口演童話「ペルム」
はるか遠い昔、植物は、海の中にありました。大地におだやかな季節がおとずれて、植物たちは、陸へ上がりたくなりました。ゆっくりとゆっくりと植物たちは、陸へ近づきはじめました。
はじめ恐竜たちも、海の中にいました。やがて、恐竜たちも、陸へ上がりたくなりました。恐竜たちは、波の上に頭を出し、そのうち波うちぎわで、遊ぶようになりました。ときどき陸で、ひなたぼっこもしました。
植物たちは、そんな恐竜たちがうらやましくてなりません。ある時、すきを見て植物たちは、恐竜の背中に乗りました。恐竜たちが遠くへ行けば、植物たちも遠くへ行くことができました。
ある植物たちは、恐竜の背中からおりて、そこに根をはりました。すると、そこには草原ができ、林ができ、森ができました。植物たちの中には、恐竜の背中から、はなれないものもいました。すると、恐竜の背中に、草原ができ、林ができ、森ができました。背中に草や木をはやした恐竜が現れました。ペルムザウルスの誕生です。
ペルムザウルスたちが歩くと、草原が歩いているように、林や森が歩いているように見えました。ペルムザウルスの背中の木に、巣を作る鳥たちもいました。昆虫たちが集まるのは、花が咲かせたペルムザウルスです。
背中の木が大きくなると、背中が重くなります。重い背中をせおって歩くには、力がいります。ペルムザウルスの中で、いちばん力が強く大きな体をしているのは、森をせおっているペルムザウルスたちです。
ペルムザウルスは、草食恐竜ですから、自分の背中に首をまわして、草を食べます。あまり草のはえていないペルムザウルスは、森をせおっているペルムザウルスのところにやってきて、おいしい草をごちそうになりました。自分の背中の草を食べられても、いやがりはしません。ペルムザウルスは、心のやさしい恐竜ですから。
さて、とつぜんですが、ここは二〇五六年の未来の地球です。空はどんより灰色で、地上に太陽の光はとどきません。きれいに見える水も、クリーンパイプを通さないでは飲めません。毎日がいきぐるしくて、マスクなしでは、外の空気をすうこともできません。そこで、人間たちは、古代の植物を持ち帰って、空気や水をきれいにしようと考えました。
人間たちは、その年発明したタイムマシーンを使って、古代の植物を持ち帰ろうと考えました。タイムマシーンは、まだ小さくて、時間も自由にあやつることはできませんでした。過去に行ってもどって来ることはできましたが、タイムマシーンで未来に行くことはできませんでした。未来は、自分たちの手で、きりひらいていくものでした。
タイムマシーンは、二人乗りで、とても小さなものでした。
「恐竜のいた時代へ、タイムトリップ!」
一人がそう言うと、もう一人が「ゴー!」と言って、ボタンを押しました。
タイムマシーンは、あっという間に、ペルムザウルスのいた時代につきました。
「やはり、大昔の植物は大きいですね」
「みんな持ち帰りたいが、小さなタイムマシーンじゃ、いくらも持ち帰れないなあ」
「心配なのは、持ち帰っても、植物がみんな育つかということです」
「そうだな。二〇五六年の地球の土では、植物を育てる力が弱くなっているし、強い植物でないと、すぐ枯れてしまうかもしれん。ここの土を持ち帰れればいいが、それでは持ち帰る植物がへってしまう。何かいい方法はないものか、・・・」
「はて、あれは何でしょう?」
二人が見たのは、背中に森をせおった若いペルムザウルスでした。
「あんな恐竜、化石でも見たことがない。そうだ。あの恐竜を持ち帰ろう。恐竜にえさをやれば、背中の森は育ち、森がよごれた空気や水をきれいにしてくれるにちがいない」
二人は、持ってきた縮小ビームで、ペルムザウルスを百分の一の大きさにしました。それでも、大きさは一メートルぐらいありました。小さなタイムマシーンにとっては、これでも大きいくらいでした。二人は、小さくなったペルムザウルスをつかまえて、タイムマシーンに乗せました。
「では、タイムバック!」
「ゴー!」
