおいしいからって、食べ過ぎては土星さんの大きなおなかもたまりません。何でも過ぎるとよくないというものです。今日一日ようすをみて、朝までいたみがなかったら、明日退院ということにしましょう。あとは、だんだんおなかの調子も元にもどるでしょう」
実は、土星さんがおなかをこわしたのは、ドーナツがおいしくて食べたかったわけではありませんでした。宇宙というあてのない所に、一人でういているのが不安になったからです。その不安を忘れるためにドーナツをたくさん食べたのでした。
重力のないところにふわふわういていると、自分のしていることもふわふわしているように感じます。自分のしていることに自信が持てるのは、自分のしているひとつひとつのことが、自分でもちゃんとわかっていることです。重力がないということは、どの方向にもちゃらんぽらんということです。自分が、今どこにいるのか知らないと、自分がちゃらんぽらんになってしまいます。土星さんは、今ちゃらんぽらんになっています。
土星さんが、今の自分のことを知らずに、このまま退院すると、また同じ病気になります。そこで、太陽先生は、土星さんにはこんなふうに言いました。
「退院する前に、ひとつだけ知っていただきたいことがあります。それは、土星さんが一人で、あてのない宇宙にういているのではないということです。ういているのは、宇宙のバランスがそうさせているということです。すべてのものは見えない糸でむすばれていて、その糸を引いたりゆるめたりして、宇宙はつりあっています。もし、またドーナツをたくさん食べたくなったら、みんなでいっしょに食べましょう」
「はい。その時はいっしょに食べてくださいね。太陽先生」
「わかりました。その時は、いつでも病院に来てください。病院には、くいしんぼうな看護婦がいますので、みんなでいっしょに食べましょう。あはははは」
太陽先生につられて、土星さんも笑いました。
「どひゃひゃひゃひゃ」
太陽先生と土星さんが、笑いころげているところに、看護婦の水星さんが、あわててやって来ました。
「たいへんです!たいへんです! 外来にすぐ来てください!」
太陽先生は、すぐに外来に飛んで行きました。そこには、しっぽの骨が折れたハレーすい星さんがいました。折れたしっぽがいたくて「うーん、うーん」うなっています。ハレーすい星さんは、宇宙の交通事故にあったようです。
「これは、ひどい折れ方をしているなあ。手術をしないとなおりそうにないな」
「うーん、何とかしてください。このしっぽだめになったら、・・・うーん。もう宇宙を旅することができません。うーん、うーん」
太陽先生は、水星さんに手術の用意をするように言いました。手術の用意ができるまで、太陽先生は事故のようすなどを聞きました。話によると、ハレーすい星さんが、太陽系のそばを横切ろうとした時、向いから来た流星群とはちあわせなったようです。大事なしっぽに小さな流星がぶつかり、骨が折れてしまったということです。
「手術の用意ができました」
「よし、すぐ手術室に運ぼう」
太陽先生の手術の腕は、信頼できるものです。看護婦の水星さんとも息があって、手術はまたたくまに終わりました。ハレーすい星さんのしっぽも、元通りになりました。
「ありがとうございました。これでまた、ほうきに乗って旅することができます」
ハレーすい星さんは、しっぽをなでながら満足顔でした。もちろん手術が成功したので、太陽先生も水星さんも満足顔でした。
「まあ、病院なんかにあまり来るもんじゃないが、そばを通った時には、気軽にまた立ちよってください。旅の楽しいエピソードなど聞かしてください。宇宙の果てなし話なんかも好きですから、聞かしてください」
「それじゃあ、また寄せていただくことがあるかもしれません。その時は、銀河のゆかいな話でもりあがりましょう。これで失礼しますが、本当に今日はありがとうございました」
