口演童話「思い出の引き出し」
頭の中には、思い出をしまっておく「思い出の引き出し」というものがあります。たいけんして身についたこと、勉強しておぼえたことが、この引き出しに入ります。
ぼくの名前は、山田のぼる。東小学校の五年生です。家族は、両親とぼくの三人で、父は、げきだんでおんきょう係をしています。母は、病院でじむのパートをしています。
さいきん、ぎもんに思っていることがあります。それは、自分の思い出が、本当のできごとなのかということです。でたらめをおぼえて、まるで真実かのように思っているのでは、うその思い出が、のうにうめこまれているのでは、と心配です。
ぼくが、ようち園に入る前のことです。父と二人で、動物園に行きました。シカ、カバ、バク、クマ、マントヒヒ、ヒグマと、園内を回っていると、しりとりができました。
「あれが、シマウマだ」
ぼくは、父の指さす方を見ました。
「白い体に黒い毛が生えてるの? それとも、黒い体に白い毛が生えてるの?」
「それは知らんが、シマウマに聞けばわかるかもなあ」
「おとうさん、シマウマ語を知っているの?」
「知らない」
そのとき、シマウマが、
「黄色の体に、白と黒の毛が生えている」
と言いました。父のふくわじゅつでした。父のじょうだんは手がこんでいます。
ぼくの思い出の引き出しには、父に教えてもらった動物たちが、たくさん入っていて、ぼくは生きた動物ずかんのようです。
「わあー、すごく長いなあ」
「のぼる。あれは、ゾウと言うんだ。ああして、高いところの葉っぱを、食べるんだ」
「ふうーん。あれが、ゾウか」
思い出の引き出しに、ゾウもしまいました。
次の年の春、ぼくはようち園に行くことになりました。さいしょに自分の思い出にぎもんを持ったのは、それからしばらくしてのことです。
夏休み前、バスにのって、動物園へ遠足に行きました。そして、次の日のことです。
ぼくの大すきな森先生が、
「きょうは、きのう動物園で見たゾウの絵を、みんなにかいてもらいます」
と言いました。
「ゾウさんの足、耳、鼻はどうだったかな。よーく思い出してね。かけた人は、先生のところに持ってきてください」
「はーい!」
みんな元気に返事をして、ゾウの絵をかきはじめました。
「このゾウさん、足が長いわね。きっとかけっこ、いちばんね」
「鼻でする水あびは、シャワーみたいで気持ちよさそう」
「大きなお耳で、空もとべちゃうかもね」
「ゾウさんのせなかで、おサルさんがお昼ねしているのね。先生もお昼ねしたいなあ」
みんなで同じゾウを見ても、思い出の引き出しのゾウは、いろんな形をしていました。そんなゾウでも、ぼくのかいたゾウは、みんなのとはまったくちがっていました。
「山田君、これゾウの絵よね?」
「うん。そうだよ」
「あ、そうか。すてきなもようの服を着ているんだ。かっこいいゾウさんね」
ぼくは、「服なんか着ていないよ」と言いたかったのに、「早くう」と次の子が、ぼくのせなかをおすので、何も言いませんでした。
その日、自分がかいたゾウの絵を持って帰りました。
「森先生、へんなこと言うんだよ。すてきな服を着たゾウねって」
母は、ぼくの絵をまじまじと見ながら、
「じょうずにかけているわよ。先生は、きっとゾウとキリンを、言いまちがえたのね」
「おかあさんまで、へんなこと言わないで。ぼくがかいたのは、ゾウだよ!」
「どう見ても、キリンにしか見えないわ。体にもようがあって、首が長く、足も長い。頭には角もはえているわ」
母は、動物ずかんを取り出してきて、ぼくのかいた絵とならべました。ぼくが、ゾウと思っていた動物は、実はキリンでした。
「でも、ちゃんとおとうさんに、これがゾウだって、教えてもらったんだよ」
「まんまと、はめられたのね。そういうのすきだから、おとうさん」
また、ぼくが小学校1年生のときに、こんなこともありました。
その日父は、げきだんの新作の練習で、帰りがおそくなるということでした。大すきな野球のナイターが、テレビで見れません。そこで、母にビデオのよやくをたのみました。母が、ビデオのセットをしているときでした。
「ねえ、おかあさん。あの白くて丸いの何?」
ぼくは、テレビの画面を指さしました。
「あれは、ビックエッグと言うたまごよ」
その後、ぼくは、ビッグエッグのことが気がかりでした。たまごなら、どんな動物が生まれるのか、大きさからすると、きょうりゅうかなと、思っていました。そして、そう思っているうちに、一年がすぎました。
ぼくが、小学校二年生のときでした。ある日、父から電話が入りました。
「のぼる、帰っていたのか。おかあさんと代わってくれないか?」
「買い物に出かけて、いないよ」
「こまったなあ。ビデオのよやく、たのもうと思ったんだが。プロ野球ニュースでがまんするか」
「ぼく、よやくのしかたを知ってるよ」
「何で、それをはやく言わないんだよお。じゃあ、たのんだよ」
ぼくは、ビデオのよやくをしながら、ふと一年前のことを思い出しました。そう、あのビッグエッグのことを。
「あのたまご、いつわれるのかなあ」