タイムマシーンは、ぶじ二〇五六年の地球にもどりました。ペルムザウルスは、拡大ビームで、もとの大きさにもどされました。大きくても、やさしい心を持ったペルムザウルスは、人びとをきずつけたりはしません。人びとは安心して、ペルムザウルスのまわりに集まりました。すると、背中の森からは、おいしい空気が流れてきました。森の中には泉があって、おいしい水もあふれていました。
ペルムザウルスの行くところ行くところ、空気と水がきれいになっていきました。ペルムザウルスは人びとからあいされて、いつしか「ペルム」と、よばれるようになりました。
ペルムは、世界中をまわりました。ペルムが歩けば、おいしい空気が生まれます。鳥たちもきれいな声で、鳴けるようになりました。ペルムが歩けば、おいしい水が生まれます。病気の人も、みるみるうちに元気になりました。
ペルムは、どこへ行っても人気者です。とくに子どもたちとは、だいのなかよしです。子どもたちは、ペルムの背中の森で、かくれんぼうをしたり、ペルムの長い首をすべり台にしたりして遊びました。ペルムは、子どもたちの笑い声が好きでした。
ペルムのおかげで地球は、きれいな空気をとりもどすことができました。人びとは、マスクなしで、外を歩けるようにもなりました。水もクリーンパイプを使わずに、そのまま飲めるようになりました。でも、ここまで来るのに、十年という時間が過ぎました。
最近ペルムは、悲しい顔をすることが多くなりました。ふるさとである古代の地球を思いだし、泣くのでした。
「クルルルルー。クルルルルー」
人びとは、これ以上ペルムを未来においてはいけないと思いました。自分たちのしあわせのことばかり考えて、ペルムのことを考えていませんでした。ペルムをもとの時代にもどすことにしました。
「タイムトリップ!」
「ゴー!」
ぺルムを乗せたタイムマシーンは、ぺルムのいた時代にもどりました。だけど、過ぎた時間をとりもどすことはできません。未来で十年すごした時間は、そのまま過去でも十年が過ぎます。その十年の間に、ふるさとはずいぶん変ったようです。仲間のペルムザウルスのすがたが、どこにも見つかりません。肉食恐竜たちに、おそわれたのでしょうか?それとも、もっとすごしやすい土地に、ひっこしたのでしょうか?
「ねえ、ぼくの父さんや母さんを知らないかい?」
「知らないねえ。ところで、お前さんは、だれだい?」
この恐竜は、ペルムザウルスのことを知らないようです。
「ねえ、だれかペルムザウルスのことを知らないかい?」
「ああ、知っているよ」
そう言ったのは、昔のことなら、何でもよく知っているムカシトカゲでした。
「今から九年前に、大きな火山ばくはつがあって、ペルムザウルスたちの背中に、たくさんの焼けた石が落ちたんじゃ。みんな背中が大火事になって、死んでしもうた」
「そ、そんなあ。でも、逃げのびたペルムザウルスも、いたんでしょう?」
「いたかもしれんが、いなかったこもしれん。とにかく、わしらも逃げるのに、ひっしだったからなあ」
ペルムは、これからどうしていいのか、わからなくなりました。
「未来に帰ろう。そして、ぼくたちといっしょにくらそう」
人間がそう言いましたが、ペルムは首を横にふりました。
「ここが、ぼくのふるさとなんだ。いちばん好きなのは、この地球なんだ。もうぼくは、どこにも行かない」
ペルムは、足を大地に深くつきさして、ゆっくり体をおろしました。ペルムの目から、涙があふれてきました。目を閉じても、涙はとまらず、どんどん出てきました。
やがて、ペルムの涙で湖ができ、ペルムは木のおいしげった山となりました。人間たちは、それを目に焼きつけて、未来に帰りました。
ペルムはあれから、父さんや母さんに会えたのでしょうか? 未来に帰った人間たちは、湖のそばに小高い山がると思います。そこに、あの日のペルムが眠っているんじゃないかと。
参考:口演童話「ペルム」
口演童話
フィールド古生物学
進化の足跡を化石から読み解
大路 樹生 (著)
単行本: 154ページ
出版社: 東京大学出版会 (2009/8/19)
商品パッケージの寸法: 21.6 x 16 x 1.6 cm
数十億年というタイムスケールで生物の進化や生態を追う古生物学は「長時間軸の生物学」ともいわれる。その魅力をフィールドワークや研究史上の興味深いエピソードをまじえながら、大学教養課程の学生にも理解できるようにわかりやすく解説する