ハレー彗星さんはそう言うと、まるで魔女のようにほうきにまたがり、またたかない星たちのいる宇宙へ旅立ちました。太陽先生も水星さんもいちばんうれしいのは、患者さんから「ありがとう」と言われた時です。
あと病院には、土星さんのほかには、地球さんが入院していました。地球さんは、もうずいぶん長く入院していて、かれこれ入院してから百年ぐらいになります。
「さっき、急に交通事故をおこしたハレーすい星さんが来たもんだから、地球さんのところに来るのがおくれました」
「それで、ハレーすい星さんは、だいじょうぶなんですか?」
「ああ。手術も成功して、元気にほうきに乗って、宇宙の旅に出たよ」
「それは、よかった。わたしには、もうそんな元気はもどってこないんだろうなあ」
「そんな弱音をはいてどうするんですか。何でも最後まであきらめないことが、大事なんですよ。きっとよくなると思えば、それだけはやくよくなるもんで。もう少し気をしっかり持たないと、なおる病気もなおらないというもの。病は気からという言葉があるが、あれは本当のことなんですよ。まずは気持ちで、病気に負けないことじゃ」
「だけど、なかなか退院できない自分を見ていると、このままずっと入院したままじゃないかと」
「そんなふうに考えては、地球さんの奥さんに悪いじゃないですか。いつもご主人のことをだれよりも思って、世話をしているんですから。ここらで地球さんも、それに答えてやらんといけませんね」
太陽先生と地球さんが話しているところへ、ちょうど地球さんの奥さんがやって来ました。地球の奥さんは、月さんです。
「いつもお世話になり、ありがとうございます。ところで、先生からも言ってくださいませんか? もう少し気をしっかり持たないと、なおる病気もなおらないって」
「あははは。今それを話していたところですよ」
「そうだったんですか。でも、こんなに長く入院してよくならないのは、主人も年かもしれませんね」
「奥さんが、そんなことを言ってはだめですよ。ご主人は、きっと元気になって働けるようになりますから。年もまだ、六十五億才ですし、人生まだまだこれからですよ」
「でも、いつかみんな死ぬんでしょう? どうせ死ぬなら、今だって同じこと」
「ほらほら、奥さんが変なこと言うもんだから、ご主人まで変なこと言いだしたじゃありませんか」
太陽先生は、二人はちょっと疲れただけなんだと思いました。だから、二人はつい変なことを言ってしまったんだと思いました。
「今までだって、お二人には、いろんなことがあったじゃないですか? 大きないん石がご主人に落ちてきて、目の前がまっ暗になった時、奥さんのやさしい声で、明るくなたことがありました。奥さんが強い重力波に飛ばされそうになった時、ご主人はしっかり奥さんの手をつかんでいました。お二人はいつもお互いが影になり、日向になり、助け合ってきたことを知っているはずです。これから、またお二人でやりたいこと、やれることをさがしてみませんか?」
「本当に太陽先生のおっしゃる通りです。わたしたちは、今までずっと助け合ってきました。そりゃあ、恐竜たちをみんな死なせて、化石にしてしまったことがありました。でも、あの時も同じあやまちをくりかえさないと、二人でちかって立ちなおりました。このままでは、また同じあやまちをくりかえすかもしれません。あの時のように、もう一度二人で、やりなおしませんか? あなた」
その時、地球さんは、希望という言葉を思い出しました。
「そうだな。もう一度やってみるか。今から」
まだ、力ない地球さんの声でしたが、その声ははっきりしていました。
「よし、これで、あした退院だー!」
太陽先生は、アンドロメダ星雲までとどきそうな、大きな声を出しました。
「地球さんには、やがて、青い空に白い雲がながれ、森には虫や鳥たちがつどい、草原では動物たちがかけまわるでしょう。人間たちも川や海で水あびをして、喜びの声をあげるでしょう。だけど、わかってほしいことがあります。地球さんは、元の体にもどれないということを。時間は、あともどりできません。未来には未来の地球さんの姿があります。未来のいちばんいい姿に戻れるように、ずっと応援させていただきます」
