口演童話「タイムカプセル130」
時がかけ足で過ぎてゆき、私は、今56歳。この庭先に、木箱をひとつ埋めました。私の手の届かないはるか未来に手紙を添えて。
それから、130年後。
校長先生が、月曜日の朝礼で、体育館のステージの上からみんなに言いました。
「みんなも知っている通り、今、新し体育館を建てています。そのため運動場が狭くなり、今年の運動会は、隣の小学校の運動場をお借りすることになっています。そして、あともう少しで工事も終り、この馴染んだ体育館ともお別れです。
さて、今朝は先週の工事のことをお話しましょう。実は、不思議なものが土の下から出てきました。今でいうタイムカプセルです。それは、みんなのランドセルぐらいの大きさの箱でした。中に何がはいっているのかと開けてみると、中からまばゆい白い煙が、ふわあっと出てきてきました。その煙が消えて、中に何がはいっているのかと覗き込むと、それが何にも入っていないのです。みんな白い煙になって、消えてしまったようなんです。こんな箱を、誰がいつ埋めたのか、中に何が入っていたのか不思議に思っていると、箱の底に一通の手紙があることに気がつきました。そして、その手紙を読んで、その箱が埋められたのは、130年前だとわかったのです。今日はその手紙を紹介します」
背広の内ポケットから取り出した手紙は、土の下でずっと埋もれていた箱に入っていたとは思えないくらい新しいものでした。それを見てみんなくすくす笑いはじめました。
「ああ、これ? 私も不思議に思いました。130年前に埋められたにしては、昨日書かれたかのように、紙もぼろぼろになっていませんし、字もにじんでいないんです。何かこの手紙には不思議な力があるようです。では」
校長先生は、その手紙を読みはじめました。
「今の時代は、物が不足しています。勉強する鉛筆や帳面、いえいえ椅子や机、もっと大事な学校さえ不足しています。しかし、ここで暮らすこども達は、いつも明るく元気です。不足しているどころ、心の豊かさを感じます。この箱は、いつの時代に開封されるかわかりませんが、その時、ものが十分あることを願っています。心配なのは、十分すぎてものを大事にしていないのではと。この世に無駄なものはないはずなのですから、周りを見て、大切なものを見落としていないか考えてみてください。しかし今ここで、遠い未来のことを心配しても仕方ないですね。きっと今のこども達のように、明るく笑顔を絶やさず、健やかに育っていると信じています。今の私たちが、おもしろいな、楽しいなと思うお話も、きっと未来でも、おもしろいな、楽しいなと思ってくれるはずです。この箱の中に、それらをいっぱい詰めておきます。どうか、時を越えて私たちと一緒にそのお話を楽しみましょう。それが、今の私の夢です。でも、おしまいがでてきたらおしまいですよ。 明治8年4月 堀田」
あのまばゆい白い煙は、130年前の楽しいお話だったようです。
「残念なことに、楽しいお話は、130年経って煙になって消えてしまいましたが、手紙だけはこうして残っています」
と、校長先生が話したとき、後ろで何か動いた気配がしました。
ステージの舞台袖から7人の小人たちがでてきて、校長先生の前の演壇やマイクを片付けはじめました。校長先生も、小人たちに担がれて袖に運ばれました。そして、小人たちは、ほうきやちりとりを持ってきて、ステージの掃除をはじめました。最後に雑巾がけをして、ステージをぴかぴかにしました。
掃除が終わると、ステージ中央に7人並び、真ん中の小人が一歩前にでて、小さな体から大きな声を出しました。
「これより、グリム童話『赤ずきんちゃん』のお話、はじまりはじまりー」
思わず体育館にいたみんなが、大きな拍手をしました。
こども達の扮した赤ずきんちゃんや狼が登場して、劇がはじまりました。だけど、そのこども達は、この小学校のこどもたちではありませんでした。箱の中からでてきた白い煙から生まれたこども達でした。130年前のこども達でした。
『赤ずきんちゃん』の劇が終わると、また小人たちがでてきて、
「次は、ぼくたちも登場します。『白雪姫』のお話、はじまりはじまりー」
月曜日の朝礼が、観劇会に一変しました。
校長先生は、袖に椅子を用意してもらい、そこから観ていました。会場のこども達を見ると、なんとみんな目を輝かして見ているではありませんか。
「この手紙に書いてあったことは、本当のことだったんだ」
校長先生は、手紙をしっかり握りしめました。目が少し涙でうるみました。