はるか遠い昔、植物は、海の中にありました。大地におだやかな季節がおとずれて、植物たちは、陸へ上がりたくなりました。ゆっくりとゆっくりと植物たちは、陸へ近づきはじめました。
はじめ恐竜たちも、海の中にいました。やがて、恐竜たちも、陸へ上がりたくなりました。恐竜たちは、波の上に頭を出し、そのうち波うちぎわで、遊ぶようになりました。ときどき陸で、ひなたぼっこもしました。
植物たちは、そんな恐竜たちがうらやましくてなりません。ある時、すきを見て植物たちは、恐竜の背中に乗りました。恐竜たちが遠くへ行けば、植物たちも遠くへ行くことができました。
ある植物たちは、恐竜の背中からおりて、そこに根をはりました。すると、そこには草原ができ、林ができ、森ができました。植物たちの中には、恐竜の背中から、はなれないものもいました。すると、恐竜の背中に、草原ができ、林ができ、森ができました。背中に草や木をはやした恐竜が現れました。ペルムザウルスの誕生です。
ペルムザウルスたちが歩くと、草原が歩いているように、林や森が歩いているように見えました。ペルムザウルスの背中の木に、巣を作る鳥たちもいました。昆虫たちが集まるのは、花が咲かせたペルムザウルスです。
背中の木が大きくなると、背中が重くなります。重い背中をせおって歩くには、力がいります。ペルムザウルスの中で、いちばん力が強く大きな体をしているのは、森をせおっているペルムザウルスたちです。
ペルムザウルスは、草食恐竜ですから、自分の背中に首をまわして、草を食べます。あまり草のはえていないペルムザウルスは、森をせおっているペルムザウルスのところにやってきて、おいしい草をごちそうになりました。自分の背中の草を食べられても、いやがりはしません。ペルムザウルスは、心のやさしい恐竜ですから。
さて、とつぜんですが、ここは二〇五六年の未来の地球です。空はどんより灰色で、地上に太陽の光はとどきません。きれいに見える水も、クリーンパイプを通さないでは飲めません。毎日がいきぐるしくて、マスクなしでは、外の空気をすうこともできません。そこで、人間たちは、古代の植物を持ち帰って、空気や水をきれいにしようと考えました。
人間たちは、その年発明したタイムマシーンを使って、古代の植物を持ち帰ろうと考えました。タイムマシーンは、まだ小さくて、時間も自由にあやつることはできませんでした。過去に行ってもどって来ることはできましたが、タイムマシーンで未来に行くことはできませんでした。未来は、自分たちの手で、きりひらいていくものでした。
タイムマシーンは、二人乗りで、とても小さなものでした。
「恐竜のいた時代へ、タイムトリップ!」
一人がそう言うと、もう一人が「ゴー!」と言って、ボタンを押しました。
タイムマシーンは、あっという間に、ペルムザウルスのいた時代につきました。
「やはり、大昔の植物は大きいですね」
「みんな持ち帰りたいが、小さなタイムマシーンじゃ、いくらも持ち帰れないなあ」
「心配なのは、持ち帰っても、植物がみんな育つかということです」
「そうだな。二〇五六年の地球の土では、植物を育てる力が弱くなっているし、強い植物でないと、すぐ枯れてしまうかもしれん。ここの土を持ち帰れればいいが、それでは持ち帰る植物がへってしまう。何かいい方法はないものか、・・・」
「はて、あれは何でしょう?」
二人が見たのは、背中に森をせおった若いペルムザウルスでした。
「あんな恐竜、化石でも見たことがない。そうだ。あの恐竜を持ち帰ろう。恐竜にえさをやれば、背中の森は育ち、森がよごれた空気や水をきれいにしてくれるにちがいない」
二人は、持ってきた縮小ビームで、ペルムザウルスを百分の一の大きさにしました。それでも、大きさは一メートルぐらいありました。小さなタイムマシーンにとっては、これでも大きいくらいでした。二人は、小さくなったペルムザウルスをつかまえて、タイムマシーンに乗せました。
「では、タイムバック!」
「ゴー!」
