口演童話「十字架島」
遠い昔のこと、一人の宣教師がおりました。宣教師は船に乗り、インド洋を航行しておりました。ところが、大きな嵐にあい、船は沈んでしまいました。宣教師をのぞいて、船に乗っていた人は全員死んでしまいました。
気を失っていた宣教師が目を覚ましたのは、船が沈んで3日目のことでした。
そこは、小さな無人島でした。
宣教師は、命が助かったことを神に感謝しました。しかし、誰ひとりいないこの島で、いったい誰に神の祝福を伝えたらよいものやら、途方にくれました。静かな波音と冷たい星の光が、宣教師の心を見つめているだけでした。
宣教師は、毎日祈りました。
「神よ、どうか、お教え下さい。なにゆえに私を、この無人島に使わされたのか。そして、もう一度私に機会をお与え下さい」
答えは返ってきませんでした。
もうすぐここで死ぬんだということが、宣教師にはわかりました。風化していく自分の姿が浮かびました。胸に十字架だけが光っていました。宣教師は、十字架をはずすと、一度強く握り締めました。そして、ゆっくり手を広げると、十字架はぽとりと砂の上に落ちました。十字架は、吸い込まれるように砂に埋もれました。
「この島の名前を、十字架島と名付けよう」
それが、宣教師の最後の言葉でした。
それから、100年の歳月が流れました。
二つの国が、言い争いをしていました。
貪欲な国の王が言いました。
「野蛮人は、この国に手出しをするな。神の怒りにふれ、滅びるぞ」
野蛮な国の王が言いました。
「民をないがしろにする貪欲な国が何を言う。降伏しなければ、天罰が下るぞ」
貪欲な国の王も、野蛮な国の王も、一歩も引き下がることはありませんでした。それどころか、互いの国を攻めにいく戦の準備を始めました。
お互いの戦船に、ありったけの銃や火薬を積み込んで出港しました。
二つの国の戦船は、インド洋の真ん中で出くわしました。しばらくにらみ合いが続きましたが、やがて、貪欲な国の王が兵士達に命令しました。
「野蛮人めがけて、銃を構えよ。いっせいに撃て!」
野蛮人の王も兵士達に言いました。
「大砲に玉を込めよ。容赦することなく、撃て!」
銃や大砲の弾が、それぞれの戦船に飛んでいくはずでした。ところが、弾はそれて、浮かんでいた小さな島に飛んでいきました。銃や大砲を撃った後の煙が多くて、王達には、まだ弾がどうなったのかよくわかりませんでした。
「ちゃんとねらいを定めんか。野蛮人が攻めてくるぞ。撃て撃て、撃て!」
何度撃っても、野蛮な国の戦船には届かず、みんな小さな島に飛んでいきました。
「もう一度、しっかり銃を構えろ!」
今度は、銃ごと兵士が、小さな島に飛んでいきました。まるで、磁石に吸い付けられるように、銃を構えた兵士が次々と飛んでいきました。
野蛮な国の戦船でも、同じようなことが起こっていました。重い大砲が浮かんで、飛んでいこうとするのです。飛んでいかないように、大砲を押さえつけよとしても、兵士ごと飛んでいきました。
「よし、こうなったら、船を近づけて、剣での戦いだ。剣を抜け!」
ところが、抜いた剣が次々と小さな島に飛ぼうとします。剣を離さずしっかり握っていた兵士は、剣と一緒に小さな島に吸い寄せられ飛んでいきました。
小さな島は、それ自体が強力な磁石になっているかのように、次から次へと戦争の道具を吸い寄せました。戦争をする道具が、次から次へと吸い寄せられるのですから、戦争のしようがありません。二つの国の戦船からは、銃も大砲もなくなり、剣の一本も残りませんでした。
「なんだ、あれは?」
一人の兵士が、小さな島のほうを指差しました。
手持ちぶたさになった王や兵士達は、目を見張りました。飛ばされた銃や大砲、剣が何やら形を作っていました。それは、十字架の形をしていました。
「十字架だ。十字架島だ!」
次の瞬間、二つの国の戦船を組み立てていた釘という釘が、次から次へと抜けて、十字架島に飛んでいきました。戦船は、ぐわらぐわらと音を立てて崩れていきました。王も兵士達も、みんな海の底深くに沈んでいきました。
数日後、戦船の残骸が、それぞれの国の港に流れ着きました。国の人々は、それを見て、自分達の国は戦争に負けたんだと嘆き悲しみました。
しかし、一人の長老が言いました。
「戦争に勝ち負けはない。はじめたことが、悲しみのはじまりじゃ」
長老の目から涙が一粒落ちました。
参考動画:口演童話「十字架島」
サニーのおねがい 地雷ではなく花をください
世界では64カ国に計1億1千万個以上もの地雷が埋設されているといわれています。その大部分が対人地雷です。対人地雷は兵士と一般人(子ども・女性・老人等)の見境なく、戦争が終わって平和な世界になっても、半永久的に被害をもたらす非人道的な武器です。取り除くのにもたくさんの時間と労力と費用がかかります。平和な世界をみんなでめざそうと、うさぎのサニーちゃんが、「地雷」について教えてくれます。