と思っているうちに、また一年がすぎました。
「たまごがわれたら、ビッグニュースになるぞ」と思っていたら、またまた一年がすぎました。
「きょうりゅうは、化石で発見されるので、あのたまごは、化石かもしれない」
と思いながら、三回目の一年がすぎました。
そして、小学校五年のある日、友だちにビッグエッグのことを、なにげなく話しました。
「何、言っているんだ、山田。あれはたまごの化石なんかじゃないぞ」
そう言ったのは、少年野球チームに入っている野中はじめ君でした。
「でも、母が、ビッグエッグだって」
「そりゃあ、ビッグエッグって大きなたまごっていう意味だけど。あれは、ドーム球場だよ」
「ドーム球場って?」
「まるい屋根のついた野球場のことだよ。雨がふっても、野球ができるんだ」
ぼくは、母にも、はめられてしまいました。学校から帰るなり、ランドセルをほうりだして、台所にいた母につめよりました。
「ぼくがはじをかけば、親のはじにもなるんだぞ。どうして、うそなんか教えたんだい?」
「うそなんか、言っていないわよ。ビッグエッグが本物のたまごだったら、楽しいのになあと思っただけなんだから」
にたものふうふと言うのは、ぼくの両親のことでした。心配なのは、そんな両親の間に生まれたぼくのせいかくです。うそをつくいいかげんさを、受けついでいるかもしれません。ぼくは、家をとび出しました。
ぼくは、商店がいにつづく川ぞいを歩いていました。とちゅう橋があって、そこが商店がいの入口でした。
やお屋のおじさんが、声をかけてきました。
「よお、いらっしゃい。のぼる君の頭とそっくりなキャベツはどうだい。きょうは安いよ」
今度は、魚屋のたいしょうです。
「どうしたんだい。タコのような顔をして。学校で、何かあったのかい?」
ぼくは、よくこの商店がいに来るので、お店の人たちとはなじみです。それにしても、人のことをキャベツだのタコだのとよんで、もっと客を、大事にできないのでしょうか。せめて、メロンやキャビアとよぶべきです。
ナオール薬局の前に来たときです。中をのぞいてみましたが、薬局の人はいません。
「あのお、ここは、ナオール薬局じゃないのですか?」
「きょうから、メモリーハウスと言います。ナオール薬局の人たちは、うちの本社ではたらくことになり、わたしは、本社からやって来たビタミンDというものです。よろしく」
「ビタミンDって、へんな名前ですね?」
「あはは、・・。しょうじきな子だ。本名はべつにあるんだが、会社の決まりで、社員ネームを使うことになっているんだ」
ビタミンDの話しによると、メモリーハウスというのは、薬を開発する研究所で、今は薬局のチェーン店をたくさん持っているということでした。
「薬を、さがししているのかい?」
「薬なんかいらないよ。ぼくはこのとおり元気なんだから」
「でも、何だか、暗い顔をしているよ。うたがい深かそうな目もしているし」
たしかにぼくは、ゾウとビッグエッグのせいで、人が信じられなくなっていました。
「そんな目じゃ、友だちも、にげていくぞ」
「うたがい深い目がなおる薬って、ある?」
「そんな目薬はないが、わけがあるなら話してごらん。いい薬が、見つかるかもしれない」
まさか、思い出が正しくなる薬なんかないとは思うけど、ぼくの心を読まれたみたいで、話してみることにしました。
「それなら、メモリンという薬がいい。まちがった思い出を、正しくしてくれる。でも、ちょっと高いよ」
ぼくは、からかわれているんだと思いながらも、一度ためしてみたいと思いました。
ビタミンDが言うには、カプセルに思い出がつめられていて、それを飲むだけだと言うのです。思い出が、のうに行って、わすれていたものを思い出すというのです。
「ただし、メモリンを注文しても、カプセルができるまで、一週間かかる」
ぼくは、それでもいいと思い、急いで家に帰りました。これで、まちがった思い出が正しくなるのかと思うと、急に鼻のあながふくらんできました。
「は、はーくしょん!」
夕ぐれの空に、くしゃみがひびきました。
サッカーボールのちょきん箱を持ち出して、メモリーハウスにもどってきました。
「やあ、さっきのぼうやだね」
「メモリンをください」
ぼくは、ちょきん箱をカウンターの上に出しました。ふたを開けると、四九八九円入っていました。
「では、四年間の思い出の代金として、四千円いただきます。ここに住所、名前、生年月日を書いて下さい」
正しい思い出のためなら、ぼくには四千円は高くありませんでした。でも、本当に信じていいのかどうか、・・。
「薬を、子どもに売ってもいいんですか?」
「あはは、・・。だいじょうぶ、だいじょうぶ。メモリンは、国がみとめた薬ではないので、だれに売ってもいいんだよ。ようするにアメ玉といっしょで、えいせい面だけ気をつければ、国からのきせいはないんだ」
ぼくは、れんらく先などを紙に書いて、小学校一年から四年までの思い出を、おねがいしました。
一週間後、メモリーハウスに行くと、小さなビンがとどいていました。中には、四このカプセルが入っていました。一こ取り出して、口の中にほうりこむと、ゆっくりあまくとけていきました。