太陽先生はそう言って、病室を出て行きました。
「私も、応援しますよ」
看護婦の水星さんも笑顔でそう言って、出て行きました。
こうして、太陽病院の一日は終わりました。一日の終わりは、明日へのはじまりでもありました。それから月日は流れ、一ヶ月がたちました。木星さんから手紙が届きました。手紙には、こんなことが書かれていました
「おかげで、やっと耳なりがなくなりました。モーツアルトの曲は、とても気にいりました。いちばん気にいたのは交響曲第四十一番です。どうもありがとうございました」
短い手紙でしたが、うれしい知らせに太陽先生のホクロがふるえました。手紙は、もう一通とどいていました。土星さんからです。
「あれから、ドーナツを食べ過ぎるということはなくなりました。もし、食べ過ぎることがあっても、太陽病院へ行けば安心です。みんなでドーナツを食べてもらえるんですから。それに、くいしんぼうの看護婦さんもいてくれるから、本当に安心です」
そばでいっしょに読んでいた水星さんが、変な顔をしました。
「くいしんぼうの看護婦さんって、だれのこと?」
「さあ、だれのことでしょうね」
太陽先生はとぼけて、大きく背伸びをしました。あとは、地球さんからのうれしい知らせを待つだけです。
参考:口演童話「太陽病院」
口演童話
太陽病院の院長は、太陽先生です。いつも明るく元気に患者さんをみるのがモットーです。もし、患者さんに元気のない声で「ぐあいは、どうですか?」とたずねたら、逆に「先生、だいじょうぶですか?」と心配されることになります。だから、太陽先生は少しぐらい熱があっても、患者さんの前ではまったく平気という顔をしています。
太陽病院の一日は、太陽先生が外来の患者さんをみることからはじまります。最初にやってきたのは、火星さんでした。
「どうされましたか? 火星さん」
「はい。ここしばらく出なかったせきが、・・・。ゴホンゴホン。また最近ではじめて、・・・ゴホンゴホン」
「そうですか。顔も少し赤いようですし、熱があるかもしれませんね。ちょっと熱をはかってみましょうか?」
太陽先生は、火星さんのおでこに手をあててみました。
「熱い!、熱い!」
と言ったのは、火星さんのほうでした。
「ごめん、ごめん。わしの手のほうが、熱かったみたいじゃなあ。それじゃあ、今度はちょっと口を開けて、のどの奥を見せてくれんか」
火星さんは、口を大きく開けました。見るとのどの奥は、まっ赤にはれあがっています。
「火星さんのせきがとまらないのは、のどの奥で宇宙カビと銀河ウイルスが戦争をしているからじゃ。このままにしておくと、声も出なくなるので、後で薬を出しておきましょう」
「ありがとうございます、・・・ゴホンゴホン。こうなる前に、・・・ゴホンゴホン、もっと早く病院に来ればよかったのですが、・・・ゴホンゴホン」
「これからは、少し変だと思ったら、自分の体に気をかけてみることじゃ。そうすれば、自然になおる力が働いて、薬なんか使わなくてもすぐ元気になるから」
火星さんは、病気の原因がわかって安心しました。頭の上の小さな火山から煙をポッとはいて、帰って行きました。
次にやって来たのは、体の大きな木星さんです。
「どうされましたか? 木星さん」
「先生、もうつらくてつらくて。聞いてくださいよ、先生」
「はい、はい。もちろん、うかがいますよ」
「耳なりがして、耳がいたくていたくて、先生。もうどうにもこうにもしょうがないんですよ、先生。毎日イライラするし、先生」
「ところで、その先生、先生というのはやめてもらえんか。こっちまで耳がいたくなってくる」
「どうもすみません、先生。もう言いませんので、先生。・・・あれ? また言ってしまった。ごめんなさい」
「まあまあ、それより先に耳を見せてごらん」
太陽先生は、木星さんの耳の中に何かないか、のぞきこみました。