タイムマシーンは、ぶじ二〇五六年の地球にもどりました。ペルムザウルスは、拡大ビームで、もとの大きさにもどされました。大きくても、やさしい心を持ったペルムザウルスは、人びとをきずつけたりはしません。人びとは安心して、ペルムザウルスのまわりに集まりました。すると、背中の森からは、おいしい空気が流れてきました。森の中には泉があって、おいしい水もあふれていました。
ペルムザウルスの行くところ行くところ、空気と水がきれいになっていきました。ペルムザウルスは人びとからあいされて、いつしか「ペルム」と、よばれるようになりました。
ペルムは、世界中をまわりました。ペルムが歩けば、おいしい空気が生まれます。鳥たちもきれいな声で、鳴けるようになりました。ペルムが歩けば、おいしい水が生まれます。病気の人も、みるみるうちに元気になりました。
ペルムは、どこへ行っても人気者です。とくに子どもたちとは、だいのなかよしです。子どもたちは、ペルムの背中の森で、かくれんぼうをしたり、ペルムの長い首をすべり台にしたりして遊びました。ペルムは、子どもたちの笑い声が好きでした。
ペルムのおかげで地球は、きれいな空気をとりもどすことができました。人びとは、マスクなしで、外を歩けるようにもなりました。水もクリーンパイプを使わずに、そのまま飲めるようになりました。でも、ここまで来るのに、十年という時間が過ぎました。
最近ペルムは、悲しい顔をすることが多くなりました。ふるさとである古代の地球を思いだし、泣くのでした。
「クルルルルー。クルルルルー」
人びとは、これ以上ペルムを未来においてはいけないと思いました。自分たちのしあわせのことばかり考えて、ペルムのことを考えていませんでした。ペルムをもとの時代にもどすことにしました。
「タイムトリップ!」
「ゴー!」
ぺルムを乗せたタイムマシーンは、ぺルムのいた時代にもどりました。だけど、過ぎた時間をとりもどすことはできません。未来で十年すごした時間は、そのまま過去でも十年が過ぎます。その十年の間に、ふるさとはずいぶん変ったようです。仲間のペルムザウルスのすがたが、どこにも見つかりません。肉食恐竜たちに、おそわれたのでしょうか?それとも、もっとすごしやすい土地に、ひっこしたのでしょうか?
「ねえ、ぼくの父さんや母さんを知らないかい?」
「知らないねえ。ところで、お前さんは、だれだい?」
この恐竜は、ペルムザウルスのことを知らないようです。
「ねえ、だれかペルムザウルスのことを知らないかい?」
「ああ、知っているよ」
そう言ったのは、昔のことなら、何でもよく知っているムカシトカゲでした。
「今から九年前に、大きな火山ばくはつがあって、ペルムザウルスたちの背中に、たくさんの焼けた石が落ちたんじゃ。みんな背中が大火事になって、死んでしもうた」
「そ、そんなあ。でも、逃げのびたペルムザウルスも、いたんでしょう?」
「いたかもしれんが、いなかったこもしれん。とにかく、わしらも逃げるのに、ひっしだったからなあ」
ペルムは、これからどうしていいのか、わからなくなりました。
「未来に帰ろう。そして、ぼくたちといっしょにくらそう」
人間がそう言いましたが、ペルムは首を横にふりました。
「ここが、ぼくのふるさとなんだ。いちばん好きなのは、この地球なんだ。もうぼくは、どこにも行かない」
ペルムは、足を大地に深くつきさして、ゆっくり体をおろしました。ペルムの目から、涙があふれてきました。目を閉じても、涙はとまらず、どんどん出てきました。
やがて、ペルムの涙で湖ができ、ペルムは木のおいしげった山となりました。人間たちは、それを目に焼きつけて、未来に帰りました。
ペルムはあれから、父さんや母さんに会えたのでしょうか? 未来に帰った人間たちは、湖のそばに小高い山がると思います。そこに、あの日のペルムが眠っているんじゃないかと。
参考:口演童話「ペルム」
口演童話
フィールド古生物学
進化の足跡を化石から読み解
大路 樹生 (著)
単行本: 154ページ
出版社: 東京大学出版会 (2009/8/19)
商品パッケージの寸法: 21.6 x 16 x 1.6 cm
数十億年というタイムスケールで生物の進化や生態を追う古生物学は「長時間軸の生物学」ともいわれる。その魅力をフィールドワークや研究史上の興味深いエピソードをまじえながら、大学教養課程の学生にも理解できるようにわかりやすく解説する