「本当は、ただのアメ玉じゃないの?」
「わが社が、全力を上げて開発した薬です。君の四年間の正しい思い出が、つまっています。だまされたと思って、あとの三こもためしてみてください。ありがとうございました」
だまされたと思ってというのは、どういうことだい。やっぱり、だまされたんだ。だまされやすい星のもとに生まれたんだ、このぼくは。カプセルをなめながら、帰る道すがら、なみだがひとつぶ落ちました。家に着いたとき、メモリンがとけ終わりました。
「何も起こらない。それとも、思い出がみんな、正しかったということ?」
ぼくは、つくえの上にメモリンの入ったビンをおいて、ぼんやりしていました。すると、一階から母のよぶ声がしました。
「ごはんが、できたよ!」
「今夜は、何?」
「オムライスよ!」
これなんだよな、まったく。たまごは、しばらくかかわりたくない気分だったのに。ぼくは、ビッグエッグのことを引きずりながらも、オムライスをはらいっぱい食べました。そして、また二階のへやにもどりました。
ためしにもう一こ、メモリンのカプセルを口にほうりこみました。だけど、何ごともなく、カプセルはゆっくりとけてしまいました。三こ目も、同じでした。
よく朝、メモリンのビンをつくえの引き出しにしまい、学校に行きました。ビンに小さな文字で、「メモリンのこうかがでるのは、日光よくをしてからです」と書かれていたことには、まだ気がついていませんでした。
その日、朝から太陽がピカリとかがやき、小鳥がピクルとささやき、ネコがパクルとあくびをして、とてもいい天気でした。
三時間目のじゅぎょうは、体育です。野中君のけったボールが、サッカーゴールを外れて、校門の方に転がっていきました。
「へたくそ!」
「キーパーの山田に、言われたくないや」
ぼくは、ボールを拾いに、校門を出て行きました。ボールを見つけたら、すぐもどるはずでしたが、なぜかぼくは、けいさつに行きたくなりました。そして、駅前のはしゅつ所に向って、どんどん歩いて行きました。
体育の時間は、もう終わりです。
たんにんの中本先生は、
「山田をさがしに行ってくるから、みんなは、次の時間、教室で自習していなさい」
と言いました。
そんなこと言われても、気になります。
「山田のやつ、さぼって、家に帰ったんだ」
「何かじけんに、まきこまれたんじゃあ」
「どこか遠くへ、旅に出たんだ」
「校門のようかいに、食べられたんだ」
「めだちたいだけじゃないのか?」
みんな、すき勝手なことばかり言っていました。ぼく自身も、どうしてけいさつに行きたかったのか、わかりませんでした。悪いことをしたわけでもなく、道でサイフを拾ったわけでもありません。サッカーボールを、さがしに行っただけなのです。
しょくいん室では、いなくなったぼくのことで、大さわぎです。中本先生は、ぼくの家に電話をしました。
「ただ今、るすにしております。ピーという発信音の後に、ごようけんをお話しください。ピー」
中本先生は、まさか、るすとは思わなかったので、どんなメッセージを入れようかと迷っているうちに、通信が切れてしまいました。この時間、母がいないはずがありません。さいきん、いたずら電話やほしくもないセールスの電話が多いので、ようけんを聞いてから「今、なべに火を通していたものだから」とか何とか言って、電話に出るつもりにしているのでしょう。
けいさつに電話を入れたのは、教頭先生でした。
「せいとが一人、消えてしまいました!」
「ボールを持った少年なら、ここにいますよ」
「え!?」
「胸の名札には、山田のぼる、とあります」
しょくいん室で、先生たちはびっくりです。しかし、もっとおどろいたのは、けいさつの人たちでした。「先月、銀行ごうとうをしたのは、このぼくです」と、言ったからです。
「ボールを校門まで拾いに行ったとき、ぼくはけいさつに行かなければと、急に思ったんです。駅前のはしゅつ所が見えたとき、銀行ごうとうのことで、自首しなければと思いました」
ぼくは、自分でも何を言っているのかわからず、けいかんにしゃべっていました。
「けいさつを、からかうんじゃない。もうすぐ、たんにんの先生がむかえに来るから」
「ぼくが、はんにんです。つかまえてください」
「君がはんにんでないことは、わかっている。銀行ごうとうがあったとき、君は学校で算数の勉強をしていた。アリバイは、たしかだ。それに、はんにんは二人組のおとなだ。もし、君がはんにんだというなら、はんにんしか知らないことがあるはず。あるなら、言ってごらん」
ぼくは、はんにんの住所を言いました。
けいかんは、パトロールのけいかんに、その住所を知らせました。パトロールのけいかんが、その住所の家に行ってみると、防犯カメラに写っていたはんにんに、そっくりな男がいました。ちょうどぬすんだ一おく円を、数えているところでした。男は、その場でたいほされました。
はしゅつ所のけいかんは、
「そんなばかな。この少年が、じけんにかかわっているなんて!?」