「いたずら好きの宇宙人がいて、耳の中でさわいでいるような気がするんです。だれもいませんか? 先生」
「だれもおらんなあ。おんぼろ宇宙船が、迷いこんだようすもないし」
「そうですか。でも、このままでは、何をするにしても落ちつかないし、集中もできないんです。眠っていても、耳なりで目がさめることもあるんです」
太陽先生は、木星さんの耳の中を全部調べましたが、何も見つかりませんでした。
「耳の中には、何も見つからなかったが、心配はしないように。耳なりをなおすには、音楽をきいて、体を動かすことがいちばんいいんだから」
「音楽に合わせて、手足を動かしたり、体でリズムをとったりすんでしょうか?」
「そうそう。でも、別に体を動かさなくてもいいんだ。最初は、音楽に親しむことが大切なんだ。あとから体も心も楽になればいいんだから。すぐには、耳なりは消えないかもしれんが、根気よく、いっしょにやって行こう」
「はい」
木星さんは、何だか気持ちが安らいで、少しイライラも取れたような気がしました。
「さて、これからやろうとしているのは、不安に打ち勝つ力をよびもどす方法で、音楽に合わせて、体を動かしたりゆすったりすることもあるが、単に音楽をきいて、自然の音もふくめて、その音たちのシャワーをあびて、よごれたところをきれいにしいくというものなんだ」
「何だか、むつかしそうですね」
木星さんは、本当に耳なりがなおるのかなあと、またちょっと不安になりました。
「いやいや。そう思うほどむつかしいものではないんだ。まずは、このディスクに入っている音楽をきくところからはじめよう。本当にきくだけでいいんだよ」
「それならできそうです。それで、そのディスクに入っているのは、だれの曲なんですか?」
「この中には、地球人のモーツアルトという人が作曲した音楽がはいっておる。彼の音楽をきいて、気持ちがゆったりしたものがたくさんおる。だから、木星さんもこれをきいて、ゆったりした気持ちになってほしいんじゃ。何か忘れていたものを思い出せて、耳なりも消えるかもしれんよ」
「じゃあ、一度ためしてみます。ありがとうございました」
木星さんは、太陽先生の言うことが「本当かなあ」と思いながらも、ディスクをもらって帰りました。
今日の外来の患者さんは、火星さんと木星さんの二人でした。太陽先生は、今度は入院している患者さんをみてまわります。最初、昨日入院した土星さんのところにやって来ました。
「その後、おなかのぐあいはどうですか?」
「おかげさまで、いたみが取れました。でも、まだ何だかおなかが変な感じです」
「もうあんなにドーナツを食べ過ぎてはいけませんよ。いくらおいしいからって、食べ過ぎては土星さんの大きなおなかもたまりません。何でも過ぎるとよくないというものです。今日一日ようすをみて、朝までいたみがなかったら、明日退院ということにしましょう。あとは、だんだんおなかの調子も元にもどるでしょう」
実は、土星さんがおなかをこわしたのは、ドーナツがおいしくて食べたかったわけではありませんでした。宇宙というあてのない所に、一人でういているのが不安になったからです。その不安を忘れるためにドーナツをたくさん食べたのでした。
重力のないところにふわふわういていると、自分のしていることもふわふわしているように感じます。自分のしていることに自信が持てるのは、自分のしているひとつひとつのことが、自分でもちゃんとわかっていることです。重力がないということは、どの方向にもちゃらんぽらんということです。自分が、今どこにいるのか知らないと、自分がちゃらんぽらんになってしまいます。土星さんは、今ちゃらんぽらんになっています。
土星さんが、今の自分のことを知らずに、このまま退院すると、また同じ病気になります。そこで、太陽先生は、土星さんにはこんなふうに言いました。
