恐怖体験「心霊中毒」
俺は、及川雅夫(仮名)、26歳、夏の海大好き人間である。それは、去年の夏、友人の坂本雄一(仮名:26歳)、田中雅彦(仮名:26歳)、中村紀夫(仮名:25歳)らといっしょに、とあるキャンプ場に行った時のことだ。
まずは「夏のキャンプ、超穴場」なるガイド雑誌を買ってきて、キャンプ場を探した。
「『都会の雑踏から逃れて、自然と向きあいたいキャンパーにはうってつけのキャンプ場。いつでもどこでも、すぐテントが張れる』。いいねえ、ここなら空いていそうだし、・・・」
俺がそう言うと、坂本が、
「人が行かないようなところ、何か裏があるんじゃないのか?」
と言った。
「ちょっと見せてみろ。その本」
田中はそう言って、ページを覗き込んだ。
「何々、但し書きがあるぞ。『幽霊が出るという噂あり』? ・・・、まさか、・・」
中村以外は、みんな幽霊など信じない性質だ。
一瞬中村が眉をしかめたが、
「幽霊やお化けなんぞ、いると思うからいるんだ。いないと思えばいない!」
「怖がるから、いい気になって幽霊が出てきちまうんだ。恐怖心が幽霊を生むんだ」
「そうだそうだ。所詮非科学的なこと。屁のつっぱりにもならん!」
とみんな口々に言った。
「もし何かあったら、みんな責任取れよ!」
と中村もいやいやながら、雑誌に載っていたキャンプ場に行くことになった。
三日後の夜明けに、一台の車に荷物を積んで、俺たちはひたすら走った。キャンプ場に着いたのは夕刻の六時だ。広いキャンプ場に、数組のグループがテントを張っているだけだ。この時期どこのキャンプ場も満員なのに、本当に超穴場だ。
みんな、すっかり移動で疲れてしまい、晩飯を作る気も起こらなかった。とりあえず今晩はキャンプ場の売店で腹ごしらえをして、テントを張ることにした。
キャンプ場の小さな売店には、はげ頭の怪しげなおやじがいて、店先には古ぼけた自動販売機が一台と、看板の変わりに「カレーと焼きそば」と書いた紙がぶら下がっていた。
「何だよお。何にもねえなあ。でもまあ、背に腹は変えられねえ。カレーにしとくか」
坂本がそう言うと、俺も俺もと、みんなカレーライスにした。
すると、店のおやじが、
「あいにく、カレーは三人分でおしまいじゃ」
「じゃあ、俺は焼きそばでいい」
中村だけが焼きそばを注文した。
腹ごしらえが済むと、俺たちは早速二人用のテントを二張り作った。作業中に中村が心配そうに言った。
「本当かな? 真夜中に、腹を抱えて死んでいくというのは」
うさんくさい店のおやじの話しによると、何でもいきなり腹に激痛が走り、救急車で病院に運ばれるという。そのまま12日間原因不明のままで入院をして、13日目の朝に看護婦が見回りに来たとき、そのまま死んでしまうと言うのだ。そのときはまだ、話しのネタが出来たぐらいにしか思っていなかった。怖がりの中村以外は。
やがて夜もふけて、俺と坂本が、田中と中村が同じテントで寝ることにした。
坂本と俺が、もうすっかり寝入っていたときだ。田中が、俺たちのテントに飛び込んできた。慌てて飛び起きた俺たちは。顔面蒼白の田中の異様さにすぐ気がついた。
「おい・・・。何だよ、どうした?」
俺は、彼の肩をゆさぶり尋ねた。だが、返事はなく、中村のいるテントの方を見て震えている。
「こいつ、どうしたんだ??」
坂本は、怪訝そうに田中を見た。
すると、田中は、何か喉に詰まらせているような声で、
「な、中村が、・・・や、やられた。・・・」
坂本と俺は、中村のいるテントに走った。田中の言う「やられた」の意味がわかるのに、そう時間はかからなかった。テントの中では、中村が腹を抱えて脂汗を額から流している。救急車を呼んで、すぐ病院に搬送してもらった。
「また、例のキャンプ場だ。これで今日は4人目だ。保健所に立ち入り検査をしてもらわんと」
救急車に一緒に乗り込んだ俺は、はっきりと救急隊員同士の話を聞いた。
汚れた手で食材をつかんで料理するキャンパーたち。腹を壊してもおかしくないが、こう立て続けに同じ急患が出たのではおかしすぎる。立ち入り検査の結果、キャンプ場の売店のおやじが、売れ残りの焼きそばを、次の日も暖めるだけで売っていたらしい。食中毒が発生するのは、当然と言えば当然。売店は閉鎖された。入院した患者からも食中毒の原因菌が発見されて、みんな一週間ほどで退院した。中村を除けば。
ある朝、看護婦が朝ごはんを中村のところに運んできた。
「中村さん、病院食にはバイ菌は入っていないから、安心して食べてね。体力がつけば、また元気が出てくるから。入院して、今日で13日目よ。じゃあね」
看護婦の励ましが、逆効果になった。中村は震え出して、食事のトレイをひっくり返してしまった。
「せ、先生!、早く来てーえ!!」
看護婦の悲鳴が、病院の廊下を走り抜けた。
補足:
法律で看護婦・看護士から看護師へと名称が統一されたのは、2002年3月です。この「心霊中毒」は、それ以前に書かれたもの
音声動画:恐怖体験「心霊中毒」
恐怖体験
映画「静かなる決闘」1949
出演: 三船敏郎, 三條美紀, 千石規子, 志村喬, 中北千枝子
黒澤明監督が贈る、不治の病に感染した若き医者の苦悩を描くヒューマン・ドラマ。藤崎は戦時中の野戦病院で患者を手術時、患者・中田の梅毒に感染してしまう。戦後、父親の病院で働くことになった藤崎は、梅毒の感染を隠し、婚約者の美佐緒と結婚することが出来ずにいた。美佐緒は、距離を置く藤崎に苦悩した。あるとき、見習い看護師・峰岸に治療薬のサルバルサンの注射しているところを見られてしまう。梅毒は血液や精液などで感染し、出来た子にも母子感染をする。そのことから藤崎は結婚への決断が出来ない。
出演: 三船敏郎, 三條美紀, 千石規子, 志村喬, 中北千枝子
黒澤明監督が贈る、不治の病に感染した若き医者の苦悩を描くヒューマン・ドラマ。藤崎は戦時中の野戦病院で患者を手術時、患者・中田の梅毒に感染してしまう。戦後、父親の病院で働くことになった藤崎は、梅毒の感染を隠し、婚約者の美佐緒と結婚することが出来ずにいた。美佐緒は、距離を置く藤崎に苦悩した。あるとき、見習い看護師・峰岸に治療薬のサルバルサンの注射しているところを見られてしまう。梅毒は血液や精液などで感染し、出来た子にも母子感染をする。そのことから藤崎は結婚への決断が出来ない。