「あ、待ってください。もう一人のはんにんも、やってきました」
はんにんの二人は、その場でつかまりました。一週間後、はんにんたいほに、協力したということで、ぼくはひょうしょうされました。でも、人気者になるどころか、人の心を読めるんだということで、気味悪がられました。みんな、自分の秘密がばれてしまうのがこわいから、ぼくを避けるようになりました。テレビや新聞にものり、いきなり有名人になったぼくでしたが、ぼくに近づくものはいませんでした。
「あいつが、はんにんに、手をかしたんだ」
そんなでたらめなうわさも流れました。教室にいても、だれもこっちを見てくれません。一人になったときの気持ちは、病気になるよりつらいです。
たまっていたものを、一気にはき出すかのように叫びました。
「(どうしたんだ、みんな。ぼくが、何をしたと言うんだ!)」
だけど、ぼくの声は届きません。中本先生も、完全にぼくを無視しています。まるっきりぼくが、見えていないようです。ぼくは、教室でとうめい人間になってしまったようです。
「(そんなに無視したいなら、みんなも消えてしまえ!)」
ぼくは、みんなの筆箱から消しゴムを集めて、みんなに投げつけました。教室のあちこちで、消しゴムがピョンピョンはねました。みんなは、それを不思議そうに見ていましたが、ひとりが笑い出すと、次から次ぎへと笑いが伝染しました。教室中、大笑いになり、となりの教室の先生がどなりこんできました。
「もう少し、静かにしてくれんか!中本先生のクラスは、そんなからさわぎをしている場合じゃないでしょう。山田が、きのうからまたいなくなっているんだから」
ぼくは、本当にとうめい人間になったようです。教室を出て行こうとしましたが、だれも気にとめるものはいませんでした。
家に帰ってぼくは、つくえの引き出しから、メモリンが入ったビンを取り出しました。ふいに「メモリンのこうかがでるのは、日光よくをしてからです」の文を、見つけました。メモリンの副作用で、とうめい人間になったんだ。
ぼくは家をとびだして、メモリーハウスに向いました。商店がいを通りましたが、もちろん、だれもぼくに声をかけるものはいませんでした。いつもだれかに見られているのもいやですが、だれにも見られていないのもいやです。
メモリーハウスに着いたとき、店のおくでビタミンDが、だれかに電話をしていました。電話の話し相手は、本社のアミノ酸Xで、ビタミンDの上司でした。
「少年にメモリンを売ったのは、わたしです。でも、どうして、はんにんのデータが入ったカプセルを飲んだのかはわかりません」
やっぱりぼくが飲んだメモリンには、ぼくには関係のないデータが入っていたんだ。
電話での会話を聞いていると、ぼくがメモリンを注文したのと同じころ、銀行ごうとうのはんにんの一人も、アリバイ工作にメモリンを注文したようです。
うその思い出を手に入れて、もしけいさつでうそ発見器にかけられても、うそがばれないようにしたかったようです。はんにんは、「いくらでも金はあるから、うそのデータが入ったメモリンがほしい」と言ったようです。そして、ぼくのメモリンを処方するときに、はんにんのデータと混じったのでした。
「(やっぱり、裏で悪いことをしていたんだ)」
「おや。今だれかの声がしたみたいだが、店にはだれもいないなあ。気のせいか」
ビタミンDは、ぼくの気配を感じても、ぼくの姿も声もわからないようです。
情報を集めて、メモリーハウスの悪事を公表しないと、ぼくのようなとうめい人間が増えるかもしれません。思い出をお金で買おうとしたのが、間違いでした。もし手に入れたとしても、作りものの思い出です。思い出作りのために、メモリンを飲んでもしかたないのです。思い出のために動いている自分が見えてきました。
ビタミンDが、店を閉めて、どこかに出かけるようです。ぼくは、ビタミンDの運転する車に乗りこみました。
「どうも、だれかいるような気がするんだが、だれもいないんだな、これが」
「(べろべろばー!)」
とうめい人間は、何をやっても、何を言っても平気です。
「こちら、ビタミンDです。三〇分ぐらいで本社に着くと思います」
「(しめしめ、本社に行くんだ。でも、心配です。今はまだ、とうめいだけれど、そう長くは続かないだろうし、・・。もし薬が切れて、姿が見えたらどうしよう)」
やがて車は、メモリーハウスの本社に着き、地下のちゅうしゃ場に入りました。ビタミンDは、エレベーターで一三階の会議室に行き、ぼくも、いっしょに上がりました。
会議室には、社長のホルモンQとアミノ酸Xがいました。
「社長から、お話しがある」
アミノ酸Xが、そう言いました。
社長のホルモンQは、白いあごひげをなでながら、ビタミンDに言いました。
「今回の件では、メモリンせいぞう部のエンザイムP部長を処分しました。君にも責任を取ってもらいます」
「わたしは、何もミスをおかしていません。ただメモリンを、売っただけです」
「報告によると、君は、少年にメモリン一こを、千円で売ったそうじゃないか。メモリンは、わが社が裏取り引きをするお客様に、売っている薬だ。それも、一こ百万円で」