「退院する前に、ひとつだけ知っていただきたいことがあります。それは、土星さんが一人で、あてのない宇宙にういているのではないということです。ういているのは、宇宙のバランスがそうさせているということです。すべてのものは見えない糸でむすばれていて、その糸を引いたりゆるめたりして、宇宙はつりあっています。もし、またドーナツをたくさん食べたくなったら、みんなでいっしょに食べましょう」
「はい。その時はいっしょに食べてくださいね。太陽先生」
「わかりました。その時は、いつでも病院に来てください。病院には、くいしんぼうな看護婦がいますので、みんなでいっしょに食べましょう。あはははは」
太陽先生につられて、土星さんも笑いました。
「どひゃひゃひゃひゃ」
太陽先生と土星さんが、笑いころげているところに、看護婦の水星さんが、あわててやって来ました。
「たいへんです!たいへんです! 外来にすぐ来てください!」
太陽先生は、すぐに外来に飛んで行きました。そこには、しっぽの骨が折れたハレーすい星さんがいました。折れたしっぽがいたくて「うーん、うーん」うなっています。ハレーすい星さんは、宇宙の交通事故にあったようです。
「これは、ひどい折れ方をしているなあ。手術をしないとなおりそうにないな」
「うーん、何とかしてください。このしっぽだめになったら、・・・うーん。もう宇宙を旅することができません。うーん、うーん」
太陽先生は、水星さんに手術の用意をするように言いました。手術の用意ができるまで、太陽先生は事故のようすなどを聞きました。話によると、ハレーすい星さんが、太陽系のそばを横切ろうとした時、向いから来た流星群とはちあわせなったようです。大事なしっぽに小さな流星がぶつかり、骨が折れてしまったということです。
「手術の用意ができました」
「よし、すぐ手術室に運ぼう」
太陽先生の手術の腕は、信頼できるものです。看護婦の水星さんとも息があって、手術はまたたくまに終わりました。ハレーすい星さんのしっぽも、元通りになりました。
「ありがとうございました。これでまた、ほうきに乗って旅することができます」
ハレーすい星さんは、しっぽをなでながら満足顔でした。もちろん手術が成功したので、太陽先生も水星さんも満足顔でした。
「まあ、病院なんかにあまり来るもんじゃないが、そばを通った時には、気軽にまた立ちよってください。旅の楽しいエピソードなど聞かしてください。宇宙の果てなし話なんかも好きですから、聞かしてください」
「それじゃあ、また寄せていただくことがあるかもしれません。その時は、銀河のゆかいな話でもりあがりましょう。これで失礼しますが、本当に今日はありがとうございました」
ハレー彗星さんはそう言うと、まるで魔女のようにほうきにまたがり、またたかない星たちのいる宇宙へ旅立ちました。太陽先生も水星さんもいちばんうれしいのは、患者さんから「ありがとう」と言われた時です。
あと病院には、土星さんのほかには、地球さんが入院していました。地球さんは、もうずいぶん長く入院していて、かれこれ入院してから百年ぐらいになります。
「さっき、急に交通事故をおこしたハレーすい星さんが来たもんだから、地球さんのところに来るのがおくれました」
「それで、ハレーすい星さんは、だいじょうぶなんですか?」
「ああ。手術も成功して、元気にほうきに乗って、宇宙の旅に出たよ」
「それは、よかった。わたしには、もうそんな元気はもどってこないんだろうなあ」
「そんな弱音をはいてどうするんですか。何でも最後まであきらめないことが、大事なんですよ。きっとよくなると思えば、それだけはやくよくなるもんで。もう少し気をしっかり持たないと、なおる病気もなおらないというもの。病は気からという言葉があるが、あれは本当のことなんですよ。まずは気持ちで、病気に負けないことじゃ」
「だけど、なかなか退院できない自分を見ていると、このままずっと入院したままじゃないかと」
「そんなふうに考えては、地球さんの奥さんに悪いじゃないですか。いつもご主人のことをだれよりも思って、世話をしているんですから。ここらで地球さんも、それに答えてやらんといけませんね」
