口演童話「ぼくらは初雪隊」
ぼくらは、シベリア大陸で生まれた雪です。初雪隊に志願をして、雲に乗り日本にやってきました。
地上は、もう初雪の準備をしていました。落ち葉がしきつめられ、虫たちはすやすやねむっていました。
「先に行くよ!」
仲間はそう言って、雲から飛びおりていきました。
「おまえ、まだ飛ばないのか?」
「今、川の位置をおぼえているんだ」
ぼくはそう言ったけれど、本当は足がふるえていました。
「じゃあ、おれは先に行くよ!」
「うん。また下で会おう」
みんな、どんどん飛びおりるものだから、だんだん下のけしきが見えなくなっていきました。さっきまで地面が見えて、高くてこわかったのに、今なら飛べそうな気がしました。
「えい!」
それでもぼくは、目をつぶって飛びおりました。
「目を、開けてごらん」
仲間が、声をかけてくれました。
ぼくは、ゆっくり目を開けました。まわりでたくさんの仲間たちが、飛んでいました。みんな、ゆれながらまいながら、ゆっくりと落ちていきました。
「おしゃべりしながら、いっしょに行こうよ!」
と言って、仲間が手をさしのべてくれました。ぼくは、その手をにぎりました。
ぼくらは、ひとりまたひとりと手をつないで、輪になって落ちていきました。
ぼくは、川にだけは落ちたくありませんでした。川に落ちたら、すぐとけてしまって、海に連れていかれるからです。でなけりゃ、魚に食べられてしまうか、水草に吸い上げられてしまうかもしれません。
そりゃあ、いつかみんな海にたどり着くけれど、ぼくはもっと雪のままでいたいんだ。雪合戦の玉や雪だるまになって、丸まっていたいんだ。かまくらになって、楽しいお話しも聞きたいんだ。できるなら、根雪になって、最後の最後にとけて海に行きたい。それまでは、雪に生まれて、できるすべてのことをやってみたい。
「どの雲から、おりてきたのかなあ」
ふと空を見上げましたが、ぼくがいたところは、もう見えませんでした。地上はと見ると、だんだん地面が近づいてきて、川が見えました。
土手の下に、少年がたおれていました。そばに自転車もあり、前輪が川の中に落ちていました。対岸から男が二人、急いで橋をわたってきました。
「おい、しっかりしろ! だいじょうぶか?」
「息はあるぞ。頭を打ったのかもなあ」
「おお! 気がついたぞ。もう安心だ」
「何で、ここにいるかわかるか?」
少年は、ふってきた雪に気をとられて、石に自転車のタイヤを乗り上げたらしい。ハンドルをとられて、土手からすべり落ちたようです。対岸でつりをしていた二人が、そのようすを見ていました。少年がじっと動かないものだから、橋をわたってかけつけたようです。
「落ちたときのことも、はっきりおぼえているようだし、もうだいじょうぶだ」
「よかった、よかった」
つり人の一人が、自転車を川から引き上げましたが、フレームがゆがんでいて、乗れそうにありませんでした。
「よし、立てるか? 骨が折れていなければいいんだが、・・」
少年は、手をかしてもらって立ちあがりましたが、足を強く打ったらしくて、一人では歩けそうにありません。と、そのときでした。
「ゆきお! ゆきおー!」
少年を呼ぶ母親の声でした。
事情を知った母親は、つり人たちに頭を下げました。そして、自分の乗ってきた自転車の荷台に、少年をすわらせて、歩いて帰りました。
ぼくらが、雲の上から飛びおりて、もうかれこれ二時間たっていました。
少年は、空を見上げて、手のひらを広げました。ぼくらは、その手のひらに次から次へとおり立ちました。そして、少年は積もったぼくらを、ぽいっと口に投げ入れました。
少年の胃ぶくろに落ちないように、ぼくらはひっしでしがみつきました。力つきて落ちていく仲間もいました。きっと、少年のおしっこになるのでしょう。
「おしっこになるなんて、まっぴらだ!」
残ったぼくらは、少年の鼻のずーっとおくに、かけ登っていきました。
「どうも、ありがとうー!」
対岸のつり人たちに、少年は手をふりました。つり人たちの口から、白い歯がこぼれました。少年の目からは、なみだが一つぶこぼれました。そのなみだは、ぼくらでした。
ぼくらの最初は、しょっぱいの生まれかわりでした。
参考動画:口演童話「ぼくらは初雪隊」
初雪のふる日
安房 直子 (著), こみね ゆら (イラスト)
大型本: 30ページ
出版社: 偕成社 (2007/11)
商品パッケージの寸法: 26.6 x 21 x 1.2 cm
秋のおわりの寒い日に、村の一本道にかかれた、どこまでもつづく石けりの輪。女の子はとびこんで、石けりをはじめます。片足、片足、両足、両足…。ふと気がつくと、前とうしろをたくさんの白うさぎたちにはさまれ、もう、とんでいる足をとめることができなくなっていたのです。北の方からやってきた白うさぎたちにさらわれてしまった女の子のお話。