「作るのに、100円もかからないのに、もうけすぎです」
「だまりなさい。自分のしたことを、たなにあげて。・・。それで、子どもから受取った金はどうしたのかね?」
「そ、それは、・・」
「君は、自分のこづかいほしさに、メモリンが、子どもに与える副作用も知らずに、少年にそれを売ったんだ」
「副作用というのは?」
「とうめい人間になるんだ。ひょっとすると、ここに行方不明の少年がいるかもしれん」
「(心配されなくたって、ぼくは、ここにいますよーだ)」
「まさか?」
「あとは、アミノ酸Xに申し送りをしてある」
ホルモンQ社長はそう言うと、会議室を出て行きました。
アミノ酸Xは、
「このメモリンを飲み、ビルのおくじょうで、ひなたぼっこをするんだ」
と言うと、ビタミンDに、メモリンをさしだしました。
ビタミンDは、ふるえながらメモリンを受け取りました。
「君は、会社の秘密を知りすぎた。そのメモリンには、すべてをわすれてしまうデータが入っている。また、新しい仕事を見つけて、自由にするがいい。さあ、飲むんだ」
ビタミンDは、アミノ酸Xの言葉を信じていいものかどうか、迷いましたが、あきらめてメモリンを飲みました。
ビルのおくじょうから見る青空は、雲ひとつありません。メモリンのこうかが、いつもより早く出てきそうです。見はりのカメラのレンズが、キラリと光りました。ガードマンがやって来たのは、そのときでした。
「こんなところで、何をしているんだ?」
「わたしは、あやしいものではありません。気がついたら、ここにいたんです」
「でたらめを言うな。社員でもないのに、勝手におくじょうに来るんじゃない!」
「どうもすみません。本当にすみません」
ビタミンDは、ガードマンに何度もあやまりながら、ビルを出て行きました。
メモリーハウスを調べた結果、この会社は、犯罪者の思い出を、善良な市民に植えつけて、犯罪者にしたてていたりしました。有名中学の入試問題と答えをメモリンに入れて、高く売ってもいました。高校入試、大学入試、資格試験など、試験という文字がつくすべてのものに手を広げて、メモリンを売っていました。金持ちだけが、試験に合格するというしくみです。
薬は、人の幸せにためにあるものです。メモリーハウスは、すばらしいメモリンという薬を開発したのに、使い方をあやまりました。
ぼくは、メモリーハウスの内部情報を、新聞社やテレビ局にファックスで送りました。やがて、悪事がばれて、会社はとうさんしました。残った問題は、ぼくがまだとうめい人間ということです。
ぼくは、とぼとぼと行くあてもなく歩いていました。
「おい、そこにいるのは、山田じゃないか?」
その声の主は、中本先生でした。先生に見つかったということは、ぼくの姿が見えているんだ。メモリンの副作用が消えたんだ。もとの世界に、帰ってきたぞ!
「はい、カット。この続きは、また来週!」
スタジオに、かんとくの一声がとび、きょうのドラマの収録は終わりました。
実は、山田のぼるというのは、テレビドラマ「思い出の引き出し」の主人公の名前で、その役を演じているのは、ぼく、山下さとるです。
ぼくは、役の山田君と同じ小学校5年生で、将来はいゆうをめざしているわけではありませんが、両親のすすめでこの世界に入りました。両親のゆめのために、この仕事をしているのかと思うといやですが、ドラマの中で、新しい自分を発見することもあります。自分のことは、自分がいちばん知っていると思っていましたが、いちばん知らないのは、自分だということもわかってきました。
ただ、さみしいことが、ひとつあります。それは、テレビで他のドラマを見ていても、今までのようにそのドラマを楽しめなくなったことです。つい、スタジオの一場面がうかんでくるのです。しかし、制作現場の裏のドラマが見えて、べつの意味で楽しんでいます。何とも不思議な世界をたいけんしています。
実は、大道具さんたちを、忍者と間違えたことがありました。黒い服を着て、せったとたびをはいて、数メートルあるスタジオのセットを身軽に上っていくのです。また、「なぐり」というかなづちで、背のびをしても手の届かないところに、気合でクギを打ちつけるるのです。
大道具の山さんは、耳にはさんだえんぴつを、くるっとまわすのがくせでした。山さんは、「ネコ舞台」という会社の人で、ネコのバックプリントのTシャツをきています。ネコというのは、舞台用語とのしゃれです。舞台では、ネコというと、パネル板の下につけた小さな木のことです。パネル板を移動すると、このネコがネズミのように鳴きます。スタジオは、本当に不思議な世界です。
「山さんの小学校の思い出って、何がある?」
「小学校四年のときに、毎月席替えをしてくれた先生がいたよ。すきな子のとなりにすわれたのはいいが、勉強が手につかないんだ」
「その子に、すきって言ったの?」
「そんな勇気はなかった。中学に行ったら言おうと思っていたのに、中学ではべつの子をすきになってしまった。ちゃんちゃん、だな」
そのとき、アシスタント・ディレクターが、「そろそろ、本番いきまーす!」