『白雪姫』の劇が終わって、戻ってきた小人に聞いてみました。
「確か手紙では、おしまいがでてきたらおしまいって書いてあったけど」
「そうだよ。おしまいが出てきたらおしまいだよ」
そのときでした。突然、ライオンが、校長先生の頭を飛び越して、ステージに躍り出ました。校長先生も客席のこども達も、今度はどんなお話がはじまるのかと、わくわくしました。
ステージのライオンは、腹をすかしているようです。何か食べるものを探していました。大きなライオンなので、体格のいいこどもが中にはいているのかもしれません。早く餌をもってこいといわんばかりのうなり声と仕草です。そこへ小人が二人、大きなステーキを重そうに担いで運びました。
「まて!」
「がおー! 早くよこせ」
そこへまた別の小人が二人、大きなステーキを重そうに担いで運びました。
すると、また、
「まて!」
と言われて、ライオンはおあずけです。
そこへまたまた別の小人が二人、大きなステーキを重そうに担いで運びました。
すると、またまた、
「まて!」
と言われて、ライオンはおあずけです。
最後の小人は、大きなステーキを軽そうに片手で運びました。
会場、大喜びです。ステーキは、劇用にスポンジクッションで作られていました。
「がおー! 早くそのステーキを食べたい」
「お行儀よく食べてね。その前に、ステーキが何枚あるか数えてね」
「がおー!そんなの簡単だ。一枚、・・」
「そうじゃなくて、数えるときもお行儀よく、『お』をつけて、お1枚と数えてね」
「がおー!そんなの簡単だ。おいちまい、おにまい、おさんまい、おしまい。あっ!」
とたんに、ステーキも、ライオンも、小人たちも白い煙になって消えてしまいました。誰もいなくなったステージに、校長先生が飛び出してきました。
「て、手紙に書いてあったことは、本当に、本当のことだったんだ」
手に持った手紙を、みんなに高々と示しました。
すると、また手紙も白い煙となりました。その形はライオンになり、その着ぐるみを脱いででてきたのは、大人の男の人でした。
「箱を掘り出してくれて、ありがとう。私の夢は、今、かなえられました」
そう言い終わると、煙は一瞬まばゆく光り消えていきました。
それから、半年後。
新しい体育館が完成し、古い体育館は取り壊されました。新しい体育館の玄関には、綺麗なガラスケースに収められたものがありました。130年前の古い古い木箱でした。中には何も入っていません。でも、確かにその中には130年前の夢が入っていたことを、あの日のみんなは、一生忘れることはありませんでした。
参考:口演童話「タイムカプセル130」
口演童話
「タイムカプセルのはじまり」
タイムカプセルというのは、誰が考えて、いつからはじまったのか。 つらつら調べてみると、1938年9月23日のアメリカのニューヨーク万博で、 その会場の片隅に埋められたカプセルが、最初のものらしい。 計算してみると、今年が西暦2005年ですから、今から66年前のことになります。
ちょ、ちょっと待ってください。
小学校に埋められていたタイムカプセルは、130年前のもの。 ということは、堀田さんが庭先に埋めた木箱のタイムカプセルが、 世界一古いタイムカプセルになるんじゃないですか。 タイムカプセルの発祥の地は、日本だったんだ。
ちょ、ちょっと待ってください。
たしか今年、恐竜の博覧会があって、 世界最大のティラノサウルス「スー(全長13m)」がやってくるという。 卵の化石などの展示もあるらしい。卵ってカプセルじゃないですか。 ということは、一番古いタイムカプセルというのは、恐竜の卵じゃないですか。 それも、1億年前の。
つらつら考えるに、歴史がはじまってから、 そこら中にタイムカプセルが埋まっていて、 私たちは、今もそれらを掘り起こして、これからも掘り起こし、 発見されたタイムカプセルに、こんにちはをしているんだ。
参考:「タイムカプセルのはじまり」つらつらと、
映画「ノウイング/KNOWING」
大学で宇宙物理学を教えているジョンは、ある日、小学生の息子ケレイブが持ち帰った紙に書かれた数字に目を留める。そこには、過去に起きた大惨事の日付と場所、犠牲者の数が書かれていた。その紙は、50年前に小学校に埋められたタイムカプセルから出てきたものだった。やがて、数字に予告された日付に大事故が起きる。そして、数字の最後には、人類がかつて遭遇したこともない想像を絶する大惨事が待ち受けていた。