口演童話
ぼくらは、シベリア大陸で生まれた雪です。初雪隊に志願をして、雲に乗り日本にやってきました。
地上は、もう初雪の準備をしていました。落ち葉がしきつめられ、虫たちはすやすやねむっていました。
「先に行くよ!」
仲間はそう言って、雲から飛びおりていきました。
「おまえ、まだ飛ばないのか?」
「今、川の位置をおぼえているんだ」
ぼくはそう言ったけれど、本当は足がふるえていました。
「じゃあ、おれは先に行くよ!」
「うん。また下で会おう」
みんな、どんどん飛びおりるものだから、だんだん下のけしきが見えなくなっていきました。さっきまで地面が見えて、高くてこわかったのに、今なら飛べそうな気がしました。
「えい!」
それでもぼくは、目をつぶって飛びおりました。
「目を、開けてごらん」
仲間が、声をかけてくれました。
ぼくは、ゆっくり目を開けました。まわりでたくさんの仲間たちが、飛んでいました。みんな、ゆれながらまいながら、ゆっくりと落ちていきました。
「おしゃべりしながら、いっしょに行こうよ!」
と言って、仲間が手をさしのべてくれました。ぼくは、その手をにぎりました。
ぼくらは、ひとりまたひとりと手をつないで、輪になって落ちていきました。
ぼくは、川にだけは落ちたくありませんでした。川に落ちたら、すぐとけてしまって、海に連れていかれるからです。でなけりゃ、魚に食べられてしまうか、水草に吸い上げられてしまうかもしれません。
そりゃあ、いつかみんな海にたどり着くけれど、ぼくはもっと雪のままでいたいんだ。雪合戦の玉や雪だるまになって、丸まっていたいんだ。かまくらになって、楽しいお話しも聞きたいんだ。できるなら、根雪になって、最後の最後にとけて海に行きたい。それまでは、雪に生まれて、できるすべてのことをやってみたい。
「どの雲から、おりてきたのかなあ」
ふと空を見上げましたが、ぼくがいたところは、もう見えませんでした。地上はと見ると、だんだん地面が近づいてきて、川が見えました。
土手の下に、少年がたおれていました。そばに自転車もあり、前輪が川の中に落ちていました。対岸から男が二人、急いで橋をわたってきました。
「おい、しっかりしろ! だいじょうぶか?」
「息はあるぞ。頭を打ったのかもなあ」
「おお! 気がついたぞ。もう安心だ」
「何で、ここにいるかわかるか?」
少年は、ふってきた雪に気をとられて、石に自転車のタイヤを乗り上げたらしい。ハンドルをとられて、土手からすべり落ちたようです。対岸でつりをしていた二人が、そのようすを見ていました。少年がじっと動かないものだから、橋をわたってかけつけたようです。
「落ちたときのことも、はっきりおぼえているようだし、もうだいじょうぶだ」
「よかった、よかった」
つり人の一人が、自転車を川から引き上げましたが、フレームがゆがんでいて、乗れそうにありませんでした。
「よし、立てるか? 骨が折れていなければいいんだが、・・」
少年は、手をかしてもらって立ちあがりましたが、足を強く打ったらしくて、一人では歩けそうにありません。と、そのときでした。
「ゆきお! ゆきおー!」
少年を呼ぶ母親の声でした。
事情を知った母親は、つり人たちに頭を下げました。そして、自分の乗ってきた自転車の荷台に、少年をすわらせて、歩いて帰りました。
ぼくらが、雲の上から飛びおりて、もうかれこれ二時間たっていました。
少年は、空を見上げて、手のひらを広げました。ぼくらは、その手のひらに次から次へとおり立ちました。そして、少年は積もったぼくらを、ぽいっと口に投げ入れました。
少年の胃ぶくろに落ちないように、ぼくらはひっしでしがみつきました。力つきて落ちていく仲間もいました。きっと、少年のおしっこになるのでしょう。
「おしっこになるなんて、まっぴらだ!」
残ったぼくらは、少年の鼻のずーっとおくに、かけ登っていきました。
「どうも、ありがとうー!」
対岸のつり人たちに、少年は手をふりました。つり人たちの口から、白い歯がこぼれました。少年の目からは、なみだが一つぶこぼれました。そのなみだは、ぼくらでした。
ぼくらの最初は、しょっぱいの生まれかわりでした。
参考動画:口演童話「ぼくらは初雪隊」
初雪のふる日
安房 直子 (著), こみね ゆら (イラスト)
大型本: 30ページ
出版社: 偕成社 (2007/11)
商品パッケージの寸法: 26.6 x 21 x 1.2 cm
秋のおわりの寒い日に、村の一本道にかかれた、どこまでもつづく石けりの輪。女の子はとびこんで、石けりをはじめます。片足、片足、両足、両足…。ふと気がつくと、前とうしろをたくさんの白うさぎたちにはさまれ、もう、とんでいる足をとめることができなくなっていたのです。北の方からやってきた白うさぎたちにさらわれてしまった女の子のお話。
口演童話