と大きな声をあげました。
また、スタジオにきんちょうが、もどってきました。かんとくから、今度のシーンについての説明がありました。
「じゃあ、山下君いいね。今度は、商店がいの入口にある橋のシーンからだ。ベテランはいゆうに気おくれせずに、いつものように自然に」
「はい」
「五、四、三、二、・・」
ドラマの収録が、またはじまりました。
いつしか、メモリンのさわぎもおさまり、元の生活がもどってきました。でも、へん化がないというのは、たいくつなものです。だけど、商店がいの入口の橋にいるおじいさんは、毎日やってきては、空や川を見ているだけなのに、退屈そうではありません。
ぼくたちは、いつしかそのおじいさんを、「橋おじい」とよんでいました。橋おじいが、どこからやって来て、どこに帰るのか、知るものはいませんでした。何を考えているのかわからないので、近づかないようにと両親は言います。友だちも、相手にするなと言います。でも、ぼくは何だか気になってしょうがありませんでした。
そんなある日、思い切って橋おじいに声をかけてみました。
「何をしているんですか?」
橋おじいは、ちらっとぼくの方を見ただけで、いつものように、空を見上げたり、川を見たりしていました。円ばんが、むかえに来るのでしょうか。それとも、カメが、お礼にやってくるとでも言うのでしょうか。
ある日、橋おじいと高校生の少女が、橋のたもとにいました。
ぼくが、通りすぎたときでした。
「しょうねん」
少女の声ではありません。
「へんなこと言わないで、おじいさん。帰るわよ」
橋おじいは、少女のおじいさんのようです。それにしても、「しょうねん」というのは何でしょう。ぼくに声をかけたのでしょうか。橋おじいの声を聞いたのは、そのときがはじめてでした。かぼそい声でしたが、にごりがなく、素直に耳に入ってくる声でした。
橋おじいは、少女に手をひかれながら、ぼくの方をちらっと見て、
「少年!」
たしかに、聞こえました。
そりゃあ、ぼくは少年にはちがいありませんが、それがどうしたというのでしょう。
それから数日後、また橋で少女を見かけました。
「この間は、うちの祖父が、急に声をかけたものだから、びっくりしたでしょう?」
「い、いいえ」
「五年前から、ようすがおかしいの。食事も力なく食べて、かれ木のようになってしまって。ただ、なくしたものを見つけたくて、いつもこの橋に来ているみたいなの」
「何をさがしに来ているんですか?」
「さいきん、わかったんだけど、子どものころの自分をさがしに来ているみたいなの。年をとると子どもにもどるというけれど、うちの祖父は、その子どもにももどれないみたいなの。ところで、祖父のつえを知らない?」
少女は、橋おじいがつえをなくしたので、あちこち行きそうなところをさがし回っていたのでした。つえを見つけたられんらくしますと伝えて、ぼくは家に帰りました。
「ぼくも、少年時代のことを、わすれてしまうのかなあ。子どもの頃の写真を見て、頭に焼きつけておこう」
つくえの引き出しから、アルバムを取り出そうとしたとき、メモリンの入ったビンが転がりでてきました。カプセルが、まだ一こ残っていました。ぼくは、メモリンの入ったビンをにぎりしめました。
次の日、ぼくは橋に行きました。
本当は、こんなことをしてはいけないのかもしれません。でも、そうせずにはおれないのです。副作用の不安を持ちながらも、ぼくはじっとしているわけにはいきませんでした。いつものように、橋おじいは、橋にいました。いつものつえではないようです。新しく買ってもらったようです。
「少年!」
橋おじいは、またぼくをそう呼びました。
「これ、飲んでみて」
ぼくは、空を見上げている橋おじいに、メモリンをさしだしました。
橋おじいは、ぼくの手のひらのカプセルを、不思議そうに見ましたが、すぐ目をそらして、川を見つめはじめました。
「やっぱり、ぼくの言うことなんか、聞こえていないんだ」
と、そう思ったとき、橋おじいはメモリンのカプセルをぱっと取って、口の中にほうりこみました。
橋おじいは、ニヤッと笑い、居合いぬきのようにつえを刀にして、「えい!」と、ぼくに切りかかってきました。あわてて、とびのきました。橋おじいは、またニヤッと笑い、しずしずと歩いて行きました。
しばらく歩いて橋おじいは立ち止まり、また「えい!」と、居合いぬきのまねをしました。うしろ姿しか見えませんでしたが、またニヤッと笑ったような気がしました。
次の日から、橋おじいを橋で見かけることはなくなりました。
そして、半年たったある日のこと、野中君が、教室でぼくに話しかけていきました。
「おい、山田。さいきん、橋おじいを見かけたか?」
「見かけない」
ぼくは、知らないふりをした。その後の橋おじいのことは、知っていましたが、今言わなくても、あとでわかると思ったからです。それも腰を抜かすくらい、びっくりして。教室のみんなもおどろくようなできごとが、もうすぐやってきます。ぼくは、心の中で、橋おじいのようにニヤッと笑いました。
