口演童話「守り神」
私、小林ケンジ、40歳は、某会社の本社に勤務していました。この度、異動にともない支部長に任命され、栄転の運びとなりました。加えて引っ越しを余儀なくされました。
家族は、ひとつ年下の妻アキコと、小学校三年生の娘リサです。
さて、引っ越して、一週間たったときのことです。その日、仕事を早く切り上げて、帰宅しました。
「リサは、まだ帰っていないのか?」
「ええ。私も、ついさっき買い物から、帰ってきたところなの」
妻は、夕飯の支度をはじめ、私は、テレビをつけて寝転びました。しかし、リサのことが気になっていました。けたたましく急に電話が鳴るのではと、妻も台所から、何度も窓の外を見ていました。そのときです。テレビの上の天井が、がたがたと崩れはじめたのは。
天井の隅に穴があいて、そこから大蛇が顔を出しました。
「わおおー!」
頭の大きさは、大型犬ぐらい。天井に住みついている主かもしれません。
ガチャーン、ガンガラ、ゴンゴンゴン!
台所で、なべや食器がひっくり返りました。妻は、腰が抜けてしまったようです。
「こいつは、きっとこの家の守り神に違いない。じっとしているんだ!」
「私たちを、食べたりしない?」
「刺激しなければ、おとなしいはずだ」
大蛇は、ゆっくりと私に顔を近づけてきました。薄くなった私の頭を、しゅるりと舌でなめました。今度は妻の方に、近づいていきました。妻は、大蛇と目が合うと、気を失ってしまいました。
どてんと大蛇のしっぽが畳に落ちて、大蛇は全身を現しました。どこから胴でしっぽなのかは、この際問題ではありません。とにかく長さは、10メートルぐらいで、太さは、私の胴ぐらい。いや、もっと太くて、妻ぐらいありました。
大蛇は、テレビをにらみつけました。
「ただ今、ニュースが入りました。高速道路のトンネルの入口で追突事故です。帰宅ラッシュと重なり、大渋滞です。まるで大蛇が、うねうね道路をはっているようです。プツン・・・」。
大蛇は、テレビのコードを引き抜きました。「うちの大渋滞を、何とかしてくれよ!」と、私は心の中で叫びました。
大蛇は、私たちに危害を加えることもなく、隣の娘の部屋に、移動して行きました。私は、あとを追いました。
大蛇は、天井に穴をあけて、はいあがろうとしていました。でも、様子が変です。あけた穴が小さかったのか、胴のあたりがつかえていました。何か飲み込んだようです。よく見ると、中で何か動いています。まさか、娘のリサでは、・・。
「アキコ。ハサミは、どこだ?」
と台所に飛んでいきました。
妻は、まだ気を失っていました。料理用ハサミを探し出すと、また隣の部屋へ行き、急いで大蛇の皮を切りました。中から、どろりんこと娘が出てきました。娘は気を失っていました。一方妻の方は、気がついて娘の部屋にやってきました。
「リサ、しっかりして」
「リサは、大丈夫だ。それより、おまえは?」
「私は、平気よ。それにしても、引っ越してきた家に、あんな恐ろしい大蛇がいたなんて、・・。みんな、夢であってほしい」
「よし、夢にしよう!」
私たちは、部屋を片づけ、天井の穴をふさいで、まるで何もなかったかのように、きれいにしました。そして、私は寝転んでテレビを見て、妻は台所に立ちました。娘は、新しい生活の疲れで、隣の部屋でぐっすりと寝ていました。
「夕飯の支度ができたわよ。リサ」
リサは、飛び起きました。
「わあ! ・・・。夢か」
「どうしたの?」
「あのね、お母さん。恐い夢を見たのよ。大蛇が出てきて、私を飲み込んだの」
リサは、まんまと夢の仕掛けに、はまったようです。
「リサったら、大蛇の夢を見たんですって」
「ほお。蛇の夢は、縁起がいいからなあ。大蛇ならなおさら、いいことがあるぞ。リサが新しい学校に慣れるかどうか、心配していたが、これは何か明るい兆しかもしれん」
「友達、たくさんできるといいわね。リサ」
「うん」
次の日の放課後、リサは友達をひとり連れてきました。隣の部屋からは、笑い声が聞こえてきました。夕日は、今日も影をのばし、町中に大蛇をはわせました。
参考:口演童話「守り神」
福の神と貧乏神
恵比寿、大黒天、弁才天、毘沙門天、布袋、福禄寿、寿老人。これら七福神が幸福をもたらす「宝船図」は、私たちにお馴染みのものだ。「打出の小槌」なども、昔の人たちの豊かさへの願望を表したものといえよう。本書では、こうした昔話や伝承、福神信仰などを手がかりに、日本人が古来抱いてきた「富」や「福」の観念の背後に何が潜むのかを解明していく。
文庫: 225ページ
出版社: 筑摩書房 (2009/1/7)
商品パッケージの寸法: 15 x 10.6 x 1.2 cm
参考:パネルシアター「七福神めぐり」
口演童話
私、小林ケンジ、40歳は、某会社の本社に勤務していました。この度、異動にともない支部長に任命され、栄転の運びとなりました。加えて引っ越しを余儀なくされました。
家族は、ひとつ年下の妻アキコと、小学校三年生の娘リサです。
さて、引っ越して、一週間たったときのことです。その日、仕事を早く切り上げて、帰宅しました。
「リサは、まだ帰っていないのか?」
「ええ。私も、ついさっき買い物から、帰ってきたところなの」
妻は、夕飯の支度をはじめ、私は、テレビをつけて寝転びました。しかし、リサのことが気になっていました。けたたましく急に電話が鳴るのではと、妻も台所から、何度も窓の外を見ていました。そのときです。テレビの上の天井が、がたがたと崩れはじめたのは。
天井の隅に穴があいて、そこから大蛇が顔を出しました。
「わおおー!」
頭の大きさは、大型犬ぐらい。天井に住みついている主かもしれません。
ガチャーン、ガンガラ、ゴンゴンゴン!