戦争のつくりかた
戦争はいきなり始まるものではなくて、一歩、また一歩とゆっくりと「戦争ができる」「戦争をしてもいい」「戦争しなきゃ」というように進むものだと思います。 本書はまさにこのプロセスを絵本仕立てでわかりやすく示した「戦争レシピ本」です。小学生でも80歳の方でも等しく読める内容です。
私なども、ひとつひとつの法令改正を見て、総理や民主党党首などの意見を聞いていると、「まあ仕方ないのか」と思うことがありますが、本書のようにこの10年あまりにわたる流れを整理して描いたものを読むと、「かなりやばいかも」というように考え込んでしまいます。
その意味で、多くの一般市民にとってこの本は「戦争を考えるヒント」になるのではないかと思います。 巻末には、戦争をつくる材料としての「法」を掲載しました。これも考えるヒントになると思います。 どうかご一読ください。
遠い昔のこと、一人の宣教師がおりました。宣教師は船に乗り、インド洋を航行しておりました。ところが、大きな嵐にあい、船は沈んでしまいました。宣教師をのぞいて、船に乗っていた人は全員死んでしまいました。
気を失っていた宣教師が目を覚ましたのは、船が沈んで3日目のことでした。
そこは、小さな無人島でした。
宣教師は、命が助かったことを神に感謝しました。しかし、誰ひとりいないこの島で、いったい誰に神の祝福を伝えたらよいものやら、途方にくれました。静かな波音と冷たい星の光が、宣教師の心を見つめているだけでした。
宣教師は、毎日祈りました。
「神よ、どうか、お教え下さい。なにゆえに私を、この無人島に使わされたのか。そして、もう一度私に機会をお与え下さい」
答えは返ってきませんでした。
もうすぐここで死ぬんだということが、宣教師にはわかりました。風化していく自分の姿が浮かびました。胸に十字架だけが光っていました。宣教師は、十字架をはずすと、一度強く握り締めました。そして、ゆっくり手を広げると、十字架はぽとりと砂の上に落ちました。十字架は、吸い込まれるように砂に埋もれました。
「この島の名前を、十字架島と名付けよう」
それが、宣教師の最後の言葉でした。
それから、100年の歳月が流れました。
二つの国が、言い争いをしていました。
貪欲な国の王が言いました。
「野蛮人は、この国に手出しをするな。神の怒りにふれ、滅びるぞ」
野蛮な国の王が言いました。
「民をないがしろにする貪欲な国が何を言う。降伏しなければ、天罰が下るぞ」
貪欲な国の王も、野蛮な国の王も、一歩も引き下がることはありませんでした。それどころか、互いの国を攻めにいく戦の準備を始めました。
お互いの戦船に、ありったけの銃や火薬を積み込んで出港しました。
二つの国の戦船は、インド洋の真ん中で出くわしました。しばらくにらみ合いが続きましたが、やがて、貪欲な国の王が兵士達に命令しました。
「野蛮人めがけて、銃を構えよ。いっせいに撃て!」
野蛮人の王も兵士達に言いました。
「大砲に玉を込めよ。容赦することなく、撃て!」
銃や大砲の弾が、それぞれの戦船に飛んでいくはずでした。ところが、弾はそれて、浮かんでいた小さな島に飛んでいきました。銃や大砲を撃った後の煙が多くて、王達には、まだ弾がどうなったのかよくわかりませんでした。
「ちゃんとねらいを定めんか。野蛮人が攻めてくるぞ。撃て撃て、撃て!」
何度撃っても、野蛮な国の戦船には届かず、みんな小さな島に飛んでいきました。
「もう一度、しっかり銃を構えろ!」
今度は、銃ごと兵士が、小さな島に飛んでいきました。まるで、磁石に吸い付けられるように、銃を構えた兵士が次々と飛んでいきました。
野蛮な国の戦船でも、同じようなことが起こっていました。重い大砲が浮かんで、飛んでいこうとするのです。飛んでいかないように、大砲を押さえつけよとしても、兵士ごと飛んでいきました。
「よし、こうなったら、船を近づけて、剣での戦いだ。剣を抜け!」
ところが、抜いた剣が次々と小さな島に飛ぼうとします。剣を離さずしっかり握っていた兵士は、剣と一緒に小さな島に吸い寄せられ飛んでいきました。
小さな島は、それ自体が強力な磁石になっているかのように、次から次へと戦争の道具を吸い寄せました。戦争をする道具が、次から次へと吸い寄せられるのですから、戦争のしようがありません。二つの国の戦船からは、銃も大砲もなくなり、剣の一本も残りませんでした。
「なんだ、あれは?」
一人の兵士が、小さな島のほうを指差しました。
手持ちぶたさになった王や兵士達は、目を見張りました。飛ばされた銃や大砲、剣が何やら形を作っていました。それは、十字架の形をしていました。
「十字架だ。十字架島だ!」