「ところで、山田。おまえ、橋おじいと話しをしたことがあるんだって?」
「声をかけたけど、知らんぷりされたよ」
「西小学校には、名物じいさんがいるって言うし、わが東小学校にも、名物じいさんがほしいなあ。橋おじいでもいいからさあ。そうすれば、思い出もひとつ増えるのに。本当に、橋おじいのこと知らないのか?」
「宇宙人に、さらわれたのかもね。空ばかり見ているから。それとも川に落ちて、流されたのかも」
「山田は、本当に知らないみたいだね」
「知るもんか、橋おじいのことなんか! 知りたくもない!」
「おいおい、そんなにむきになるなよ。何だかあやしいぞ。本当は、何か知っているんじゃないのか? うめぼしだろう」
「それを言うなら、ずぼしだろ」
実は橋おじいは、メモリンを飲んだ日から元気になり、あてもなく空を見上げたり、川を見つめたりすることはなくなりました。自分の少年時代を思い出したのです。思い出したと言っても、さいしょに思い出したのは、ぼくの思い出です。ぼくの思い出を自分のものだと思いこんだのです。
だけど、人の思い出でも、思い出の引き出しを開いたおかげで、今までねむっていた本当の思い出が、目を覚ましたというわけです。いつしか、橋おじいは、子どものころの遊びを、近所の子どもたちに教えられるくらい思い出しました。やがて、橋おじいは、「遊びはかせ」と呼ばれるようになりました。近所の子どもたちに遊びを教えるだけではなく、西小学校で、昔の遊びを教えるほどになっていました。
さて、今度ぼくらの東小学校にも、この遊びはかせが来ることになりました。そのことを知っているのは、クラスでまだぼくだけです。橋おじいの孫である高校生の少女から、そのことをぼくは聞いていました。
教室に中本先生が、入ってきました。
「みんなも知っているかもしれないが、遊びはかせが東小にやってきます。それも、きょう、五年三組に、いちばんさいしょに」
みんなの中には、遊びはかせを知らないものもいました。
「だれですか? 遊び白紙って」
「白紙は、おまえの答案だろう。遊びのことならおまかせの遊びはかせだよ」
「西小の名物おじいさんのことね」
「東小の名物おじいさんなら知っているよ」
「だれだい。東小の名物おじいさんって?」
「橋おじいだよ。さいきん、見かけないけど」
みんなで、わいわいがやがや言うので、中本先生が遊びはかせを呼ぼうにも呼べません。
「みんな、ちょっと静かに。もうドアの向こうに、遊びはかせがみえています。失礼がないようにしてください」
みんな、いっせいにドアの方を見ました。
中本先生は、ドアを開けました。そこには、遊びはかせと教頭先生が立っていました。
「では、よろしくおねがいいたします」
と教頭先生は言って、しょくいん室にもどりました。
遊びはかせが、教室に入ってきましたが、みんなは、どこかで会ったような気がしました。でも、思い出せません。
そのとき、クラスのひとりが、
「ああ!」
と言いました。
やっと、ひとりが気がついたようです。
「橋おじいだ!」
「遊びはかせって、橋おじいのことだったのか」
「橋おじいのそっくりさんかもしれないぞ」
「ふたごのおじいさんかもしれないわ」
「宇宙人に、さらわれたんじゃないのか?」
「死んだんだろう?」
橋おじいを殺すものまで現れました。また、みんなのがやがやが、はじまりました。
「実は、先生もさっきまで知らなかったんだが、遊びはかせはみんなの言う橋おじいです。あ、すみません。橋おじいだなんて言って」
中本先生は、遊びはかせに頭をさげました。
「いいんじゃ、橋おじいで。あの橋がなければ、少年に出会うこともなかったんじゃから」
橋おじいは、少年に出会ったことのことをみんなに話しました。名前を出さなかったので、その少年がぼくであることは、秘密になりました。
遊びはかせは、せなかにしょっていた荷物をおろしました。荷物の中身は、家のおしいれでねむっていたものでした。
「これは、何だかわかるかのお?」
遊びはかせは、荷物の中からひとつ取り出して見せました。
「それは、けん玉!」
けん玉名人の中村君が、答えました。
「ひとつ、うで前を見せてもらおうかのお」
中村君は、さかさけん玉や宇宙旅行のわざを見せました。はくしゅがわきおこりました。
「では、これは、何だかわかるかのお?」
それは、はじめてみるものでした。遊びはかせは、ひもをくるくる巻きつけました。何だか、小さなこまのようです。
「これは、ベーゴマというコマじゃ。今から回すで、みんな足を上げておくんじゃ」
ベーゴマは、鉄でできたコマです。勢いよく回るコマに当たると、けがをするかもしれません。対戦するときは、相手のコマをはじきとばして、勝負が決ります。
「そーれっ!」
遊びはかせは、ベーゴマを教室のゆかにたたきつけるように投げて、ひもをひきました。コマは、教室のゆかをブーンとうなりを上げてすべりました。つくえやイスの足にコマが当たり、カカン、カンカン! キン、カカン、カンカン!と、まるで教室が、ピンボールゲームのようになりました。
キュルルル、キューッ!