台所で、なべや食器がひっくり返りました。妻は、腰が抜けてしまったようです。
「こいつは、きっとこの家の守り神に違いない。じっとしているんだ!」
「私たちを、食べたりしない?」
「刺激しなければ、おとなしいはずだ」
大蛇は、ゆっくりと私に顔を近づけてきました。薄くなった私の頭を、しゅるりと舌でなめました。今度は妻の方に、近づいていきました。妻は、大蛇と目が合うと、気を失ってしまいました。
どてんと大蛇のしっぽが畳に落ちて、大蛇は全身を現しました。どこから胴でしっぽなのかは、この際問題ではありません。とにかく長さは、10メートルぐらいで、太さは、私の胴ぐらい。いや、もっと太くて、妻ぐらいありました。
大蛇は、テレビをにらみつけました。
「ただ今、ニュースが入りました。高速道路のトンネルの入口で追突事故です。帰宅ラッシュと重なり、大渋滞です。まるで大蛇が、うねうね道路をはっているようです。プツン・・・」。
大蛇は、テレビのコードを引き抜きました。「うちの大渋滞を、何とかしてくれよ!」と、私は心の中で叫びました。
大蛇は、私たちに危害を加えることもなく、隣の娘の部屋に、移動して行きました。私は、あとを追いました。
大蛇は、天井に穴をあけて、はいあがろうとしていました。でも、様子が変です。あけた穴が小さかったのか、胴のあたりがつかえていました。何か飲み込んだようです。よく見ると、中で何か動いています。まさか、娘のリサでは、・・。
「アキコ。ハサミは、どこだ?」
と台所に飛んでいきました。
妻は、まだ気を失っていました。料理用ハサミを探し出すと、また隣の部屋へ行き、急いで大蛇の皮を切りました。中から、どろりんこと娘が出てきました。娘は気を失っていました。一方妻の方は、気がついて娘の部屋にやってきました。
「リサ、しっかりして」
「リサは、大丈夫だ。それより、おまえは?」
「私は、平気よ。それにしても、引っ越してきた家に、あんな恐ろしい大蛇がいたなんて、・・。みんな、夢であってほしい」
「よし、夢にしよう!」
私たちは、部屋を片づけ、天井の穴をふさいで、まるで何もなかったかのように、きれいにしました。そして、私は寝転んでテレビを見て、妻は台所に立ちました。娘は、新しい生活の疲れで、隣の部屋でぐっすりと寝ていました。
「夕飯の支度ができたわよ。リサ」
リサは、飛び起きました。
「わあ! ・・・。夢か」
「どうしたの?」
「あのね、お母さん。恐い夢を見たのよ。大蛇が出てきて、私を飲み込んだの」
リサは、まんまと夢の仕掛けに、はまったようです。
「リサったら、大蛇の夢を見たんですって」
「ほお。蛇の夢は、縁起がいいからなあ。大蛇ならなおさら、いいことがあるぞ。リサが新しい学校に慣れるかどうか、心配していたが、これは何か明るい兆しかもしれん」
「友達、たくさんできるといいわね。リサ」
「うん」
次の日の放課後、リサは友達をひとり連れてきました。隣の部屋からは、笑い声が聞こえてきました。夕日は、今日も影をのばし、町中に大蛇をはわせました。
参考:口演童話「守り神」
福の神と貧乏神
恵比寿、大黒天、弁才天、毘沙門天、布袋、福禄寿、寿老人。これら七福神が幸福をもたらす「宝船図」は、私たちにお馴染みのものだ。「打出の小槌」なども、昔の人たちの豊かさへの願望を表したものといえよう。本書では、こうした昔話や伝承、福神信仰などを手がかりに、日本人が古来抱いてきた「富」や「福」の観念の背後に何が潜むのかを解明していく。
文庫: 225ページ
出版社: 筑摩書房 (2009/1/7)
商品パッケージの寸法: 15 x 10.6 x 1.2 cm
参考:パネルシアター「七福神めぐり」
口演童話