太陽先生と地球さんが話しているところへ、ちょうど地球さんの奥さんがやって来ました。地球の奥さんは、月さんです。
「いつもお世話になり、ありがとうございます。ところで、先生からも言ってくださいませんか? もう少し気をしっかり持たないと、なおる病気もなおらないって」
「あははは。今それを話していたところですよ」
「そうだったんですか。でも、こんなに長く入院してよくならないのは、主人も年かもしれませんね」
「奥さんが、そんなことを言ってはだめですよ。ご主人は、きっと元気になって働けるようになりますから。年もまだ、六十五億才ですし、人生まだまだこれからですよ」
「でも、いつかみんな死ぬんでしょう? どうせ死ぬなら、今だって同じこと」
「ほらほら、奥さんが変なこと言うもんだから、ご主人まで変なこと言いだしたじゃありませんか」
太陽先生は、二人はちょっと疲れただけなんだと思いました。だから、二人はつい変なことを言ってしまったんだと思いました。
「今までだって、お二人には、いろんなことがあったじゃないですか? 大きないん石がご主人に落ちてきて、目の前がまっ暗になった時、奥さんのやさしい声で、明るくなたことがありました。奥さんが強い重力波に飛ばされそうになった時、ご主人はしっかり奥さんの手をつかんでいました。お二人はいつもお互いが影になり、日向になり、助け合ってきたことを知っているはずです。これから、またお二人でやりたいこと、やれることをさがしてみませんか?」
「本当に太陽先生のおっしゃる通りです。わたしたちは、今までずっと助け合ってきました。そりゃあ、恐竜たちをみんな死なせて、化石にしてしまったことがありました。でも、あの時も同じあやまちをくりかえさないと、二人でちかって立ちなおりました。このままでは、また同じあやまちをくりかえすかもしれません。あの時のように、もう一度二人で、やりなおしませんか? あなた」
その時、地球さんは、希望という言葉を思い出しました。
「そうだな。もう一度やってみるか。今から」
まだ、力ない地球さんの声でしたが、その声ははっきりしていました。
「よし、これで、あした退院だー!」
太陽先生は、アンドロメダ星雲までとどきそうな、大きな声を出しました。
「地球さんには、やがて、青い空に白い雲がながれ、森には虫や鳥たちがつどい、草原では動物たちがかけまわるでしょう。人間たちも川や海で水あびをして、喜びの声をあげるでしょう。だけど、わかってほしいことがあります。地球さんは、元の体にもどれないということを。時間は、あともどりできません。未来には未来の地球さんの姿があります。未来のいちばんいい姿に戻れるように、ずっと応援させていただきます」
太陽先生はそう言って、病室を出て行きました。
「私も、応援しますよ」
看護婦の水星さんも笑顔でそう言って、出て行きました。
こうして、太陽病院の一日は終わりました。一日の終わりは、明日へのはじまりでもありました。それから月日は流れ、一ヶ月がたちました。木星さんから手紙が届きました。手紙には、こんなことが書かれていました
「おかげで、やっと耳なりがなくなりました。モーツアルトの曲は、とても気にいりました。いちばん気にいたのは交響曲第四十一番です。どうもありがとうございました」
短い手紙でしたが、うれしい知らせに太陽先生のホクロがふるえました。手紙は、もう一通とどいていました。土星さんからです。
「あれから、ドーナツを食べ過ぎるということはなくなりました。もし、食べ過ぎることがあっても、太陽病院へ行けば安心です。みんなでドーナツを食べてもらえるんですから。それに、くいしんぼうの看護婦さんもいてくれるから、本当に安心です」
そばでいっしょに読んでいた水星さんが、変な顔をしました。
「くいしんぼうの看護婦さんって、だれのこと?」
「さあ、だれのことでしょうね」
太陽先生はとぼけて、大きく背伸びをしました。あとは、地球さんからのうれしい知らせを待つだけです。
参考:口演童話「太陽病院」
口演童話