ベーゴマは、遊びはかせのところにもどってきて、回るのをやめました。ぼくらは、声も出ませんでした。
いつ終わるともなく、遊びはかせの荷物の中からは、珍しいものがたくさんでてきました。メンコ、べったん、ブリキの金魚、日光写真にゼンマイ自動車。ゼンマイをまくと、自動車は本当に動きました。
遊びはかせには、妹がいましたが、その妹から取り上げたという着せかえ遊びとぬりえも持って来ていました。それから、数えきれないほどのおかしのおまけたち。ヨーヨー、紙火薬のピストルも出てきました。
「首にかけている布は、何ですか?」
と、中本先生が聞きました。
「よくぞ、聞いてくれた。これは、ふろしきと言って、へん身したり、空をとぶときに使うものじゃ」
その不思議なふろしきは、遊びはかせのマントでした。クラスの半分は、そのふろしきがほしいという顔をしていました。遊びはかせが見せてくれたものは、みんな橋おじいの思い出たちです。思い出の引き出しに大切にしまわれていたおかげで、ぼくたちは橋おじいの生きた思い出に出会うことができました。
やがて、教頭先生が、遊びはかせをむかえに来ました。次の教室に行くようです。遊びはかせは、サイコロキャラメルを二こ投げました。五と二の目が出ました。次は、五年二組に行くことになりました。
「あ!」
遊びはかせは、そう言って、窓の外を指さしました。みんな、いっせいに外を見ました。中本先生も、つられて外を見ました。
「空を見よ! 鳥だ! 飛行機だ! いや、あれは、わしのあこがれじゃ!」
みんなは、橋おじいが空を飛んでいるような気がしました。みんながふり向いたときには、遊びはかせはもういませんでした。教頭先生に連れられて、次の教室に向っていました。ぼくは、ドアの向こう側で、橋おじいがニヤッと笑ったような気がしました。
ぼくのメモリンが、橋おじいにとっては、たまたまいい作用をしたのです。メモリーハウスのことが世に知られ、今ではメモリンの使用も開発も、民間の会社ではできなくなりました。薬の副作用について、まだよくわからないこともあり、メモリンは、国が完全管理することになりました。
そんなある日、「メモリーカレー」という名の給食カレーが、日本中の小学校に配られました。国が、配給したカレーでした。
東小学校の給食も、きょうはメモリーカレーです。給食室からおいしそうな匂いがしてきました。カレーはいつものように料理され、いつものようにぼくらは、それを食べました。
メモリーカレーという名前を聞いたとき、少しぼくはいやな予感がしました。たしかにおいしいカレーでしたが、心底おいしいとは思えませんでした。給食が終って、さいしょのじゅぎょうのとき、教室がさわがしくなりました。
「何だ、何だ!。何が、はじまったんだ!」
「いったい、これはどうしたの!」
教室のみんなが、さわぎはじめました。
「ぼくの手が、消えていく」
「わたしの足が、消えていくわ」
きっと、いやな予感というのはこのことだったんだ。メモリーカレーのせいだ。だんだんぼくの体も消えはじめました。みんなの体も消えはじめ、顔だけがぷかぷか浮いて見えました。夜店のスーパーボールすくいのように、だれかが、ぼくたちの顔をすくおうとしているのでしょうか。そのうち、みんな消えてしまい、みんな、とうめい人間になってしまいました。
「これから、ぼくらはどこへ行くんだ!」
それが、ぼくらの最後の声でした。
三日後、学校が消えました。一週間後、地球も消えてしまいました。
「はい。おつかれさま!」
かんとくが、そう言いました。
ぶじ、ドラマ「思い出の引き出し」の収録を終えることができました。山さんがそっとやってきて、ぼくになぐりをわたしました。柄には、「山田のぼる」とほられていて、その裏には、「山下さとる」の名前がありました。
「こうして、クギをはさんで。えい!」
七尺のところに、ぼくはクギを打ちつけました。手が届きそうで届かない七尺のところに。
橋おじい役の金子さんに、
「クリスマスに、友だちとおいで」
と、しょうたいじょうをいただきました。
あしたは、クリスマスイブです。野中君役の中野君、中村君役の橋本君をさそって、ぼくは、金子教会に行くことにしました。教会のクリスマス会に出席するのは、三人ともはじめてでした。
次の日の朝は、雪でした。初雪です。中野君と橋本君が、自転車でやって来ました。
「おはよう」
と、言った二人の口からは、白いものはき出されました。
「おは、おは、おはあー!」
と、ぼくは、かいじゅうのように、白い息をはきました。
今から自転車で行けば、十時のクリスマス会には間に合います。あまりとばすとすべって転ぶかもしれません。転んだのなら、転んだでまたおもしろいと、ぼくたちは、道に黒い線を引きながら行きました。
教会の前には、大きなツリーがあり、受付で名前を書いて、れいはいどうに入りました。正面には、十字かにはりつけになったイエス・キリストの像がありました。
「みなさん、おはようございます。寒い中、金子教会のクリスマス会においでくださり、ありがとうございます。神のお導きがあったことに、深く感謝いたします。アーメン」
さいしょに教会の牧師が、あいさつをしました。金子教会の牧師は、「橋おじい」でした。
「まずは、ハンドベルを聞いていただきましょう」
白いぼうしとてぶくろ、白い服を着た十人の子どもたちが、前に出てきました。教会学校の生徒たちでした。「もろびとこぞりて」が、ゆったりと演奏されました。礼拝堂に鳴りひびくハンドベルの音にあわせて、外では雪が舞っていました。教会のクリスマスは、外国の映画の世界にいるようでした。
帰りに、紙をわたされました。あしたへの思いを書いて、外の大きなツリーにかざってくださいとのことです。ぼくたち三人は、それぞれの思いを紙に書いて、それぞれすきな高さにかざりつけました。そのとき、一枚の紙が、目に止まりました。そこには、
「わたしは、はいゆうと教会の仕事をしていました。しかし、今度、教会のぼくしになることに決めました。わたしのゆめは、はいゆうになることでした。ぼくしになるということは、ゆめがやぶれたということかもしれません。しかし、人生には、勝ち負けはありません。自分の道を歩いていけば、きっと光が見えてくると信じています。うそのない、素直なたいどが、今のわたしを支えています。どうかすべての人の上にも、あいが注がれますように。/金子(橋おじい)」
と、書かれていました。
そのとき、すずの音が聞こえてきて、そりが近づいてくるような気がしました。ぼくたち三人は、雪空を見上げました。雪が、きらきらとぼくたちにふり注ぎました。
口演童話
参考:口演童話「思い出の引き出し」