次の瞬間、二つの国の戦船を組み立てていた釘という釘が、次から次へと抜けて、十字架島に飛んでいきました。戦船は、ぐわらぐわらと音を立てて崩れていきました。王も兵士達も、みんな海の底深くに沈んでいきました。
数日後、戦船の残骸が、それぞれの国の港に流れ着きました。国の人々は、それを見て、自分達の国は戦争に負けたんだと嘆き悲しみました。
しかし、一人の長老が言いました。
「戦争に勝ち負けはない。はじめたことが、悲しみのはじまりじゃ」
長老の目から涙が一粒落ちました。
参考動画:口演童話「十字架島」
サニーのおねがい 地雷ではなく花をください
世界では64カ国に計1億1千万個以上もの地雷が埋設されているといわれています。その大部分が対人地雷です。対人地雷は兵士と一般人(子ども・女性・老人等)の見境なく、戦争が終わって平和な世界になっても、半永久的に被害をもたらす非人道的な武器です。取り除くのにもたくさんの時間と労力と費用がかかります。平和な世界をみんなでめざそうと、うさぎのサニーちゃんが、「地雷」について教えてくれます。
戦争のつくりかた
戦争はいきなり始まるものではなくて、一歩、また一歩とゆっくりと「戦争ができる」「戦争をしてもいい」「戦争しなきゃ」というように進むものだと思います。 本書はまさにこのプロセスを絵本仕立てでわかりやすく示した「戦争レシピ本」です。小学生でも80歳の方でも等しく読める内容です。
私なども、ひとつひとつの法令改正を見て、総理や民主党党首などの意見を聞いていると、「まあ仕方ないのか」と思うことがありますが、本書のようにこの10年あまりにわたる流れを整理して描いたものを読むと、「かなりやばいかも」というように考え込んでしまいます。
その意味で、多くの一般市民にとってこの本は「戦争を考えるヒント」になるのではないかと思います。 巻末には、戦争をつくる材料としての「法」を掲載しました。これも考えるヒントになると思います。 どうかご一読ください。
戦争に関わる読み聞かせ
重要になのは、ブックトークや読み聞かせをするとき、自分がどの立場でどのようなテーマを掲げて進めるかです。そのためにも、読み聞かせをする本以上のことを勉強する必要があります。戦争反対なのに、戦争に加担することになってしまうこともあります。 絵本では、教科書にも掲載の絵本「土のふえ」や「あさこゆうこ」がお勧めです。確か紙芝居もあったと思います。
しかし、戦争もやむなしという考えをお持ちなら、上記の絵本は、その読み聞かせには適切ではありません。自由と自分たちの平和を勝ち取るためなら、戦争もやむなしの文化もありますから。そのような文化を愛している人は、別の本を探さなければなりません。あなたはどの文化を愛していますか?読み聞かせも文化の一つです。吸収力のいいこどもたちの考えに、多大な影響力を及ぼします。
読み聞かせは、その本の背景も知らなければなりませんが、今の私たちの社会のありようも知っておく必要があります。日本が常任理事国入りを希望しているとか、国会議員の靖国参拝問題はどうなっているのか、憲法9条をどのように変えようとしているのか、自衛隊がどうして海外に行く必用があるのか、武器輸出可能の法案を推し進めているのは誰か、武器を作っているのはどこの企業か、などなど。利益が絡んで、戦争への引き金をひくことがあります。
もし学校で読み聞かせをするなら、他の先生方にも内容を伝えておくべきです。その学校が君が代を歌うのか、日章旗に敬礼するのかも知っておかなければなりません。読み聞かせに限らず他の文化の動向を知っておくことも大切です。例えば、その戦争映画が訴えているものは何なのか。そうすれば、読み聞かせをするときの自分の姿勢が見えてきます。
読み聞かせは、言葉(文字)から伝わるものです。焼夷弾のことを説明しても、花火のように伝わり理解されるかもしれません。映像にすれば「ガラスのうさぎ」も、もっと戦争の悲惨さや命の尊さが伝わるかもしれません。でも、そのビデオを片手間に家で寝転んで見ていると、原作者が願うものとは違った形になるかもしれません。映画館でみんなと一緒に共感したいものです。
いわさきちひろさんの絵本で出てくるこどもたちは、小さな挿絵さえも、いつも何かを語りかけてきます。一見戦争に関係ない絵本に見えても、その生まれてきた背景を調べると、どれも平和としあわせへの願いが見え隠れします。絵を描くときの姿勢が、彼女の表現として出てくるからでしょう。要するに、戦争をテーマに読み聞かせをする語り手自信が、「どの立場でどのようなテーマを掲げて進めるか」が重要になってきます。自分の姿勢を見つめなおして臨めば、語るべくして語ることを伝えることが出来るはずです。
参考:戦争に関わる読み聞かせ
口演童話